ツォンから伝えられた電話番号。 本社ビルのヘリポートに降り、スカーレットを見送るとすぐに電話を掛けた。 サンプルとは、何であるのか。 ミッドガルに入都を許しても良いものなのだろうか。 言われた通りの番号を押せば、三回のコールの後に電話に出たのは女性の声。 『…はい』 「あ、もしもし。私、タークスのイリーナと申します」 『タークスの…?』 「ツォンさんからの伝言のため、電話しました」 電話先の女性は、少し驚いたような声を上げる。 タークスと関係のある女性だろうか。 それとも、ツォンとの関係のある人間なのか。 「…『サンプル生存確認。ミッドガル入都時には保護を頼む』とのことです」 『…了解しました。では』 「ぁ、あのっ」 イリーナの声に、女性は通話を切ろうとした指を止めた。 「あなたは……誰ですか?」 ツォンを、タークスを知る人物。 タークスから、情報を提供される女性。 『……私は、あなた方の協力者です』 日が傾きかけた頃、ようやく落ち着いたのか、ザックスはゆっくりとカンセルの肩から体を離した。 泣き腫らした目は、空を焼く赤に染まって。 それでも、変わらない笑みを浮かべて見せた。 「悪いな、泣いちゃって」 「気にすんな。少しはすっきりしたか?」 「あぁ、おかげさまでな」 肩を竦めて笑ってみせるザックスに、つられたように笑みが零れる。 ザックスは、本当に強い。 1stとして選ばれたその戦闘能力だけでなく、あまりにも酷い過去を受け入れ、笑うことができるのだから。 「…俺、生きてるんだな」 ぽつりと呟く声に、カンセルは軽く頭を掻き、ザックスの手を取って。 ぴたりと、その胸に手のひらを押しつけた。 とくり、とくりと伝わる鼓動。 それこそが、何よりも。 「おまえは、生きてるんだ」 じん、と胸に広がるあたたかさ。 ひとつ深く頷き、目を閉じた。 バギーに乗り、川を渡る。 ゴンガガを出てから、ティファは思い悩むような表情で俯くばかりだ。 貧しくとも、平和で幸せだった村。 焼き払われ、斬り殺され、村人の殆どが命を落とした事件。 派遣されてきた、ソルジャーの片割れ。 ザックス。 思い出す度に、唇をかみしめた。 悔しかった。 誰一人守れず、何もかも失ったあの日。 辛うじて掴めたのは、この命ひとつだけ。 「…ティファ、だいじょぶ?」 ふいに顔をのぞき込まれ、ティファははっと顔を上げた。 心配そうな表情のエアリスの、翠の瞳。 「何でもないわ。ちょっと考え事、してただけ」 笑みを取り繕い、窓の外に顔を向ける。 夕闇にゆらめく世界。 空を焼く色は、あの日を思い出させる。 天まで焼き焦がすほどの炎。 胸に残る傷跡が、ずきりと痛んだ。 「…ティファ、あの……きゃっ!?」 「なっ、何!?」 突然、大きな振動が走り、バギーのエンジンが止まる。 運転していたクラウドが、何度かエンジンを入れようと試してみたものの、動く気配はない。 「やれやれ…こんな時に故障か?」 肩を竦めて車の外に出、エンジン部を見る。 僅かに黒い煙の上がるそこを眺め、クラウドは溜息を吐いた。 「ね、クラウド、あそこ」 エアリスが指差した先に見えた、大きな天文台。 よく見れば、岩を削刻して住居とした村落であることがわかった。 「あそこなら、直してもらえる、かな?」 「…行くしかないだろうな」 言いながら、もう一度クラウドは深く息を吐いた。 ミッドガルに向かうにも、ペスカードに戻るにも遅い時間。 ザックスの希望で、カームに一晩の宿を取った。 突然町を出た『ユニ』の来訪に、何人かが声を掛け、喜んだ。 酒場の主人に晩飯の予約を取り付けると、ザックスはカンセルの腕を引き、医師の家へと歩き出した。 「世話になったんだ、挨拶くらいはしないとな」 「だな」 笑うザックスに相槌を打ち、カンセルは小さく息を吐いた。 記憶を取り戻したザックスに、待ち受ける苦難の壁。 受理された死亡報告は、ザックスに完全な自由を齎したはずだった。 しかし、ルーファウスがその生存を知る可能性が高い以上、ザックスの行動は極端に制限される。 『ザックス・フェアの生存』が、一般に知られるわけにはいかないのだ。 「こんばんは」 医師の家の呼び鈴を鳴らし、ひとつ挨拶をする。 足音が聞こえ、すぐに開かれた扉。 「お前…ユニか!?」 「おっさん、久しぶり」 驚き、声を上げた医師に、ザックスははにかみ笑う。 隣に立つカンセルは、医師と目が合うと、ひとつ会釈をした。 「こっちは、友達のカンセル。レノが遠くに行ってるから、今はカンセルの世話になってるんだ」 「初めまして、カンセルです」 「あぁ、どうも…」 医師とカンセルが軽く挨拶を交わすと、ザックスはひとつ息を吐き、医師に向き直った。 「…俺、思い出したんだ。昔のこと、全部」 静かな声。 まっすぐな視線。 瞳の奥に宿す、重く深く、昏い色。 心の中の、決して塞がることのない傷を表すかのような。 「でも…おっさんには、昔のことは話せない。危ない目に遭わせるわけにはいかないからさ」 「ユニ…」 「本当に感謝してる。おっさんに助けてもらえたから、俺、大事な約束、守れるんだ」 会いに行く。 待ってる。 最後に交わした言葉は、もう五年も前になるのか。 今も、あの教会で花に囲まれているのだろうか。 もう、空を怖がってはいないだろうか。 まだ、覚えていてくれるだろうか。 「…ありがとう」 伝えたかった言葉。 『ユニ』ではなく、『ザックス』からの。 浮かべた笑顔は、偽りのない。 「……ユニ」 「俺、もう行くよ。明日も朝、早いんだ」 肩を竦めてみせるザックスに、医師は何か言い掛けて、口を噤み、頭を振る。 誰よりも、幸せになれ。 伝えたとて、その言葉は意味を成さない。 彼は自ら、掴もうとしているのだから。 「また、いつでも遊びに来いよ」 「ん、わかった。じゃ、またな」 ひらひらと手を振りながら、町の方へと遠ざかる姿。 どうか、幸せに。 思いながら、きつく目を閉じた。 レッドXV。 宝条にそう名付けられた炎の獣は、故郷に還り『ナナキ』の名を取り戻した。 人とは違う時間を生きる彼は、本来はまだ甘えたい盛りの年頃であるらしい。 神羅に捕らえられ、実験動物として扱われる孤独の日々を堪え忍ぶため。 何にも屈しない戦士の誇りを持ち続けるため、彼は大人のように振る舞おうとしていただけだったのだ。 星命学の集落、コスモキャニオン。 バレットから聞かされた、アバランチの聖地でもある。 この峡谷の住人は皆、星命学を研究し、その教えに従って生活している。 長老であるブーゲンハーゲンに見せられた、この星の今の姿。 聞こえた、悲痛な叫び。 宵闇の中、焚き火の前で腰を降ろす仲間達は、それぞれに深く考え事をしている様子で。 ユフィだけが、退屈そうに指先でマテリアをいじっていた。 「ねえ、クラウド」 隣に座るティファが、ぽつりと声を掛ける。 「焚き火って不思議ね。なんだか、いろんなこと、思い出しちゃうね」 「…ティファ?」 「あのね、クラウド。五年前……」 そこまで言うと、ティファは小さく頭を振り、悩んだように眉を寄せ、微笑んで見せた。 「……ううん、やっぱりやめる。聞くのが……怖い」 「なんだよ」 「クラウド……どこかに行っちゃいそうで……」 俯き、組み合わせた指。 手持ち無沙汰に弄りながら、尋ねるように、自分に言い聞かせるように、ティファは小さく呟いた。 「クラウドは……本当に、本当にクラウド……だよね」 「ここで、クラウドに会ったんだ」 空のグラスを揺らしながら、ザックスが告げた言葉。 まだ記憶を取り戻せず、カームに居た時分。 ミッドガルから来たという、クラウドに会ったのだ。 「クラウド……ストライフか」 「そうだ。前、話したよな」 「田舎の出の、ソルジャーになりたいってガキだろ?覚えてるさ」 三杯目の酒を仰ぎながら、カンセルは言う。 ソルジャーになるのを夢見ていた少年兵。 故郷での任務で、セフィロスを魔晄炉へと転落させたものの、瀕死の重傷を負い、神羅屋敷でサンプルとして扱われることとなった男。 ザックスを見捨て、逃げ出した。 「…俺のこと、知らないって言ったんだ」 ぽつりと呟くザックスに、カンセルはぴたりと動きを止めた。 知らないとは、どういうことだ。 命懸けで、記憶を失うほどに酷い傷を負いながら、己を守り抜いた親友を。 その剣は、誰が握っていたのかを。 「怒るなよ、カンセル」 「けど…」 「あれは、クラウドだけど、クラウドじゃなかった」 「…は?」 首を傾げるカンセルに、揚げた魚を摘み、口に含む。 訝しげな顔をするカンセルを余所に、ザックスはゆっくりと飲み込んだ。 「クラウドじゃないんだ」 「けど…魔晄中毒だったんだろ?報告書にそう書いてあった。その影響で性格が変わっちまうとか、そういうことはないのか?」 「そうかもしれないけど…でも、違うんだよ、なんか」 それは、言うなれば直感。 あの『クラウド』は、本当にザックスを知らない様子だった。 他人の空似ではない。 けれど、クラウドじゃない。 「…聞かないのか?」 「何を?」 「スラムのあの子のことだ」 カンセルの言葉に、漏らした苦笑。 ごとりとグラスを置き、ザックスは息を吐いた。 「全部、自分の目で見たいんだ。逃げてる間は、わからなかった。知りたいことばっかりなんだ。だから」 ぶつかる、強い視線。 強い意志を持った瞳。 「手を貸してほしいんだ」 それは、ずっと望んでいた言葉。 頼ってほしい。 信じてほしい。 願いは届かず、潰えたのだと思っていた。 嬉しさと、照れくささと。 差し出された手を握り、カンセルは笑みを浮かべた。 「俺にできることなら、何でも言えよ」 「ん、ありがとな」 返せなかったメール。 取れなかった電話。 助けを求める機会は、何度でもあった。 信じられなかったわけじゃない。 信じていたからこそ、巻き込みたくなかったんだ。 ひとつ息を吐くと同時に、鳴り始めた携帯電話。 ディスプレイに表示された名は。 「レノからだ」 「電話してこいよ。俺は飲んで待ってるからさ」 空のグラスを振りながら言うカンセルに、飲み過ぎるなと声を掛け、店の外へと歩き出す。 扉を開けば、吹き抜ける夜風。 その涼しさに目を細め、電話を取った。 「……レノ」 『ザックス、お前、ミッドガルに向かうって…』 「あぁ、今夜はカームに宿取って、今はカンセルと飲んでたとこだ」 からからと笑うザックスに、レノは安堵の息を吐く。 ミッドガルに向かう。 カンセルから届いたメールに、唇を噛んだ。 記憶を取り戻せば、拒絶されると思っていたから。 「あのさ、レノ」 『何だよ、と』 「…俺、思い出したんだ、全部」 告げられた声。 聞きたくなかった言葉。 あまりにも早く、訪れてしまったこの瞬間。 『……そうか。よかったな、と』 上っ面の言葉は、掠れて。 沈黙が、耳に痛い。 空白を埋める言葉を探しても、何一つ見つかることはなく。 「あのさ…ありがとな」 『あ?』 「レノに会わなきゃ、俺、今でもここで、一人ぼっちだった」 狭い世界から眺める、広い空。 心を開けず、作り笑いを浮かべる日々。 抜け出せたのは、取り戻せたのは、すべてあの日。 レノが、見つけてくれたから。 『…俺を恨まないのか、と』 「恨む?何でだ?」 『…いろいろ、あっただろ、と』 言葉を濁すレノに、ザックスは首を傾げる。 酔った頭で、手繰る記憶。 悪夢の一夜、繰り返される非道な実験。 何度も、壊れてしまいそうになった。 「…ニブルヘイムのことなら、レノを……タークスを、恨んでなんかいない」 『ザックス…』 「どうせ、上からの隠蔽の命令だったんだろ?神羅の汚さは、俺だってよく知ってる」 命令に背いた者に、与えられる厳罰。 タークスであれば、死は免れないだろう。 恨むつもりなど、最初からなかった。 憎むのは、ただ、ひたすらに無力な自分だけ。 『…覚えてないのか、と』 「ん?何か言ったか?」 『何でもないぞ、と』 ぽつりと漏らした声は、聞き取られることもなく。 この手で命を奪い損ねたことは、記憶にないのだとわかった。 瀕死の重傷を負い、朦朧としていたであろう意識の下で交わした言葉。 告げた想いは、届くことはなかったのだろうか。 聞かれなくてよかったと、安堵する自分が居る。 忘れたままでよかったと、喜ぶ自分に嫌悪する。 彼の心からは、きっとあの男が消えることはないだろう。 思い出さなければいいとさえ、願っていた自分が嫌になる。 溜息を吐くレノに、ザックスは何度か瞬きをし、額を押さえる。 「……あ!俺、レノに約束破られたぞ!ゴールドソーサーも連れてってもらえなかったし、昼飯おごるって話もそのままだ!」 ザックスの言葉に、電話の先に広がる沈黙。 何かおかしなことでも言ったかと首を傾げていれば、やがて聞こえた溜息。 『はぁー……』 「な、何だよ!」 『飯は今度会ったときにおごる、ゴールドソーサーは次の休暇に連れてく……それでいいか、と』 「…まぁ、いいけど」 どこか気の抜けた声で言うレノに、眉を顰めながらもザックスは肯いた。 いつも、同じ言葉で約束を反故にされてきたけれど。 『ったく、この歳にもなって、男二人でゴールドソーサーかよ、と』 「レノから話振ってきたんだろ、あの時は」 『あの時はあの時、今は今だぞ、と』 六年ほど前、まだザックスが神羅にソルジャーとして席を置いていたとき。 手に入れた二枚のゴールドソーサーのチケットは、恋人だったセフィロスと二人で行くつもりだと聞いていた。 しかし、セフィロスは人の目の多い場所を嫌っていたため、ザックスの誘いを断った。 余ったチケットで誰を誘おうかと思っていたところに、レノは自ら手を挙げた上、ポップコーンを奢る約束までしたのだ。 「今度は約束破るなよ」 『はいはい、わかったぞ、と』 「ほんとにわかってんのか?」 訝しげに言いながら、ザックスはふっと空を仰ぎ見る。 広がる空から、降り注ぐ星の雫。 遠く小さく、目映い輝き。 彼と二人で眺めていたのは、いつの日のことだったか。 懐かしく、哀しく、優しい思い出。 繋いだ指も、重ねた唇も。 もう二度と、隣に寄り添うことはないのだ。 『…――ス、おい、ザックス?』 レノの声に、はっと顔を上げ。 ぎゅっと、携帯を耳に押しつけた。 「……悪い、思ったより酔ってるみたいだ」 『疲れてるところに飲み過ぎたんだろ。無理せず休めよ、と』 「ん、さんきゅ」 レノの言葉に、小さく息を吐く。 泣いてもいい。 甘えてもいい。 あんなにも嬉しかった言葉が、今は、重い。 『……ザックス』 「なに…」 『ツォンさんから、今度会ったときに渡すものがあるらしいぞ、と』 ザックスの死亡通知が出てからも、捨てられずに机の中に残していた。 レノも、それについて詳しく聞かされたことはない。 「わかった。ツォンにもよろしく言っといてくれよ」 『了解だぞ、と』 切れた通話。 騒がしい酒場と、閑静な町。 変わってしまった世界を知りたい。 変わってしまった自分を認めたくない。 実験で落ちた体力は、逃亡生活を経て、僅かながら回復していた。 けれど、今のこの体には、傷が完治したとはいえ、五年前ほどの力はない。 再びソルジャーとして神羅の元に戻るつもりはなくとも、自分を、せめて手の届く場所にいる人を、守り抜く力がほしい。 肺いっぱいに吸い込んだ空気は、どこか懐かしいにおいがして。 ただ、幸せに生きていたい。 『普通』を望んだエアリスの言葉の意味が、少しだけ理解できた気がした。 古代種のこと。 約束の地のこと。 わたしは、何も知らなかった。 母の残した言葉は、幼いわたしには理解できなかったのだ。 『わたし』だけが、セトラなのだ。 母のように、純血ではなくても。 星の声を聞けるように、セトラにしかできないことは、沢山ある。 それを、忘れてはならない。 重く、辛い宿命を背負うことになるかもしれない。 けれど、それこそがセトラの末裔としての運命であるのなら。 わたしは、精一杯生きてみせる。 最後のセトラとして、祖先に恥じないように。 いつか、あのひとに笑顔で会えるように。 酒場に戻ったザックスを待っていたのは、机に伏してつまみに手を伸ばすカンセルだった。 「……何してんだ、カンセル」 「だいぶ酔ってるみたいだぞ。ユニ、お前、電話は短めにしておけよ」 酒場のマスターが、カウンター越しにからからと笑う。 カンセルの様子を覗き込めば、起きているのか眠っているのか、目を閉じてつまみを指に挟んだまま、微動だにせず止まっている。 そして、開かれたままの携帯電話。 待ち受け画面にされていたのは、金色の髪の女性。 昔、携帯のない時代には、戦場へ赴く男達は、恋人の写真を懐に入れていたという。 それと、似たようなものか。 「…五年も経ったら、変わるよな」 薄明かりの下、ひとつ溜息を吐いて。 落ちかけた上着を、そっと直してやった。 薄暗く、不気味な洞窟の先。 今も怨念の渦巻く、封印されし扉の向こう。 遠き、幼き日の思い出。 炎を囲み、笑い合っていた幸福な家族。 引き裂いたのは、長く続く、ギ族との争い。 その争いに終止符を打った日、母は命を落とし、父は自分の命惜しさに逃げ出した。 そう、思っていた。 「……その戦士は、ここでギ族と戦った。ギ族が一歩たりともコスモキャニオンに入り込めないようにな」 祖父と仰ぐ人間の言葉。 鼓動が速くなるのが、全身の毛が緊張に逆立つのがわかる。 「そして自分は二度と村へ戻ることはなかった…… 見るがいい、ナナキ。おまえの父、戦士セトの姿を」 挙げられた指の先。 幾本もの矢に体を貫かれ、それでもなお、堂々と立ち続けるその姿。 幼い日の憧憬と重なる。 憧れていた、大きな背。 強く大地を踏み締める脚。 大きく輝く赤き焔。 「……あれが……あれが……セト……?」 「セトはあそこでギ族と戦い続けた。この谷を守り続けた。ギ族の毒矢で体を石にされても……ギ族がすべて逃げ出した後も……戦士セトは、ここを守り続けた。いまも、こうして守り続けている」 「いまも……」 灰色の体には、父の自慢だった艶やかな毛並みは見えない。 憧れていた赤は、二度と燃えることのない焔。 それでも、あの日と同じように、強く大地を踏み締めて。 「たとえ逃げ出した卑怯者と思われても、たった一人、命を懸けてコスモキャニオンを守ったんじゃ…… それが、おまえの父親セトじゃ」 抱いていた、父への怒り。 胸を焼くその怒りの炎は、今はとても静謐で。 水のように湧き上がる、遠き昔の優しい思い出。 「あれが……あれがセト…!?母さんはこのことを?」 「ホーホーホウ……知っておったよ。二人はあの時、わしに頼んだんじゃ。この洞窟は封印してくれとな。わし一人で封印しそのことを誰にも話してはいけない。こんな洞窟のことは忘れた方がいいから、と言ってな」 幼かった自分には、決して知らされなかった事実。 大きな誤解を抱いたまま、父を侮蔑して、今までを生きてきた。 けれど、こうして目の当たりにする父の姿はあまりにも偉大で。 言葉を失ったナナキを見て、ブーゲンハーゲンはクラウド達に先に帰るようにと促して。 その背中が遠くなった頃、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。 「ナナキよ。クラウドたちと旅をつづけるのじゃ」 「じっちゃん!?」 「聞くのじゃ、ナナキ」 諭すように、まだ幼さの抜けない、谷の戦士に呼びかける。 ナナキがここまで帰って来れたのも、共に行動をしたクラウド達のおかげで。 しかし、そのクラウド達の目標は、あまりにも大きく。 星を救うなど、おこがましい考えだと思っていた。 けれど、気付いた。 星の為に掲げたその目標は、行動を起すそのことこそが大切であるのだと。 「だからナナキよ、行けい!わしの代わりにすべてを見届けるんじゃ」 送り出す言葉。 世界中を駆け巡り、その目ですべてを見て、そうしてようやく彼は一人前の戦士となるのだから。 「オイラは見届ける……星がどうなるのかを見届けて、そして帰ってくる。じっちゃんに報告すために」 「ナナキ……」 「オイラはコスモキャニオンのナナキ。戦士セトの息子だ!その名に恥じない戦士になって帰ってくる!だから、じっちゃん!」 高らかに名乗りを上げると同時に、ぽたりと降り注いだ一粒の雫。 見上げれば、石となったセトの瞳からもう一滴、涙が溢れ落ちてくる。 「あれは……セトの……おお……セト……」 「セト……父……さん……」 誇り高き父の姿と、父が見せた初めての涙。 ギ族の毒は強く、石化を治す方法はない。 それでも、父は今も確かに、谷を守り続けているのだ。 月の夜、ひたすらに大きく雄叫びを繰り返し。 父に届くようにと、叫び続けた。 割れた木の床を、ゆっくりと歩く。 汚れたミッドガルの大地、けれどここにだけ花が咲くという。 それは、ここから旅立った彼女が心を込めて世話をしていたおかげか。 それとも、単なる偶然に過ぎないのか。 膝を折り、馨しい香りに包まれる世界で目を伏せる。 再会の時は、すぐそこまで来ている。 驚くだろうか。 それとも、戸惑うだろうか。 かつて、敵同士であったこの身の存在を。 割れた屋根の隙間から見上げた夜空は、暗く。 星の光すら、届かない。 プレートから光るライトだけが、照らす世界。 肺の底まで息を吐き出し、ゆっくりと空気を吸い込む。 どうか、再会が笑顔に溢れたものでありますように。 願いながら、もう一度深く息を吐き出した。 【13:繰り子】
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