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知らない人みたいね
それを見たのは、五番隊へ続く隊舎廊の傍ら。赤犬の頭一個分小さな金色の頭を見て、心が躍った。
が。
そう、本当は、霊圧を消して瞬歩を使って吉良クンの後ろに回り込んではぐして挨拶をしようと思ったのだが。
「もーやめてよ阿散井くん!」
そう笑うあの子の表情が。
「何死んでんのよ、アンタ」
ぐてぇと伏せたボクの頭上から慣れた声がして、情けない表情のままボクは顔を上げた。
「乱菊ぅぅぅ」
「な、何よ気持ち悪いわね!あッ見てコレ今鳥肌たった!」
「酷い」
ギャーギャーと騒ぎ立てる乱菊を横目にはあと溜め息。ああ、恋とはこんなに切ないものか。乱菊はぐうと眉を寄せ、ボクの向かいの椅子を引いた。話を聞いてくれるつもりらしい。
「で?どうしたの?まーた吉良関係?」
「聞いてくれるかぁぁあ!!」
「キモイ。ウザイ。ああもぅ聞くからそれ以上近付かないで頂戴」
「…うん」
面倒見の良いところが、乱菊のエエとこや。ボクははぁともう一度溜息を吐いて、今し方の出来事をつらりと述べた。
イヅルが可愛え、せやけどまだ距離がある。やっぱボクやアカンのやろか…ああでも、ちゅうしてって言うたら応えてくれたんよ。それがまた可愛くて、なァ。
…そして、一通りを話し終えたとき、乱菊はこう言うた。
「ねぇ、あんみつ頼んでいい?」
「そりゃ、アンタ当たり前でしょう」
餡蜜、言うたくせに乱菊は団子と饅頭、葛切まで注文して、それを全て平らげて、タン、と碗を置いた。
「そうなんかなぁ…」
「そ、アンタの我儘。思い込み」
「せやけど……」
「アンタねぇ、あの阿散井と比べてること自体ちっちゃいのよ!いっつもふてぶてしい格好してる癖に、なぁーにが『イヅルの笑顔が見たい〜(ノД`)゚。』よ!乙女ぶってんじゃないわよ気持ち悪い!」
「そ、そんな風に言うてへんもん!」
「さっさと告んなさい。そんでさっさとフラれなさい」
「な、泣くで…ボク」
「…ッちょ!ちょ、ちょ、本気で泣かないでよアンタ!!」
「イヅルに嫌われたらボクもう生きていけん……」
「馬鹿!冗談よ冗談!」
本気で涙さんとこんにちは、しそうだったボクの肩をちょっと心配になるくらいバシンと勢い良く叩いて励ましてくれた。痛いけど。
「ホンット……アンタ、吉良のことになると、アタシの知らない人みたいだわ」
「ボクかてそうや、イヅル…なんか、ボクの知らん人みたいやった」
あんな風に笑うんやなァ、…あんな風に笑うイヅルを、ボクは知らんかった。
「イヅル、笑ろてくれへんかなァ…」
「ま、精々頑張んなさい」
「お、おぅ」
「順番間違えるんじゃないわよ。アンタの…初恋、なんだからね」
そう笑う乱菊の表情も、ボクの見たことないそれで、やっぱり、知らん人みたいやった。
(0618)
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