船長がペンギンを好きなこともずっと前から知ってた。
ペンギンが船長を好きなこともずっと前から知ってた。
「ペンギン、何かあったの?」
寝起きのいいペンギンが昼まで寝てたことも、普段は部屋から出てこない船長が甲板で読書してることも、全部意味がある。
それはほとんどがお互いへの意思表示で、伝えたいことがあるんだと訴えてる。
でも二人は全然素直じゃなくて、二人で知らないふりをする。
「…何もない」
ほら、嘘つき。
大人びた二人は楽観的な“恋”も情熱的な“愛”も受け入れようとしない。
頭がいいから自分の失態にはすぐに気付くけど、プライドがなんだかんだと高くて邪魔をする。
相手の気持ちを考えすぎて、自分の気持ちに蓋をする。
一つ一つに理由があって、原因があるのに、それにはまったく気付かない二人はなんとも歯痒い。
「何かあったでしょ」
帽子で見えない目を下から覗き込めば、瞳が居心地悪そうに右にそらされた。
その反応がペンギンらしくなくて、おれは笑った。
きっと二人の間にあった何かは端から見ればくだらないことで、でも本人たちにはすごく重要なことなんだ。
多くを語らない二人にはそのくだらない一言がとても大切なんだ。
言ってみなよ、なんて上から目線で言っても、ペンギンはそんなこと気にもとめない。
黙り込んで考え事に夢中だ。
横目で甲板を見てみれば、船長が本に視線を落としていた。
でもさっきから全然本のページをめくっていない。
たぶんこっちの会話を盗み聞きしてる最中なのだろう。
気になるならくればいいのに。
「…少し、いいか」
帽子を深く被り直しながら、ペンギンはぽつりと声を漏らした。
少し、なんていったい何を悩んでるんだろう。
本当にそれは少しなのだろうか。
場所を変えないか、と提案されたから、いいよと笑った。
ペンギンから無意識に出た安堵の溜息におれは溜息をつきそうになる。
ここじゃ駄目なの、船長に聞かれたくないの、言いたいことは次々に出てきたけどおれは言わなかった。
きっとどれも正解だから。
船長から見えなくなる直前に振り向いたら、船長とばっちり目が合った。
船長はやっぱり居心地悪そうに本に視線を戻した。
この二人は本当に素直じゃない。
気になって仕方ないのに何も聞けないなんて、どれだけ不器用なんだろう。
「それで、話って?」
場所は変わって武器庫だ。
銃と刀が壁を飾って、床にはDANGERと焼印された木箱が詰まれて、その隣には袋詰めにされた火薬と爆薬。
薄暗いそこにはランプなんていう火の元があるわけもない。
ペンギンはうんともすんとも言わず、黙ったまま。
おれしかいないんだから、さらっと言っちゃえばいいのに。
近くにあったナイフなんかをいじりながら、ペンギンが言い出すのを待つ。
ダガーにサーベル、短剣と小刀。
探せば色々出てきてちょっと楽しい。
今度使っていいか船長に聞いてみよう。
「…船長の、」
小さな声に、動きを止める。
そうしないと聞き漏らしてしまうほど小さな声だった。
振り返ってペンギンを見たけど、薄暗いし帽子だし、表情は読み取れない。
サングラスをずらしても、への字に曲がった口しか見えなかった。
「船長のこと、どう思ってる」
どう、とはどういう意味だろう。
少し考えて答えを探す。
「頼れる、とか?」
首を横に振られる。
違うらしい。
どう思う、なんて言われても、唐突すぎる。
「船長は船長なんじゃない?まぁ個性的だけど、そんなもんでしょ」
苦い顔をした。
おれが言った言葉に納得できないらしい。
ペンギンは静かに帽子を取り去った。
そこには困ったような、泣きそうな、揺れた瞳があった。
どうしてそんな顔をしてるのか、まったく理解できない。
何か間違ったことを言っただろうか。
「お前は船長が好きなんだろう」
不安げな声はペンギンに合わなくて、おれはぱちりとまばたきをした。
ああ、そういう意味か。
「好きだよ、船長のこと」
ペンギンの肩がぴくりと動いた。
瞳は揺れて、涙が落ちてきそうで、おれはペンギンの目尻に触れた。
少し見開かれた目は、驚きを隠しきれてなくて、動揺してる。
ペンギンはもの言いたげに口を開いたけど、何も言わずに口を閉じた。
突然、左手首に少し痛みが走る。
見てみればペンギンが掴んでいて、力を入れすぎたのに気付いたのか、戸惑いがちに一度離してもう一度掴まれた。
そのまま引っ張られて武器庫を出る。
武器庫を出た後も歩は緩むことなく、来た道を戻っていく。
このまま行けば船長がいる甲板。
ペンギン、何を言うつもり?
おれを連れていってどうするの。
おれはいらないよ、手を離してよ、ペンギン。
ねぇ、自分からじゃお前の手を振りほどけないんだ。
「…船長」
着いた場所はやっぱり甲板で、目の前には船長。
ちょっと見開いた目はさっきのペンギンとデジャブ。
本当に似た者同士なんだから。
「なんだ、ペンギン」
素っ気ない返事。
おれとペンギンの会話が気になって仕方ないくせに。
二人共こんなにわかりやすい性格だっけ?
ペンギンは船長の隣に座った。
手首を掴まれているおれは釣られるままにペンギンの隣に座る。
複雑そうな顔をする船長はペンギンをちらちら気にしてる。
意地っ張り同士とはいえ、恋人同士なのだからもっと楽しそうにすればいいのに。
ペンギンはおれの手首をゆっくりと離した。
船長に視線を移せば、ちょうど船長もおれに視線を移したところだった。
目が合ってすぐ、船長は視線を落としたけど。
長い沈黙だった。
いや、本当はそんなに時間がたっていたわけではない。
ただ妙に辺りが静かで、そんな感覚に陥っただけだ。
昼間だというのに甲板にはおれ達以外誰もいない。
触らぬ神に、なんていうやつで、みんな自室に篭ったのかもしれない。
今日に限ってウミネコもカモメも空を飛んでいないし、海王類もなりを潜めてる。
あるのは波が船にぶつかる音と帆に当たる風の音だけ。
これが嵐の前の静けさじゃないことだけは祈っておきたい。
「おれ、ここにいていいんですかね」
沈黙を破ったのは他でもないおれ自身だった。
静寂が耐え切れないとか、そんなことではなくて、おれはここに必要なのか疑問に思ったから。
だってこれは二人の問題な気がするし、おれは邪魔者以外の何者でもないように思える。
おれが恋のキューピッドになったわけでもなければ、二人から相談を受けてたわけでもない。
そんなおれがここにいる意味っていったい何なのか。
二人は長い間片思いだと思っていた両思いで、ちょっと前にやっと付き合い始めた。
こっちからしてみれば、まだ付き合ってないのかと歯痒くなるぐらい慎重で、お互い手探りな時期が溜息が出るほど長かった。
そんな二人がやっと付き合い始めたことを喜ばないわけもなく、船員みんなで朝方まで祝った。
照れ臭そうに笑っていた二人は幸せそうで、こっちが嬉しくなるぐらいだ。
そんな二人がどうして今笑っていないのか。
二人は幸せじゃないんだろうか。
おれがいるから笑ってないんだろうか。
だったらおれはなんて場違いで、なんて愚かなんだろう。
「おれ達がなんでなかなか付き合わなかったか知っているか」
ペンギンだった。
静かに、ゆっくりとしたテンポで話す声はどこか落ち着く。
どうして二人が付き合わないのか、二人がまだ付き合ってないときは何度も考えた。
導き出した答えは慎重で臆病だから。
でもそれは本人達から聞いたわけじゃない。
あくまで推測にすぎない。
「お前の気持ちを知ってたからだ、シャチ」
思いもよらない答えだった。
それはどういうことだろう。
おれは知らないうちに二人に足止めをくらわしていたのだろうか。
「お前が船長を好きなこと、ずっと前から気付いていた」
ペンギンは終始穏やかだった。
船長は何か言いたげに横目でペンギンを睨んでたけど。
「そんなの、気にすることないのに」
情けないと思った。
上手くいってほしいと思っていながら、おれが足を引っ張ってたなんて。
何やってんだ、おれ。
「シャチは、ペンギンが好きなんじゃないのか」
船長がむっすりと不機嫌そうな顔をした。
じとりとおれを睨む。
「え、はい、そうですよ」
おれの言葉に目を見開くペンギン。
ああ、これ告白じゃないか、なんて思ったのもつかの間、今度はペンギンに睨まれた。
「お前、船長が好きってさっき言ったろ」
その前にペンギンにばらされてたか、とか思考を巡らしていると、いつの間にか二人から睨まれてた。
納得できないと目が訴えてる。
「えっと、あの、おれ二人共好きなんだ」
少し後ずさって肩を竦める。
なんでおれ恋人同士の二人に告白してんだろ。
玉砕するのは当たり前だろうけど、側にいれなくなったらどうしよう。
「おれ、ペンギンが好きな船長が好きで、船長が好きなペンギンが好きなんだ」
だから、おれがいるとかいないとか関係なくて。
言葉にすればするほど恥ずかしくなる。
きっと今顔が赤い。
「ペンギンと付き合いたいんじゃないのか」
「船長と付き合いたいんじゃないのか」
なんだこの質問攻め。
本人目の前にして何言わせる気なんだ。
「おれは、その、そういうつもりじゃなくて」
恥ずかしい恥ずかしい。
二人から目が見えないようにサングラスをかけ直し、帽子を深く被る。
まさかこんなことになるなんて、考えてもみなかった。
二人がおれを気にしてたなんて思わなかったし、気付かれてないと思ってた。
しかも、少しだけ勘違いを加えられて。
二人が好きだった。
ずっとずっと前から、たぶん二人がお互いを意識するより前から、おれは二人が好きだった。
それは愛情の意味でも友情の意味でも尊敬の意味でもある。
かっこよくて強くて頼りになって、二人はいつも物語の主人公で。
二人の側にいれるだけで満足だった。
そんなときに二人がお互いに好意を持ってるって気付いた。
それはおれにとってなぜだか自然的なことに思えて、まったく疑問を持たなかった。
気付けば二人を応援していたし、二人が付き合い始めたときは心の底から嬉しかった。
それからというもの、二人が隣り合わせだったり背中を任せ合ってたりすると見てるだけで幸せだった。
おれはその間、一度も二人と付き合いたいと思ったことはない。
二人がふたりでいることが、何よりおれが願っていることだから。
「ふたりが幸せならおれは幸せですから」
自分の言葉がとてつもなく恥ずかしい。
顔がすごく熱い。
きっと耳まで赤くなってる。
今なら火を噴くことだってできるかもしれない。
もう駄目だと立ち上がろうとすれば、船長に二の腕を掴まれた。
びくりと心臓が跳ねたがそんなことを気にする人ではない。
「ふふ、そうか」
楽しそうな声。
嫌な予感がしておれは恐る恐る船長の顔を見た。
おれの予想は外れた。
船長は少しだけ頬を赤らめて、恥じらうように微笑んでいた。
それはなんとも幸せそうで、隣のペンギンも同じだった。
好き合って
(おれ達の幸せを願うお前が愛おしいくてたまらない)
ふたり大好きなシャチとシャチ大好きなふたり
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