お試し読み
I'm in love
あたしは昔から目立たず、地味な子供だった。
それは自分自身の性格だけじゃなく、この体つきにも由縁している。
丸顔でぽっちゃりした体。あたしのプライドはコンプレックスで形成されているといっても過言ではない。
だってこのせいで昔からデブだとからかわれ続けたから。
あたしが通った小学校は、世間で問題になるようなタチの悪いイジメこそなかったけど、子供特有の無邪気な差別は存在した。
その一番のターゲットがあたしだった。
デブだとからかわれ、冷やかされたあたし。子供ながらに、せめてこれ以上は目立たないようにと、色々と努力したわ。
授業中は先生に当てられない限りは自分から発言はしない。体育の授業は熱血とは縁遠く、勝敗なんてどうでもよかった。
それに、洋服は地味な色合いのものを着るようになった。
その他大勢の一人、ううん…それどころか、きっと背景の一部になっていたと思う。
そうして、あたしは常に周りの目を気にする子供になった。
でも、別に自分を押し殺して無理に振る舞っていたわけでもない。多分あたしは元々目立ちたがりじゃなかったのよね。
きっかけこそ周りの環境からだったけど、中学に上がる頃には、このスタンスがあたしの自然体になっていた。
地味なあたしは地味なままで…。
中学に上がり、ちょっと大人になった気がしたけど、…ホントに“気がした”だけだった。
小学生の頃は、中学生がとても大人に見えた。
中学に上がれば少しはこのコンプレックスが無くなるかと思ったんだけど…。甘かったわ。
だって中学生って思春期真っ盛りじゃない。むしろ、小学生の頃より異性を意識しまくりなのよね。
男の子達は段々背が伸びて、体つきも逞しくなっていった。それに比例して、女の子達はオシャレに力を注ぎ始めていく。
そんな状況は逆にあたしのコンプレックスを刺激しまくってくれた。
だって、いくら可愛くオシャレしようとしても、ノースリーブやミニスカートなんて絶対着れないし、穿けなかった。
二の腕や太股をさらけ出すなんて絶対無理。
あたしは特別可愛くもなく、運動神経も極々普通。運痴じゃないだけマシだと思う。勉強だって、いくら頑張って勉強しても中の上。いつもは平均より心持ち上程度。
きっとこのまま普通に進学して、普通に短大なんかを出て、普通に就職してOLして、普通に誰かと結婚する人生を送るんだと、漠然と思っていた。
別にそれが嫌なんじゃない。
だけどね、あたしだって女の子だもん。夢を見るわよ。
あたしの外見にとらわれないで、あたしのことを好きになってくれる王子さま。
超絶美形なんて贅沢は言わない。
だって逆にそんなんじゃ、釣り合わないし、それこそコンプレックスを逆撫でしちゃう。あたしだって身の程ってやつを理解してるわよ。
平凡な人でいいから、ただあたしを好きでいてくれて、あたしもその人を好きになれれば、それだけでいい。
それがあたしの望み。
些細な望みよね。何だか名前負けしてる感が否めない。
あたしの名前、牧野千鶴。この千鶴ってのは経緯は省略するけど、由来は簡単…千羽鶴から。願いを込めた名前だって両親は昔からいうけど。
小学生の頃は、自己防衛で恋どころじゃなかった。男の子イコールイジメっこだったから。
中学生の頃は背伸びしたいお年頃の、周りの変化についていくので精一杯だった。
そんなあたしもこの春から高校生になった。
あたしが入学した城崎[キノサキ]高校は学力は普通レベルの公立高。
私立高みたいに施設が充実してるわけじゃないし、進学高みたいに高校名にステイタス価値があるわけでもない。
普通の学校の平凡な高校生。
でもさ、高校生って大人っぽい人がいっぱいいるし、そこはやっぱり中学生の頃とは一味違う。
マンガや小説のようなドラマチックな出会いなんて高望みはしないけど、あたしだって胸がときめくような、そんな恋がしたい…。
** * **
「アンタ夢見すぎ」
ズバッと容赦なくそう切り捨てるのは、あたしが高校に入学して最初に友達になった暁美ちゃん。
現在お昼休みのランチタイム中。お弁当をつつきながら、お約束の恋バナ談義。
「うぅ〜。だってぇ〜…」
「だってじゃないっ。それに受け身すぎるのよ!――誰かが自分を好きになってくれるのを待つ?そしたらその人を好きになる?……世の中そんな都合よくいかないの」
暁美ちゃんはそういうけど、自分に自信のないこんなあたしが…、あたしから誰かを好きになったりなんて、そんなことできるのかな。
そりゃあね、恋したいけど誰かを好きになるのは怖い…なーんてのは、矛盾甚だしいとは思う。
「人間、必ずしも自分を好きになってくれた相手を好きになるとは限らないのよ。そんなことが可能なら、ストーカー犯罪なんて元から存在しないでしょうが!」
……うう。お説ごもっともで。
「嫌いなやつから言い寄られたり、いい人間だけど恋愛対象としてみれなかったり…。ただ待ってるだけじゃ、千鶴を好きになってくる相手もそんな人間かも知れないんだから」
ハイ。正論です。
あたしはひたすら縮こまるしかない。
「恋したいなら、自分から動きなさい!」
指を指さなかったのが不思議なくらいの力説よう。
「例えば、どういう風に…?」
答えを求めたあたしに、暁美ちゃんはこれ見よがしに溜め息をついた。……失礼な!
「千鶴には恋云々以前の問題ね」
むっ。おもいっきり呆れてませんか?
「誰かを好きになろうと決心して好きになるわけじゃないのよ。そんなのただの思い込みなんだから。千鶴は恋愛に関して初心者なんだから、深く考えなくていいのよ」
んん…?さっきは自分から動けと仰いましたよね?
それって、きちんと考えないと動けないのでは?
…揚げ足取ると怒るから、言わないけどさ。
「千鶴はとりあえず素直になることかな」
「素直?」
「そ。そんで、その後ろ向き思考をどうにかすること」
そんな簡単に言いますけどね、性格なんてものは一朝一夕に直せないものなのよ。
「よく言うでしょ。『恋は交通事故のようなもの』だって。いつ、どこで、誰を好きになるのかなんて、その時になんないと分かんないんだから。だから、その交通事故に遭遇した時に、自分の感情をちゃんと受け止められるくらいには素直になっておかないと!」
「…ぅ〜ん…」
一理あるような、全然理解出来ないような…。
「じゃあ暁美ちゃんはその交通事故に遭った?」
「ん?内緒よ」
「えぇ〜!ズルい!」
「ズルくない!恋愛初心者どころか恋愛取扱説明書から入らなきゃならない人間が、そんな他人の経験をアテにしないの!他人の話ばっかり聞いて、千鶴は耳年増になりたいの?!」
耳年増って…。
けどね、他人の意見や経験を知っておくことも、時には必要だと思います!
あぁ、でもあるんなら欲しいわ。恋愛取扱説明書。あたしは経験値が限りなくゼロに近いんだから。
素直、かあ。そんな高等テクニックが習得出来るかな。自覚してるけど、あたし卑屈がちだからなぁ。
……あ、ヤバい。自己嫌悪に陥りそう。
「いーい?今の千鶴は恋に恋してるようなもんよ。ホントに恋したいなら、自分から前に進むのよ!」
「はぁーぃ…」
それこそ素直に返事をして、丁度お弁当の中身が無くなったこともあり、あたし達は一旦区切りを付けた。
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