お試し読み
百 花 繚 乱(第2話)
カーテンの隙間から挿し込む陽の光が、朝の訪れを知らせてくれる。
(…ん…、…)
まだ体は睡眠を必要としているのか、寝返りを一つついて、心地よい温もりに身を委ね続ける。
――と。
―ピピピピッ
―ピピピピッ
―ピピピピッ
―ピピピ‥バン!!
「…ん…ぅ〜〜〜…」
ベットサイドに置かれた目覚まし時計が、容赦なく至福の時間の終わりを告げる。
条件反射の如く、ベッドの中から伸びた手がアラームを止めた。
「…ん〜…?」
(…ん。ぁ……あ、さ…?)
目に映るのは見覚えの無い天井。
(…? なん、で?)
その部屋の住人が、もそもそとベットの中で、目覚めたばかりの働かない頭に考えを巡らし始めた。
(……)
「………」
(…………!!)
「そうだ! 今日から学校!!」
事態を理解し、ガバリと跳ね起きる。慌てて時刻を確認すると、時計は6時50分を示していた。
「はぁ〜…。早めの時間にセットしておいてよかったぁ。やっぱり何事も初日が肝心なのよね」
そうぼやきながらベットから抜け出し、前日の内に準備しておいた制服に着替え始めた。
「おはようございます! 高輪さん」
「おはよう。あぁ…今日から学校だったね。昨夜はよく眠れたかい?」
着替えを済ませ、リビングに降りて行けば、既にそこにはこの家の主の高輪司がいた。
彼はコーヒーを片手に新聞を読んでいたが、彼女が朝の挨拶をすると、新聞から学生服姿の彼女へとその視線を移動した。
「おかげさまでグッスリ休めました。…ただ、目が覚めた時、自分がドコにいるのかまだ把握できなくて。新しい部屋の認識に慣れてないというか…」
アハハ…と乾いた笑いで誤魔化す。
「それくらいなら、これから過ごしていけば慣れるよ。大丈夫だ。ここは君の家だからね」
「ふふ。ありがとうございます」
お互い苦笑しながらも、いつしかその場にはほのぼのとした雰囲気が流れていた。
いつまでも立ったまま笑っていると、キッチンからパタパタという足音と共に朝食のいい匂いが漂ってきた。
そして姿を現した足音の主は、この家に住む三人目の住人である香織だった。
現在この家に住んでいるのは、彼女…西谷恭子と、彼女の保護者の高輪司。そして、司が高輪家本邸から連れてきた松崎香織という45歳の住み込みの家政婦の三人だ。
いや、香織に関しては、連れてきたというよりも彼女が率先してやって来たといった方が正しい。
恭子がある事情から、一人で生活を始める…ということを、高輪家本邸に勤めていた香織がふとしたことで知り、その暮らしの行く末を案じた。何しろ恭子は家事能力が皆無なのだ。
そこで香織自らが、新生活における家事全般を担うことを買って出た。
司とは“新しい生活に慣れるまで”の短い期間、共に生活することになってはいた。
かといって、司が家事が出来るワケではないし、いつまでも本邸を空けておくわけにもいかない。
そうした懸念もあり、司は香織の申し出を受け入れ、彼女に家事を任せる事にして、最終的にこの家は恭子と香織の2人で暮らすということに落ち着いた。
「おはよう。香織さん」
香織の姿を確認すると、恭子は香織にも朝の挨拶を投げかけた。
「おはようございます、恭子さん。あらあら、それが今日から通うことになる学校の制服ですか? よくお似合いですよ」
「そう…? ありがとう!」
よほど嬉しいのか、恭子は2人に対し、その場で制服姿のままくるりと回ってみせた。
「さぁさ! 朝食の支度が出来ましたからね。恭子さんも司さんもこの家では朝食はしっかり食べて下さい。あたしは“朝は食べない派”というのは受け付けませんからね!」
なんとも勇ましくも頼もしい台詞を聞きながら、恭子は椅子に座った。
目の前に用意されたのは、トーストとベーコンエッグ、シーザーサラダにヨーグルトといったメニュー。
香織は、朝はしっかり食べてもらうと言いながらも、それぞれの好みの量が決められる献立を準備してくれる。
そんなさりげない心遣いがとても嬉しい。
恭子はトーストを2枚頼み、飲み物は蜂蜜入りホットミルク。司はサラダとベーコンエッグのみにし、コーヒーのお替わりを頼んだ。
ごく普通の平穏な朝の風景がそこにはあった。
食卓を囲む会話の流れは、当然ながら恭子の話題になっていった。
「とりあえず今日は初日ですから、最初に理事長さんに挨拶しに行けばいいんですよね」
「あぁ。篠原には私からも何かと頼んでおいたから、何かあったら遠慮なく頼るといい」
「そう! その理事長さん!! カッコいいですよね。転入手続きの際に一度会っただけですけど、十分目の保養になりました」
恭子のその言葉に、司は笑いを堪えざるを得ない。
そんな会話を飛ばしながらも、器用なことに食事も順調に消費していく。
「恭子さん。お弁当はどうされますか?」
「要ります!」
香織の問いかけに恭子が即答する。
それはそうだろう。これから通う学校内の学食や購買等をまだ把握してないのだ。お弁当を持っていかなければ、下手をすると昼食を食いっぱぐれる可能性がある。
いくらなんでも、転入初日からそんな目に合うのはご免被りたい。
そうしている内にも、食事が終わり、朝のひとときが過ぎていく。
朝食が済んた頃、気付けばほどよい時間が過ぎていた。
一旦自室へ戻り、そこにある姿見で全身を軽くチェック。
紺のブレザーに二年の証の深緑のネクタイ。チェックのヒダスカートは膝上3cm。短すぎず、でも長すぎる訳でもない。
よし。完璧。
鞄を手に持ち、階段を降りて玄関に向かう。
既にそこには香織が待っており、恭子にお弁当を手渡してくれた。
「ありがとう」と香織にお礼を延べて、靴を履く。
「いってらっしゃい、恭子さん。車には気を付けて下さいね」
と香織が声を掛ければ。
「気を付けて行っておいで」
同じく司も見送る。
「はぁい。行ってきまーす!」
二人の見送りの言葉に返事をして、新たな始まりの扉を開け放つ。
季節は6月の初夏。
新しい生活の幕開け。
眩しい太陽の下、空には蒼穹が広がっていた――…。
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