rule ふわりからさらりを混じらせだした風を感じながら、自転車を走らせる。 薄手のカーディガンを羽織った女性が、小さく手で顔を扇ぐのが見えた。数分前には、肌色の腕を出した子供が公園へと走るのを追い越した。 街の所々に転がる夏の匂い。そうやって、巡る景色は桃色から緑色に染まっていくのだ。 うん。悪くないなーなんて菊丸は思う。 しかし、 変化は良いことばかりは生まない。 これ急激に暑くなりすぎだってちょっと。 菊丸はうんざり顔で太陽を仰ぐ。 日差しは痛いし風は強いしで、今自分のノドの渇きはどうにも我慢できないレベルにまで来ていた。 試合中にひどく渇きを耐えているのだから、せめて普段ぐらいは満ち足りた潤いが欲しい。 我慢は苦手だ。 だめなら、補充したいんだ何事も。 前方で手招きをしている自販機コーナーの誘いを断る理由は、菊丸にはなかった。 「あ、コレ売り切れか」 不味いのに。ああこれは新茶か。あれはCMが好きだ。 嬉々として品定め。 結局、最近愛飲の炭酸と迷った末に新商品にてんびんを譲った。なんせ、新しいもの好きは気分屋の性だ。 軽い指先で、がさがさとパーカのポケットを探り。 財布を開いたら後はさあ買うだけ。たったそれだけ。 …けれども、偶然はなかなか残酷だった。 「げっ!」 財布を開けば見事に小銭がなかった。 そして紙幣はと言えば、臨時収入だった樋口一葉がきらりと光っているだけで。 うわ最悪だ、思わずがくり肩を落とした。 …当たり前だが、自販機は五千円札を食べない。 近場のコンビニまではかなり距離があった。 というか自分は今、飲みたいのだ今。 なんだよこの事態。何処ぞの金持ちの悩みじゃあるまいし。 恨めしく自販を睨む。 相変わらず日差しはこの時期にしては攻撃的で。金額は十分に足りているのに、というもどかしさが尚更腹立たしい。 くそう蹴ってやろうかなコイツ、なんて。冗談半分に思っていたら。 ぺちょり。 菊丸の首筋に、冷たいなにかが素晴らしく不意打ちで押し当てられた。 Next》 722
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