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『ひらくもの』



 最後にふれた彼のてのひらは冷たかった。
 ああ、もしかしたらそれ以上にこの手が熱をもっていたのかも。
 渇望した瞬間の到来。指先をも発熱させるほどに、あの時ハイデリヒの気分は高揚していた。


 やっと、叶う。


 今は、遠目に微か。小さくなる黒点を見ながら考えるのは、彼に関するかけらばかりだ。




 いつも、どこか遠くのものとしてこの世界を見ていたエドワードの瞳。それに気付かないほど、ハイデリヒは愚鈍ではなかった。
 自分を通して、なにか他の誰かを愛おしんでいるのがひしりと伝わって。
 最初はそれが悲しくて、悔しくて。
 じりじりと、気持ちが擦れて。

 けれどそれはいつしか、強い想いへと、強い願いへと姿を変えてハイデリヒの中に膨らんでいった。


 ソレ、が多分。彼に自分が贈ることのできる、最大の祝福。
 きっと僕はこのために出会ったんだ、とか。
 そのために今日まできっと生きてたんだ、とか。
 彼が聞いたら怒るに違いないけれど、そんなこと風にすら思うようになっていたんだ今では。


 …だって例えば。

 声高らかに、親愛を説いたとしても。自らの意志で凍りついたエドワードの心には、多分届きはしない。
 そして何より。孤独からの解放どころか…この身はいつか、エドワードにまた"失う"を与えることしかできはしないのだ。
 僕は、その後につづく保証ごとあげたい。
 一時の笑顔じゃ彼にはダメなんだ。期限のついた幸せは自分だけで充分だった。



「笑ってくれるかな」


 やり遂げた、という想いで満たされた胸の中。真ん中に、すこしの喪失感。



 ああ、僕は今を生きている。
 そしてこれからも生きていく。



 きっとそれは。僕が見つけた中で、何よりも確かな永遠のカタチ。
 貴方の中に、アルフォンス・ハイデリヒは焼き付いたろうか。
 …なんだか少し、ズルいかもしれないけど。


 ──まあ…これぐらいは許してくれるよね、エドワードさん。
 がくり、揺らぐ視界の中で小さく微笑んだ。


 閉じた瞼の裏。
 映る笑顔。
 それはきっと確かな貴方の未来だと、僕は信じているから。




END





 純粋に腹黒い、あの人の中で永遠に論。
 ハイデリヒの『わすれないで』が頭を離れない。


H17.827


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