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 傭兵は“戦争屋”と呼ばれることがある。
 他人が軽蔑の情を持ってそう呼ぶこともあったし、自らそう名乗る者も少なくなかった。
 戦争を好いてる傭兵は、実のところそう多くはない。
 彼らは主義主張を持たない。むろん胸の裡には多くの想いを抱えているのは云うまでもないが、彼らが思想の体現のために銃を握ることはない。傭兵とは生業である。商売である。依頼主が賃金を支払い、傭兵は依頼主に雇われて仕事を行う。仕事のために、罠を張り、偵察し、銃器を扱い、その時々によっては人を殺す。依頼主の戦闘を優位に運ぶために引き金を引く。それによって報酬を得る。戦争のために働く。それが彼らが“戦争屋”と云われる所以である。

 その中でロックオンはある種、特異な傭兵であった。
 彼が傭兵であることは疑いようがない。依頼主に雇われ、賃金を受け取り、戦争に加担することによって生活している。彼は他の大多数の傭兵達と同じように戦争を嫌っていたし、主義主張を誇示することもなかった。思想を押し付けることもしなかった。以上を鑑みれば、むしろ彼は傭兵らしい傭兵と云えなくもない。
 ただし彼にはただ一つ、拘りがあった。その一点に関して彼は相当に頑なだった。
 ロックオンは標的以外のものの殺害を嫌った。
 狙撃は計算がものを云う。彼は狂気のように計算に拘った。計算にかけては一切の容赦も妥協もしなかった。
 目標までの距離から銃弾の火薬量の調整、気流や湿度、温度、角度、地球の自転まで、すべてを把握していなくては我慢ならなかった。50口径弾が貫通するその先まで見通していなければ銃口を向けることさえしなかった。
 ロックオンは射撃の天才である。
 彼は射撃に関して天賦の才を有していた。計算の上をいく、絶対的嗅覚ともいうべきものが備わっていた。神がかった、奇跡のような腕前を持っていた。
 しかしロックオンは、奇跡なんてものを信じてはいなかった。むしろ奇跡が起こらないように努めてさえいた。
 彼は曖昧なものを信じることを嫌った。この点に関しても他の傭兵達と一線を規すものがあった。傭兵達は奇跡に頼ることはしなかったが、奇跡の齎す幸運を信頼していた。
 ロックオンは必要以上の殺しを厭い、奇跡を否定し、計算を愛した。
 そしてロックオンは、戦争を嫌っていた。




「おお、これは!私の眠り姫じゃないか!」
 麗らかな午後、ほこりくさい簡易食堂で、溌剌とよく通る声が背後からロックオンを襲った。ロックオンはその声の主を嫌というほど見知っていた。
「グラハム!頼むぜ、その眠り姫ってのはそろそろ勘弁してくれよ。」
「何を云う、姫よ。これほど君の魅力を体現した呼び名は他にないだろう。」
 声の男―グラハム・エーカーは二コリと笑った。“戦争屋”に相応しからず、自身の透き通る金糸に負けないくらい朗らかで輝かんばかりの男だった。彼の相棒のメカニック・カタギリ共々、擦れた様子のまったくない不思議な男である。
 ロックオンが彼ら二人と戦場を共にするのはもう幾度目かになる。依頼主の敵方として出会ったことも何度かあるが。機動力に優れたグラハムのチームは、個人経営のロックオンにとってミッションを組みやすい、重宝する存在である。
「まぁ、再会を喜ぶとするか。あんたを敵に回すと鬱陶しいことこの上ないからな。今回は同じ陣営で良かったぜ。」
「敵味方に別れつつも宿命の如く巡り会う…センチメンタリズムな運命を感じずにはいられないな!」
「逢う度に云うよな、その台詞…。もう聞き飽きたって。」
 ため息を遠慮なく吐きながら云っても、グラハムには効きもしない。ただ嬉しそうに、「そうだとも、私の眠り姫。」と微笑みかけるだけである。
「運命の存在である君に、すべてを捧げるのも吝かではないとここに宣言しておこう。」
 グラハムは優秀な男である。竹を割ったような性格と勇敢で的確な判断力、そして恐るべき行動力を持っていた。しかし、致命的と云っても過言でないくらい、彼は徹底的に他人の話を聞かなかった。否、聞きはしても、その優秀な頭脳を使って自分の都合の良いように変換してしまうのである。例によって今回の会話も―ロックオンにとってだが―成立せず、いらねーよそんな宣言!と、ついにロックオンが叫び出しそうになる直前、
「“眠り姫”?あんたがかよ?」
 部下と思わしき男達に囲まえていた赤毛の男がふいに声を上げた。
「……人違いだ、と云いてぇとこなんだけどな。」
「へえ。やっぱり、あんたが噂の。」
 男は人懐っこそうな笑みを浮かべた。人々の中心にいることを当然とするような笑みであった。赤い髪に覆われた黒い肌にしっくりくる、砂に似た渇きを感じさせる笑みでもあった。堂々とした足取りもロックオンの胸の何かを微かに刺激する。
 間近に迫る孤を描く赤い唇に白く光る犬歯がどこか危険な匂いを醸し出している気がして、ロックオンは無表情の代わりに無難な笑みを浮かべた。
「俺のことをご存知とは、そりゃ光栄だ。グラハムの馬鹿が勝手に呼んでるあだ名だと思ってたんだが、眠り姫ってのはそんなに有名なのか?」
男はますます笑みを深めた。
「有名も有名!お会いできて光栄だぜ。“眠り姫”っていやあ、百発百中の標的撃破率を誇る凄腕の殺し屋って話じゃねぇか。機動班がドンパチやってる隙に、あっという間にミッションコンプリート!別名サイレント・キラー。手のうちも明かさないって、ありゃマジ話かよ?」
 身振り手振りを交え、唄うように人を引き込む口調は男の癖だろうか。ロックオンはちらりと心の隅に書き置いた。目を見た瞬間に感じた妙な違和感はまだ燻っている。
「やっぱ人違いじゃねえ?俺はそんなご立派な仕事はしてねえよ。」
 この場にいるということは、以後作戦行動を共にすることになると判断したロックオンは、男を遠ざけようと試みた。自身の勘には一定の信頼を置いている。その勘が男との関わりに警告した。不安要素は排除するに超したことはない。何故ならロックオンは奇跡に頼らないからである。自身の計算を超えるような事態は可能な限り避けるのが普段のやり方だった。
「そう照れるものじゃない、姫。君の華麗な仕事ぶりにはいつも期待以上だ。」
 ところがそういった定石を裏切るのがグラハムという男である。
「………。」
「はっはァ!楽しくやろうぜ、眠り姫さん。」
「…ロックオン・ストラトスだ。よろしく頼むぜ、ほんと。」
「そうかい。俺はビアッジだ。ゲイリー・ビアッジ。以後お見知りおきをってな。」

 男はおどけた仕草でップを寄越してきた。
 ロックオンは今日一番の深く重いため息を吐いて、泥のようなコーヒーを乾杯の形に掲げた。











※云うまでもないでしょうが、戦争屋の話等はまったくのフィクションであることをご了承くださいませ。







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