暗闇に浮かぶ月だけが
それを知っていた。
28,無力な幼子を汚れた大人の手があやす
「あれ、」
男が見つけたのはぽつんと佇む青年。
今現在まで屋台で飲み明かしていたが金の切れ目が縁の切れ目かというように邪険に扱われ、当たり前の事態だが文無しを棚に上げて屋台の親父に文句を残し、ふらふらと重たいスクーターを押して自宅に向かっていたところだ。
そしてぴたり、と足が止まる。
その青年が酔いが醒めるには十分過ぎる程に不自然だったが故に。
「…沖田君、」
声をかけることを一瞬ためらわせる程の雰囲気に呑まれそうになり、ごくり、と唾を飲み込んで小さく声をかける。青年は驚くことも笑うこともせずただ機械的にその整った顔をこちらに向けた。
生気のない目は、誰かに似ている、と男は思って微かに悪寒がする。
「…こんな時間にどうしたの、」
辺りに漂う噎せ返る程高密度の、鉄錆の嫌な臭い。青年に点々と続く赤い痕は月の光に照らされて或ものは葉に伝い、或ものは土に染み込むことなく鮮やかに光っていた。
何をしてきた後なのか、分かっていたが敢えて聞いたのは認めたくなかったのか。
男自身にもわからなかった。
「…討ち入り。」
か細い声に頷いてスクーターを止めて青年の近くへ。距離が縮まるごとに臭いは濃ゆくなる。
「なーんでそんな辛気臭い面してんの」
「…人斬った後に笑ってたら危ないですぜ」
「…まぁそりゃそうだけど、…殺してはいないんだろ?」
微かに揺れ動いた表情はハッとしたようで。自分の憶測はあたっていたことを知り、同時に安堵する。(自分は散々命を奪っておきながらこの子にはして欲しくない、なんて。なんという傲慢さだろう)
「…満足に生活はできやせん」
「生きてりゃいいんだよ。…頑張ったな」
何を頑張ったのか、自分は何を褒めているのか。褒められることではないのは百も承知だ。人の人生を狂わせた。しかしこちらもあちらも自分の守りたいものを守った結果だ。何かを守る時には何か犠牲が出るものだ。いつの間にか自分の言い訳みたくなっていた事に自分で呆れる。
汚れている手、真っ赤、真っ赤だ。いや、色とりどり。自分がこの世から消した命の数だけ、汚れている。
その、汚れた手が眼下の幼子の頭を撫でている。
ぽすっ、と胸に顔が埋まった。
「…ちょっとだけ、」
「…おう」
震える肩を引き寄せる権利は俺にはない、と男は思う。
慰めの言葉も、優しい宥め方も、わからない。
ただ、青年の痛みを感じる程に、自分の汚れを感じるのみで。
「誰も見てないぞ」
小さな後頭部を引き寄せて、ただそれだけを告げた。
闇夜に浮かぶ月からその子を隠すように包み込んで。
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イナミアスカ様(URL)
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