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「よく分らねえ。要点をかいつまんで話せ」

これ以上ない、と言うほど低気圧なマルコの顔付きを見て、穏やかな話し合いはできそうにない、とサッチは覚悟を決めた。


「だから、な。エースのミスなんだよ、大本は。確かに、降下前に住民がいるのをきちんと確認できなかったのも悪いけどさ」
「なんにしたって、拘束されたんなら、すぐ救出しろよい!」
「そういうわけにゃいかねえんだよ!住民がいたのに、勝手に調査に入ったこっちが全面的に悪い」
「まともな街もなきゃ、通信に電波も使ってねえ輩だろい。なんで銀河法が…」
「一万年ぐらい前に、先祖が漂流して不時着したみたいだな。かなり変形してるが、十分標準銀河語系のアプローチだ。標識もあった」
「まずはエースを戻してから、交渉すりゃいいじゃねえか。あっちは、なんの力もねえだろい」
「マルコ……おまえ、自分がなにってるか判ってる?オヤジの名に傷をつける気か」
「うっ…そんなつもりはねえが…ほとんど未開状態に戻ってるんだろい…」
「たとえ、そうだとしても、知的生物がいる惑星は不可侵!それを破ったんだ。相手の要求に従うしかないんだよ!」

明らかに納得せず、とげとげしい空気をまき散らすマルコを、本当に交渉役に投げ込んで逃げてしまえればいいのに、とサッチは思う。
他のことなら物分かりがいいのに、エースが絡んだとたんにこれだ。
時間はかかるかもしれないが、エースの命にかかわる事はあるまい。少々痛い想いをするのも、いい経験と言うもの。
他のクルーなら、真っ先に自分がそう判断するだろうに、このおっさんはエースの事になるとほんとに見境がない。
船中で末っ子を猫かわいがりしてはいるが、この程度の状況で星間戦争になろうとも突撃しろ、と言うほど無茶なやつは他にはない。
サッチが譲りそうもなく、味方もいない、と気がついたマルコはしぶしぶあきらめたようだ。
乱闘にもならず、オヤジを呼ばずに済んで、サッチは内心で胸をなでおろした。

少し雰囲気が落ち着いたと思ったら、船外からの通信インコムが着信を示した。
映像を出したとたんに、部屋の空気が5度は下がり、その冷たさに、通信室に詰めかけた他のスタッフも凍りそうになる。

映像には、先に現地に下ろしたフォッサと、その背後に、怒り、警戒しているらしき住民と、後ろ手に縛られたエースが見えた。

ぎりぎりセーフだったな、とモニターに穴が開くんじゃないかと思える視線を無視して、サッチは通信を始める。

「フォッサ。要求されている物品のサンプルは確認できたか?」
「ああ、今、組成表と要求リストを送る。それと、期限や、質について何か言ってるが、よく分らん。聞いてくれサッチ」

画面にエースを押さえつけた住民がうつり、その口からせわしなく何らかの言語が流れだした。
それを理解できるのは今のところサッチしかいない。身振り手振りも交え、相手の要求を聞きつつ、エースの状態を確認する。
ちょっと乱闘の痕らしいかすり傷が見えるが、へばっているようには見えない。自分のミスに気がついて、無抵抗で捕らえられたのだろう。
しばらく相手方に捕まっていても、こいつの体力なら何の問題もない、と判断できる。
サッチの肩甲骨あたりが発火しそうな視線を当てている、背後の逆上せ鳥は違う意見みたいだが。

ひとしきりの交渉が終わり、合意が出来たと理解したエースが顔を上げて話しかける。

「ごめんサッチ!…みんなも面倒かけてすまない。おれ、別に何ともないから、つっ…」

自分たちに分らない言葉で、話しだした捕虜の口をふさぐべく、画面に映っていた住人が、エースを蹴飛ばした。

とたんに部屋の空気が、さらに10度下がる。

まったく、蹴飛ばしたい気持ちもわからんではないが、こともあろうに尻を蹴るとは…
慌てて通信をきったサッチの背中に、超重量星の猛獣のような声が投げかけられる。

「…どういう要求なんだ。とっとと片つけようじゃねえか…」

ぶる、と胴震いが起きそうなのを堪え、サッチはモニターに送られてきたデータを出す。

「…エースが、生態系を壊してると思って破壊したのは、あちらさんの大事な鉱山だったらしい。そこで採掘できるはずだったもんをよこせ、とよ」
「…こんなものが欲しいのかよい。珍しくなんかねえだろい」
「その純粋な結晶は惑星面じゃ貴重なんだとよ」
「それでも、単結晶でもねえんだろい…せいぜい宇宙船のコーティングやエレベーターのケーブルに使うぐらいのもんじゃねえか」
「それに使うつもりはないだろう…どっちも持っちゃいねえ」
「じゃ、なおさらいらねえだろい。なんで、こんなもんなためにっ…」
「それが貨幣の代わりになってるらしい。向こうにとってはとんでもない経済損失なのさ」
「貨幣?そりゃ何だよい…」
「…流通や経済を動かす、原始的代替物だよ。長い間外界との連絡が断たれてたんだ。独自のシステムが出来てるのさ」
「こんな単純なもんぐらい、すぐにくれてやりゃいいだろい」
「…そうもいかなくてな…単純すぎて、うちには備蓄がねえ」
「はぁ?!こんな元素、そこらじゅうにあるだろい!」
「元素じゃなくて、結晶!詳しい事はジルに聞けよ!!おれに怒鳴んな!!」

ぎろり、ときつい視線が回転し、後ろで見ていたスピード・ジルは慌てる。

「…あ〜〜、そうだな。組成は簡単だが、その形に結晶させるには、かなりの高温・高圧と時間が必要だ。モビーでの需要はないから、備蓄はほとんどない」
「今から作るならどんぐらいかかるんだよい…」
「そうだな…その処理用のプラントを改造するから…ひと月ぐらいか…」
「長えよい!!こんなもんぐらいに、何手間かけてやがんだよい!」
「生成するようなもんじゃねえんだよ!普通は天然もんをサルベージだ」
「…どういうこったい…あんまり無いんだろい?…」
「そこらへんの説明はフォッサが上がってきたら聞きな。ある宙域にいきゃ、ルーシーぐらいいくらでも転がってるさ」
「ルーシーってな、なんだよい!」
「知らねえよ!昔からそう呼ぶんだ」

それだけ言い捨てると、背を向けて立ち去るジルに合わせて、集まっていたクルーも散らばり始める。
絶頂に不機嫌なマルコの相手をしたい、と思うようなものはモビーにはいない。命が惜しい。
ただ、いつも、一番マルコと作業することの多い、心優しい男が逃げ遅れた。

「待ちな、キング・デュー…おめえ、どこの宙域に行きゃいいかわかるかよい?」

大柄でがっちりした筋肉質だが、口数が極端に少なくおとなしい男は、フルフル、とおかっぱにきった金髪を揺らして否定した。

「…じゃあ、フォッサに聞いて、分ったらすぐチャートが作れるように待機だ。……逃げんな。てめえに八つ当たりはしねえよい」

マルコはそう言い捨てると、コンソールに向き直り、苛ただしげにフォッサを呼び出す、コードを入力した。



「…なんで、そんなとこにあるんだよい」
「星の一生の最後に放出されるからさ。もう、大昔から知られている事実だ。便利な物質ではあるんで、古い星系では取り尽されているかも知れんが…」
「要求されてんのは、目くそ見たいな量じゃねえか。いちばん近いとこでも十分あるだろい」
「まあ、そうだな。ここらじゃそんなにプロスペクタ−もいないし。一番手近なとこで十分だろう」
「デュー、一番早く行けそうな、ワームホール調べて念のためにストリングス強化しとけよい」

手早く星系リストを立ち上げ、条件をつぶやき検索を始めたマルコは、すでにフォッサのことなど忘れた様子だ。
この集中力だけは、誰の追随も許さない。結論にたどりつく速さも、実行力も、船団随一だ。
要求されたものは、最速のスピードで完璧に揃えられるだろう。相手がぐうの音も出ないような方法で。
この星の連中は、何らかの恐ろしい想いをすることになると、フォッサはありありと予想できた。

「…よし、ここだ。キング・デュー、チャート出せたら、発進までのカウントダウン開始」
「ラジャ…」
「サッチ!おめえ、船内にあるだけのもん持って、連絡艇で降りとけよい。3日以内に、要求以上のもんを持ってくるって言え」
「はぁ?お前、どこ行く気なんだ。フォッサもまだ上がってなんだぞ。降りた後3人置き去りかよ」
「すぐ帰ってくるよい!一番近い、超新星爆発後の星系まで一日かかんねえ。向こうで必要な石ころ拾ったら、すぐ戻る」
「やめてくれよ!おれは都会派なの!ジャングルにいりゃ嬉しい火の玉小僧と一緒にすんなよ…」
「似合わねえよい。時間は掛けねえ。3日もエースに触れねいと禁断症状で蕁麻疹出るよい」
「毛虫やら蛇みたいのやらがうじゃうじゃいるとこに降りたら、おれは蕁麻疹じゃすまねえよ!」
「るせえ!てめえしか、相手としゃべれねえんだから、仕方ねえだろい。がたがた言うとシャトルじゃなくってポッドにいれて射出するぞ」
「時間かからないんなら、おれが降りなくてもいいだろうぅ〜〜」
「その間にエースになんかあったらどうしてくれんだよい。そのときゃ、おれの気が済むように収められんだろうな…」
「あ〜、もう!!わかったよ!気の荒い猛禽と閉じ込められるよりましだろうさ。行くから、お前も急げよ!」
「言われるまでもねえよい」



3日後、約束のものがポッドにいれて投げ落とされ、その中に納められたサンプルを両手で持ち上げてサッチは族長に示した。
このごたごたを早く終わらせて、清潔なモビーに帰ってゆっくりシャワーが浴びたかった。
相手の目が驚愕で見開かれ、渡したものが予想以上のようで、約束を果たして帰還出来そうだ、とほっとする。
後はできるだけ早く帰って、最悪の状態で待ちうける、船団内の危険物を宥めることが重要だ。
解放されたエースをそそくさと艇内に連れていき、通信を開く。

「無事エースを取り戻したぜ。用意でき次第、発進してそっちに帰るから…」
「…エース出せよい……」
「…あ!マルコ!!ごめんな、ドジ踏んで。でも、さ、大したことなかった。おれ、元気だから!」
「…口の端が切れてるじゃねえかよい…」
「いや、痛くねえよ!最初捕まった時、えらい向こうが怒ってたからさ…大したパンチじゃなかったし平気」
「……だいぶ、殴られたんだねい?……」
「全然平気だって!!それより、腹減った。帰ったら肉食わせて、肉!!」
「飯も食わせてもらわなかったのかよい!」
「いや、なんかパンみたいなのくれたよ。おれが大食いだから…」
「……殴った上に、ろくに飯も食わせないなんて…」
「マルコ、顔怖いよ!!おれが悪かったんだってば…」
「…エースが悪いことするわけねえ。エースはいい子だよい…」
「違うって!!ほんとにおれが悪いの!すっごい迷惑かけてごめんってば…」
「…そうかい。エースが迷惑かけたんだねい?……」
「そう!おれが全部悪りい!だから怒るなら、おれを……」
「エースが迷惑かけたんなら、もっとちゃんとお詫びしねえとな…」

悪い顔で笑う通信を見ていた他のクルーは皆、(あ、この星の住人、死んだ)と思った。

「あんだけじゃ足らねえといけないから、ちゃんと用意してあったんだよい。受けとってもらおうじゃねえか」

上空で待機していたモビーのプラットホームが開き、積み上げられていた小山が崩れて、惑星面に向かって降り注ぐ。

超新星爆発で破壊された、ガス惑星の中心核。地上では希少で、もっとも硬い物質。
純粋な炭素結晶、通称ダイヤモンドの雨が、煌めきながら大地を染め上げた。



ざま見ろい、これでもう二度と、うちのクルーに手出しするようなバカな真似はしねえだろう、とマルコは満足し、足早にブリッジに駆けてくる恋人の姿をモニターで眺めた。
あと少しで、エースを抱きしめられる。いつものように、咲き誇る大輪の花のような笑顔で(注:主観)微笑みかけてくれるだろう。
うきうきした気分が押え切れず、ドアを見つめてマルコは待ち構えた。

予測通りに通路からエースが飛び込んできた。
飛びついてくるだろうからだを抱きとめようと、マルコは腕を広げる。

「マルコ!!なんてことするんだよっ…」

予想とまるで違う、カンカンに怒った顔を見てマルコは凍りつく。

「あんなもん大量に降らせるなんて!あそこにあるのは繊細で貴重なエコシステムなんだぞ!!ダメージ出たらどうするんだ!」

特徴のある眉がヘシャリ、と情けなく垂れ下がり、機関銃のようにまくし立てるエースの説教を、反論もできずに聞いていた。


船団内で実質的な権限を握り、誰ひとり本気で逆らう事が出来ないマルコが、しょげかえっているのを見て、サッチは笑い転げた。
自分が大切に思うからこその行動が、相手を怒らせるとは思わなかったらしく、いつもの冷静さなど消し飛んでおろおろしている。

その姿を見て、今回の鬱憤は十分晴れたが、そのあとしばらく拗ねまくったマルコに、徹底的に八つ当たりされたのはいうまでもない。




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