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「ああっ、また合わない。なんでだよ、もぉおっ!!」

エースは暗いコクピットのキャノピーに映し出された星図を、乱暴に手のひらで擦ってかき消した。
目の前に、遮るものの無い一面の星原が広がる。

「いったいどこに居るんだよ、マルコ…こんなややこしいの、おれがやってたら間に合わないだろ…」

じわりと浮かんだ涙で、星々がゆらゆらと揺れた。方向だけは間違っていないはずだから、きっと今見えているどこかにマルコは居るはずだ。でも、その星を見つける為には、膨大な数字の並んだ、ややこしい計算を解き、それをどっから見ればいいかさえ分からない、空間図に当て嵌めて、ぴたりと整合させなければならない。
宇宙にあまりにもたくさんの星があり、そのほとんどが、エースには同じようにしか見えなかった。

でも、あの中に、おれが欲しいたった一つの星があるんだ。
ぐい、と涙を拭って、もう一度設定数値を呼び出す。絶対に見つけ出せる。これまでもそうだったんだから。絶対約束の時間に間に合わせる。

視界の上の隅で点滅する、カウントダウンを睨み、エースはもう一度、頭がくらくらするような数式の羅列と向かい合った。



「ぅおおりゃぁぁあっ!!思い知ったかど畜生め。おれを捕まえて食おうなんざ、50億年早えよい!」

ぐちゃぐちゃの粘液まみれのからだの、あちこちに絡みついた蔓を振りすて、マルコは盛大に悪態を吐いた。
いや、これは植物の部類だから、畜生じゃない。それにこういう珍しい(のだと思う)生命体をぐちゃぐちゃに蹴り砕いたなどと、エースにばれれば機嫌を損ねてしまう。
空を飛んでる鳥さえ喰おうとするような、巨大で獰猛な草が生えている星なんか、焼き払ってやりたいが、そうもいかない。この星のどこかに、見つけ出さなければならない大切な宝があるのだ。
懐から、ねばねばになってしまった図録を取り出し、もう一度確認する。

「えっと…その茎はゆるやかな曲線を描き、繊細な葉脈を透かせた上部広葉と、光沢のある下葉の間に、数個の花序を付ける…花は芳香を放ち、さまざまな形状に変化……民俗学的に子孫繁栄・家庭円満の象徴とされるが、希少種であり、その実を得ることは困難……
くそったれ!もっとこう、数値でかけよい!何センチの大きさでどれぐらいの明度と彩度の色合いだとか!分からねえよいっ!」

イラついて引き千切りそうになるが、そこは思い留まった。
この花を見つけ、その実を得ないと。自分の宝はこの実ではないが、それを見つけないと何よりも大切なものを失うことになるのだ。
ため息をつき、マルコはまた、もう一度輝く鳥の姿になり、ジャングルの上に舞い上がった。



「な、なん…なんでっ!ずれるっっ…おい、しっかりしてくれ、ストライカー!!」

未知の力が、エースの手脚と同じほど馴染んだ、愛艇を捕まえて揺さぶっている。ようやく見つけた目的の星が、進路から外れてふらふらと彷徨いだす。
慌てて計器をありったけ立ち上げ、見慣れぬ単位や、シグナルの嵐の中から、おかしくなっている原因を探す。ぐるぐると視界が回転している間に、せっかく見つけた、行きたい場所が星屑の中に紛れていってしまう。
いつもなら、マルコが何か危険なことが起きそうならそれを探知して、エースが安全に目的の星に着くように、すべてを用意してくれる。その守りがないと、この星の海を一人で渡ることなど出来はしない。そんなこと、忘れてるわけじゃない。ついつい守ってくれるのが当たり前になって、ありがとうって思ってるの、伝えなくても分かってもらえるって、そうなっていただけで…

「何だよッ!この意地の悪い宙域は!!マルコ、もうおれに会いたくないのかーー!」

八つ当たりだ、分かってる。でも、エースのわがままも、甘えも、愛も、すべて受け止めてほしいのは、ただ一人。

「バカマルコ!根性曲がりっ意地っ張りぃ!!」

逃がしてたまるもんか、と目標の星をロックし、宇宙嵐と立ち向かうために、罵りながらエースは必死でコンソールを操作した。



「生育域は亜寒冷帯砂礫地。低小木の灌木群と共生することが多い…日当たりのよい乾燥した土壌を好むが、適度の降雨と強すぎない日照が必須。群生はしない…ええい、どういう意味だよいっ。きちっと緯度経度で書けねえのかよい…」

惑星中を飛び回り、それらしき場所を見つけては降りて、泥まみれになって探しまわり、かすり傷だらけになり、腹をすかし、マルコはだんだん情けない気持ちになっていた。
こういった用語は、珍しい生物を見つけるたびに、御機嫌になったエースが話し続けていた、どこか聞き覚えのある言葉ばかりだ。でも、それが何を指しているのか、いざとなったらさっぱり分からない。エースが話すことをないがしろにしたつもりは無いし、楽しそうに話し続けるエースは、いつだってマルコの気持ちを和ませてくれた。真剣に聞いているよりは、そのキラキラした眼や紅潮した頬に浮かぶそばかすが、めちゃくちゃ可愛いってことばかり考えていたけれど…
結局はまともに聞かずに聞き流して居たのと同じだ。それはきっとエースにとっては、一緒に過ごす相手として物足りないと、不満を感じさせたのだろう。こんな物さえ見つけ出せないぐらい、話を聞いていなかったのなら、もう一緒に居るのは嫌だ、と思っているのかもしれない。
こんどこそ、別れることになったらどうしよう。そんなことは考えられない。駄目だ。
絶対に見つけ出して、ちゃんとエースのことを考え、話を聞いているのが楽しいのだと、大切なのだと示さないと。
前には、海の底の貝だったこともあるのだ。あれに比べたら、今回は陸の上にあるだけましだ。何度試されても、エースのことをかけがえのない唯一の宝だと思っていると、証明してやる。
マルコはこんがらがる頭を励まし、少しでも意味の判る言葉を繋ぎ合せようと、かすむ目で細かな文字を追いかけた。



事の起こりは、こうだ。
二人がいつも暮らすモビーでは、最高のオヤジのもと、みんなそれぞれが幸せであるように、最大限の自由意思で自分のことを決めるのがルールだ。
でも、1600人もの兄弟がひしめき合って暮らしているから、どうしたって意見の衝突は起こるし、それぞれの望みがぶつかり合うこともある。お互いの話し合いでは解決しなかったら、オヤジが決めた方法で決着を付ける。それに従わないものはモビーには居ない。
マルコとエースが、出会って恋に落ち結ばれるまでのごたごたも、モビー中を巻き込んでの大騒動だったが、でき上ってからも初めのころは騒動が絶えなかった。
と、いうより、お互いが大切になればなるほど、些細な言葉や想いの行き違いが、大きく感じられるようになる。そこにマルコの嫉妬や独占欲、エースの甘えと不安が絡まると、坂道を転がってどんどん膨れ上がって、しまいには星を壊滅させそうな痴話喧嘩に発展する。
あきれ返った兄弟たちに、オヤジの前に引っ張り出され、出された条件がこれだった。

ケンカばかりするなら別れろ、それが嫌ならちゃんと大切に思いあって、良く理解しあっていると示して見せろ。
決められた時間までに、お互いが出した課題をクリアして、一緒に問題を回答する。
ちょうどその時期、1,000年に一度二人の数字が並ぶ日が近付いていたので、その時までにマルコはエースが発見した珍しい生物を見つけ出し、エースはマルコが探査したルートを見つけその星に到着すること。
タイムリミットはX012年12月12日12時12分12秒。



最初に試されたときは必死だったな、と、マルコはようやく見つけたそれらしい草の前に座り込んで思い出す。小さな蕾がいくつか付いているが、肝心の実が生っていない。
なんとか課題をクリアして、意気揚々とモビーに戻ったものの、少したてばまた同じことの繰り返し。マルコは妬きもちが抑えられないし、エースの癇癪は治らない。だんだん兄弟たちも馴れ、見逃してもくれるようになったが、それがまた問題が起きたら、こじらせて騒ぎを大きくした。

「おまえらなんで、こればっかりは学習能力が無いの!はた迷惑なケンカしかしねえなら、別れろ!!」

他の星域まで巻き込んだケンカになり、サッチが切れたのがちょうど千年目。それ以来なんとなく恒例行事のようになってしまった。家族はおもしろがって、陰で賭けも行われてるみたいだが、こればかりは負ける訳にいかない。
課題は互いに過ごしてきた千年の中で見つけた物を、ビスタを中心にした審査委員(いい気なもんだ)が組み合わせる。ハルタがスパイアイを仕込んで、中継しているらしいが、そんなことを気にかけては居られない。あいつらの罠をかいくぐって、ちゃんとゴールしなければ、本当に引き離されるのだ。奴らにとってはいいうっぷん晴らし、おもちゃにされているのは覚悟の上。それでも、後千年の二人で過ごす時間のために、どんなことでもやるしかない。

最初の時は希少種の卵を孵すという課題だったっけ。鳥だからお手の物、と抱え込んでエースが来るのを待っていたが、いつまでたっても孵ってくれず途方に暮れた。あのときはエースが来てから、その卵はもっと高温でないと孵らない生物なのだ、と教えられ、あいつの火で少し焙って、おれの翼で回りに燃え広がらないように守って、ようやく雛を孵化させた。あの絶滅しかけていた火炎ドラゴンは、その星の火山地帯で結構でかいコロニーになったと、このあいだエースは言っていた。
今回はこの草の実を持って帰らないといけない。でも、蕾はまだ固く、どんな実がなるのかは持たされたものに書かれてはいない。どうしたらいいのか…

『…命がある者ってさ、話せばわかるんだよ。おれは仲良くなりに来ただけで、何にも悪いことはしないよ、って言えば、どんな猛獣でも不思議と通じるんだ…』

ふとエースが話していたことを思い出す。未開星に降りて行く時、いつも心配し過ぎるマルコを、宥めるように言っていた。
砂利混じりの荒れ地の、棘だらけの灌木の下で、ひっそりと風に揺れている小さな草の前に座り込み、マルコは語りかける。

「エースはここに来て、どんな顔をしてたんだよい?…」

小さな草は拭いて来た風に靡いて、ちょっと首をかしげて見せた、ように思えた。

「エースと…おまえさんが、咲いて、可愛らしい実を付けてるとこが見たいんだよい…」



「…ここで間違いないはず、なのに……」

エースは最後になって、いくつか数えられるほどの星の中で、道しるべを見失い困惑した。この宙域にジャンプして来るところまでは、間違いなく出来たはずだ。だけど、その先どこに行けばいいか解らない。

『広い宇宙の中で、行き場が無くなるなんて事はねえよい。宇宙はいつも歌ってる、きれいなリズムに乗って踊ってるんだ…おれ達も一緒にその波に乗ってスイングしたら、必ず着くべき場所に着けるんだよい…』

呆然と輝く星を見ていたら、なぜかマルコの声が聞こえた。これは、無理な探査に出て帰って来るのが遅れたときに、戻ったマルコが言っていたことだ。その後に、めったに言ってくれない甘い言葉も付いていた。どんなことがあっても、必ずエースの元に辿り着く、二人が一緒に居ることは、その大きな流れに沿っているのだ、と。

そうだった。おれ達は必ず、離れてもめぐり合う。今までも、これからも、それが自然なこと。そう信じれば、行くべき場所は見つかる。
ストライカーのスロットルを開く。ゆっくりと、初めから決められていたように前に進むノーズの先で、一つの星が徐々に大きくなっていった。



マルコはまた、不安と闘っていた。
エースが出す課題には癖がある。いつもはマルコが照れたり面倒くさがったりして、なかなか聞かせない本心を、晒さないといけないようなものが多いのだ。だから、マルコは本人を前にしたら、恥ずかしくなって言えない惚気を、誰も居ないのをいいことに(スパイアイの向こうで覗きをしている兄弟たちがげっそりするだろう、と言う嫌みも込めて)たっぷりと物いわぬ花に語って聞かせた。
思った通り、花はほころび始め、エースの炎のような華麗な花弁を広げた。ところが、実りを見せることなくその花はしぼんでしまい、あせったマルコはまた、別の惚気を繰り出した。どれほどエースが可愛らしく優しいことをしてくれるかを語ったときには、小さく可憐な花が開き、優秀な仕事ぶりと潔い心根について語ると、涼やかな姿の花が咲いた。想いの数だけ様々な花が開いたが、どれ一つ実のることなく、花弁は萎れていく。
どこがいけないのか、何が足らないのか。時間は刻々と過ぎていく。
まだ現れないエースに、ますます不安が募る。この星系に近付くには、たちの悪い磁場嵐の中を突っ切ってこないといけない。微妙な計器のぶれで探知するには、かなりの勘と経験が無いと無理で、きっとエースは捉まっている。下手すると遭難だ。なんでこんなマッピングを残したんだ、おれは。エースにもしもの事があったら…
マルコの傍を離れて、危険な未開惑星に出かける度に想う、本当の、唯一の願い。ただ、エースの存在それがそのまま愛しい。その存在があることが、マルコを支えるただ一つのもの。

「…おれは、あいつがちゃんと生きてたらそれでいい…たとえもう会えなくても、どこかで元気で幸せに生きてたら、それでいいんだよい……」

また一つ花が開いた。それは固いダイヤのように、透明な光を纏っていた。



一つの星に導かれて、エースはようやく自分がどこに辿り着いたか理解した。
この星は、生態が特殊で獰猛な生命が多いのだ。マルコにとっては思いもしないような攻撃を受けるだろう。一瞬悪い想像に縮み上がったが、一息大きく呼吸して、落ち着きを取り戻す。マルコなら大丈夫。ここならきっと、あの花の傍にマルコは居る。必ず生き抜いて、ちゃんとエースを待っている。
荒れ地の上を飛んで、すぐに懐かしい姿を見つける。時間がもう無かった。飛行音を聞いて立ち上がり拡げた腕に、滑空させたストライカーから飛び降りて抱きつく。
さすがにマルコも勢いに負けて地面に転がり、慌ててエースと傍まで転がった小さな花を護った。

「…さすがマルコ。ちゃんと咲かせてくれたんだ、それも、こんなにたくさん」
「ああ…でも、咲くには咲いたが、肝心の実がちっとも生らないんだよい」
「ふふ。この花の名前、なんて付いてるか知ってる?」
「いや…なんとも書いてなかったが」
「花は想恋花って言うんだ。実の方は双連果。同じ音だけど字が違うんだよ」
「??…何でだよい」
「こいつさ、テレパシー生物なんだ。花の方は誰かを恋していたら、それに似つかわしい花が咲く。でも、実らすには、その想いを受けた相手が同じ思いを返さないと実のらないんだよ」

見詰める二人の目の前で、最後に残っていた透明な花がくるくると丸まって、堅く小さな、七色に輝く実を付けた。
萎れていた花も色を取り戻す。赤い炎のような花は、中から蒼い光を滲ませる不思議な珠に、可憐な花は真珠を連ねたような、愛らしい粒に、涼やかな花は光そのものを結晶させたような軽やかな輝きに変わる。


ポン、と軽い音が鳴って、タイムリミットがきたことを知らせる。

「ふぅ、ぎりぎりだったよい」
「今回やばかったなぁ。すっげえ意地悪い航路なんだから」
「おれだってさんざんわけのわからねえ目にあったよい…まあいい。今はケンカしたくねえ」

また千年。
一緒にいれれば、そうでなくとも、相手が生きて存在してくれれば、それでいい。
何度でも、いくつでも、会うたびに恋の花を胸の中に開かせて、至福千年を過ごす。

その初めのキスを贈り、迎えに来た星間艇が降下して来るのを、抱き合って待ちうけた。





「なあ、今回もべったべたにいちゃついてミッションクリアしたってのに、なんでそんなに浮かない顔してんのさ」

帰還したモビーで、覗き見していたことを隠そうともしない兄弟たちに散々からかわれても、御機嫌に持ち帰った珍しい実を見せているエースを、憮然として眺めているマルコに、目ざといハルタが喰いついた。

「…何でもねえよい」
「うっそだね〜いつもだったらエースより、あんたの方が両想いだって自慢しまくるはずなのに、おかしいんだよ」
「いや…おめえら、あの花咲かせた話も全部聞いてたんだろい?」
「ええ、ええ!聞かされましたともさ。おっさんの下世話な話をたっぷりと。エースは聞いてないと思って、好き放題言ってたよな」
「それで、あの小さいピンクの花を咲かせた分だがよい…」
「げ!あの一段と下品な話かよ。よくあれでああいう可愛い花が咲くもんだってあきれたね」
「そう、たしかあの花は、エースのケツの穴は、いつまでたっても小さくて可愛いピンクで堪らねえって言って咲いたんだよねい…」
「…よくもう一度繰り返して言えるな。記録した分エースに見せてやろうか?」
「やめろよいっ…それが気になってるんだよい」
「さすがに言い過ぎたってか?」
「そうじゃねえ。エースの穴とほんとによく似た可愛い花だったよい…ただ、あれも実のったてことは、エースもおんなじことを思ってるってことで…」
「ん?てことは…」
「まさか、エースが、おれのマグナムのことをピンクで可愛いとか思ってるのかねい……」
「知るか!バカ野郎!!」







と、言うことで。
千年に一度の、マルエー年マルエー月マルエー日、おめでとう!!でした。



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