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「おーーい、エースゥ!遊んでないでちったぁ手伝え!!」
「あ〜、だめだねい。まるっきり犬っころだな。雪ん中駆けまわってやがる」
「お前、飼い主でしょ?なんとかしてこいよ」
「まあ、ここしばらく船の中で退屈してたからねい。あいつが手伝ったら機械壊すのが落ちだよい」
「手伝わないにしても、あんな恰好で走り回ってたら風邪ひくぞ?ここは絶対零度なんだからな」


モビー号が今停泊しているのは、通りがかりの星系の端っこ。オールトの海と呼ばれる星間物質の溜まり場に出来た、比較的大きな塊の上だ。
運航に必要な物質、メタンとアンモニアが大量に結晶化して固まっている。それを取り込めば、モビーの先端技術を駆使した船内工房で、駆動用のイオン物質から、三時のおやつのプチフールまで作られる。
その基本的な物質は、真っ白な雪のような状態で一面に広がっている。低重力のその景色の中で、ぴょんぴょんと駆けていったエースはもう遠くで小さな粒のようになっていた。

「あの調子だと、もうじき星の裏側に行っちまうぜ?大丈夫なのか」
「ぐるっと回って戻ってくるだろい」
「お前、いくらちっこいったってこれ、星だぞ、一応。…まあ、それもいいけどな。目の保養させてもらうぜ」
「……なんでだよい…」
「ふふん、お前やっぱり見てなかったな。さっきはしゃぎすぎて暑くなったのか、あいつジャンプスーツ脱いでたぜ。だから、今、真っ裸」

とたんにマルコのこめかみに、びきっ、と青い四つ角が出来た。

驚異のナノテク、と作られた当初は言われたらしいが、今や、宇宙服は薄い被膜一枚だ。
裸体の上から直接コーティングし、皮膚呼吸も発汗もできる。酸素の錠剤を飲んでおくとどんな過酷な環境でも活動できる。
その気になれば、……ナニも。

さすがに多人数で出るときや、本当に過酷な、今回のような環境の時には、その上から、宇宙線や温度をプロテクトするジャンプスーツを着るが、火の能力を持つエースは暑がりだ。
マルコの傍にいたら、脱ごうとするたびに押さえつけて居られるが、人目がないところまで行ったとたんに、景気良く脱いだらしい。
スコープで雪原に光って落ちているスーツを確認し、舌打ちをしてマルコは走りだした。

きついカーブを描く地平線を越え、作業している連中も船影も見えなくなったあたりに来て、少しマルコは焦った。
派手に雪を蹴散らかして遊んでいるだろうと思ったのに、あたりはしんと静まり返っている。
スコープを赤外線に変えてみると、少し離れた場所で横たわっている人型が見えた。
いくら温度管理できるからって、絶対零度の雪の中に埋もれてたら大事なもんがしもやけになっちまうよい。
エースのケツを痛めつけていいのはおれだけだ、と妙な憤りを感じ、足元から一塊の雪を取り、丸めて、思い切り投げつけた。

コンピューターのように正確に計算した、質量換算と軌道計算で雪玉は見事、エースの顔面にクリーンヒットする。
うひゃっ、と言う間抜けた声がインカムから流れ、寝ころんでいたエースが起きなおり、マルコを見つけて微笑んだ。

雪原に腕を突いて上半身を捻ってこちらを向く、しっかりと筋肉は付いているのに引き締まったからだ。くっきりと見える黒いくせ毛に縁どられた顔は、力いっぱい遊んだため、上気しピンクに染まっている。
真っ白な世界に、頭と、下と、ちらちらと見える脇の毛の黒さが映える。
その純粋無垢な佇まいにマルコは衝撃を受ける。

まるで生まれたての天使じゃねえかよい。(主観です、念のため)

呆然と、手元の雪をいじって遊んでいる姿に見とれていると、今度はマルコの視界が一瞬で真っ白になった。
けらけら、とエースの笑い声が聞こえ、きっちり報復を受けたことを知る。

「てめ、こんにゃろ…弾道計算で勝てるとでも思ってんのかよい!」
「るっせえ!こんなのは体力勝負だ!!」

あっという間に、大人げない雪玉の投げ合いになり、投げつけ合いながら、徐々にお互いの距離が近くなる。手が届きそうな距離に近付いたら、エースが飛び付いてきて、二人は雪原にごろごろと転がった。
上機嫌の笑顔が擦りつけられ、マルコは嬉しくなる。
髪を掻きあげ、額際に粒のように凍りついている汗を払ってやる。キラキラと、遠い太陽の光を反射して、ゆっくりとこぼれ落ちてくる。
そのまま、指先から肌をまさぐって、凍傷になっていないか確認していく。
肌は、いつもより少しなめらかな気がするが、指を押し返す張りのある弾力は変わらない。心配していた尻のあたりを念入りに撫で、マルコは満足する。

ほう、とため息をつき、身体の上にエースを乗せたまま寝転がっていたマルコの目に、満天の星空が見えた。銀河が大きく、空いっぱいに流れていた。

「これ、眺めてたのかよい」
「ん?…ああ、マルコがいつもブリッジで見てんの、こんな感じかなって…」
「こっちの方がすごいよい」
「そうなの?ブリッジも360度展望だろ?」
「あれは映像だからねい…直接見るのとは違うよい」
「…そうだね……」

ふわり、と笑みが広がって、唇が寄せられる。
だいぶ構ってやれなかったからな、とマルコは思う。
想定外の場所で襲撃があり、備蓄物資が足りなくなったため、緊急補給を行うチャートの計算などで、ここしばらくブリッジに籠りきりだった。
広い船内だし、直接会いに行く時間はなく、3D画像での触れ合いだけだったので、マルコもエースに飢えていた。
吐息を感じないもどかしいキスも、却って粘膜への刺激を過敏に感じ、しばらく我慢していた感情が吹きあがってくる。
まずいな、と頭の隅で思ったが、すでに押えようがないほど、二人の中心は滾っていた。

とろん、とした顔つきのエースを連れ帰るわけにはいかない。もったいない。見せたら減る。
手早く擦ってしまえば、しもやけにはなるまい、とマルコは自分の猛りも取り出し、エースのものと重ね合わせた。
目に見えぬ被膜からぬめりが排出されまじりあう。手から零れたものはたちどころに凍りつき、シャリシャリした刺激を与える。焦らすことなく、ただ、はやく絶頂に導くために息を合わせ、駆けあがって行く。出来るだけ外気に触れないように互いの両手を重ね合わせ、二つの熱さを包み込む。

魂まで凍てつきそうな、広く、厳しい宇宙の中で、今、確かに手の中にある熱い想い。

ぴくぴくっ、とからだの上に乗せたエースの裸体が撥ね、反らした頭の後ろに一つ、星が流れた。
陶然と蕩ける表情が、動く光に照らされて揺らめいて見え、少し遅れてマルコも頂きに達する。
いつものように勢いよく飛ぶことはなく、どろり、と流れ出した徴は、腹の上に溜まって、すぐに凍りついた。



快楽の波が収まり、しばらく固く抱き合った後、二人は照れ隠しの笑いを浮かべて立ち上がる。
パラパラ、と凍りついた交わりの標が白い雪の中に散って見えなくなった。

雪の中に混じってわからなくなったものを、さらに隠すように、エースが地面をかき混ぜる。
ふと、何かを思い出したような苦笑いが口元に浮かんだ。

「…マルコ、ここっていわゆる、彗星の巣って場所だろ?」
「ああ、そうだよい。たいていの星系じゃ、こういうところから彗星が生まれる。みんなそうなるわけじゃねえが…」
「生物学のおっきな謎のひとつに、なんで地球型の生物はおんなじようなDNAを持つのかって言うのがあってさ…」
「…ふーーん」
「生命の初源的物質は彗星からもたらされたんじゃないかって説もあってね」
「…ああ、そう」
「ここで、おれ達がしちゃったいたずらも、いつか彗星になって落ちていったら、命を生み出すかもしんないよ?」
「へ?」
「まあ、あり得ない確率×あり得ない確率×飛んでもねー偶然があればだけどさ」
「て、言うと、何か?今おれ達が掻いたドロドロが、どっかの星に落ちたら子供が出来るってことか?」
「あ〜〜、マルコに生物学説明するの無理だから。でも、まあ、そんな感じ」
「そりゃ、おもしろいよい」

マルコは足元の雪を掴み取り、雪玉に丸め始めた。
エースを視線で促し、雪玉を大きくしながら、切っていたインカムを入れる。

「…あ〜〜、サッチ?そっちの作業はどうだよい?」
「もう終わるぜ。そっちも終わったんなら戻ってこいよ」
「!!な、何がだよいっ…」
「…あのなぁ、通信切ってたって、心拍モニターは切れないでしょ?ジョズから、心配して連絡あったぞ」
「べ、別にっ!雪玉投げてただけだよい!」
「あーそーー、はいはい。そんなら焦らなくってもいいだろ?」
「るせえ!……ブレンハイム!いるだろい?」
「……ああ。なんだ?」
「この星系のテラフォームは、どうなってる?」
「ここはまだ若い星系だからな。中心惑星群はようやく落ち着いたところだ。本格的な播種をそろそろ始めてもいいかな」
「居住可能宙域にあるのは、何番惑星だ?」
「内惑星は二個しかないが…二番星の方が可能性は高いな。小惑星帯が傍にあるから、適当な月も作れる」
「分った…キング・デュー。ここの第2惑星とステラーシステムの運動・位置データをくれ」

エースも何やらマルコが始めようとしていると分かり、おもしろそうに雪玉をどんどん大きくしていった。
あっという間に二人の身長を越え、それでも転がし続け、固めることでどんどん膨れ上がり、もはや大きな山のようになっている。
マルコはその間にも、細かなデータを聞き取り、自分たちの現在位置や、今いる星の正確なベクトルなどを確認していた。

「マルコさーん?さっきからなにやってんだよ。フォッサが、この星の重力バランスが変わったって困ってるぞ」
「ああ、じき終わるよい。そっちも終わったんなら船に戻っとけ。ちょっと衝撃が行くよい」
「はぁ?まぁた、二人で怪しい真似してんじゃねえだろうな。お前らだけ残ってどうするんだ」
「ストライカーだけ残しといてくれりゃ、すぐ追いかけるよい」
「チッ…バカな遊びばっかしてんじゃねえぞ。すぐ戻ってこいよ」


仲間がモビーに引き上げたのを確認し、もう雪玉などと呼ぶには巨大になりすぎた塊を二人がかりで持ち上げた。
低重力の星の上とはいえ、力自慢の二人でもようやく上がる大きさだ。
直径は一キロ近くなっていた。

「いいかエース、この方向だよい。思いっきり投げあげろ」

せいのっ、と力一杯投げあげ、さらに渾身の蹴りを何発か叩きこむ。
ぐわり、と雪の山は浮き上がり、漆黒の宇宙から、遠い太陽をめがけて動き出した。

「よし。脱出速度に達したよい。あとは重力が仕事してくれる」
「なぁ、マルコ、あの塊どうなるんだ?」
「おめえが言ってたあり得ねえ確率ってのは、彗星が狙った惑星に衝突するやつだろい。それは計算から外せるよい」
「え?あれ、動いてるの?」
「計算では78標準年後に、第二惑星に落下する。名前を付けてやったらいいよい」
「ええ〜〜!あれ、彗星になったの?」
「天文学じゃ、発見したもんが名前をつけることになってるが…創った場合はどうなるのかねい」
「ん〜、じゃ、ポートガス・D・エース=M彗星ね」
「おれは頭文字だけかよい!この場合はマルコ=エース彗星とかだろい」
「どうでもいいじゃん、名前なんて…」
「バカやろっ…星に自分の名前をつけるのは天文学者の夢なんだよい!」

ぎゃいぎゃい、と他愛もない口げんかをしつつ、エース用の一人艇にくっついて乗りこむ。
モビーのクルーのせいで、ずいぶんいびつになった星から離れ、さっき宇宙に送り出した自分たちの命のかけらを抱いた小さな星を見つめる。

「なあ、エース…あの星が落っこちてから、どれぐらいたったら、おれ達の子供が見れるんだよい?」
「はぁ?!!子供って!……あのね、そう簡単に行くわけじゃ…」
「でも、おれ達のDNAで命が生まれるんだろい?」
「まあ、そりゃ可能性としてはってことだけど…でも、できるといいな。二人の子供…」
「何年後にもどりゃいい?百年か、二百年ぐらいか?」
「そんなすぐには無理だよ。そうだなぁ、動いてるのが目に見えるのは…上手くいって三十億年、ぐらいかな」
「そんなにかよい!結構生物学ってのも気が長いねい」
「天文屋の長さよりはましだろ?星の一生に比べたらさ…」
「ま、そうだねい…じゃあ、三十億年したら、おめえとここに戻ってきて、どうなったか見るか」
「憶えてろよ?」
「もの覚えはいい方だよい」

にやり、と笑みを交わし合い、モビー号に舵を切る。
あの陽気で楽しい、愛する家族がいっぱいのった船で一緒に冒険をしていたら、三十億年なんてすぐに経つ。

星よりも永久に。一緒に居ればそれだけでいい。





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あきゅろす。
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