5月22日
大好きな人の大切な日。
一年前のこの日はまだ三井サンがバスケ部に戻ってきたばっかで、その上IH予選の真っ只中。
お祝いどころじゃなかったし、第一誕生日を知ったのもずーっとあとの話だった。
だから二人で迎える初めての誕生日。
大事にしたいんだけどサ、やっぱり今年もIH予選とだだ被りでキャプテンはまいっちゃってるワケでして。
しかもこの時期って中間テストも重なるからサイアク。
三井サンは三井サンで大学も一人暮らしもまだ慣れないみたいだし、一緒にいられるかどうかも怪しいぐらいだよ。
なんでこの時期に生まれてきたのって思うと溜息出るんだけど、それすら可愛く感じてなんか笑っちゃう。
変なの。
『 ふたりごと 』
「とにかく21日の夜はおうちにいてね。」
あの人にはそれしか伝えなかった。
なぜなら、誕生日はサプライズだらけにしたかったから。
とにかく喜ばせたいと思った。
「ただいまー。」
「おかえり、リョータ。今日の部活も長かったわね。」
リビングから母親が顔を出した。
「んー、もうすぐ試合あるし。」
そう言って、一直線に自分の部屋を目指す。
「夕飯は?」
「あ、今日これから出かけるからいいや。ごめんね。」
「…なんか嬉しいことあった?」
階段の下からまじまじと俺の顔を見つめている母親に、にっこりと笑って。
「これからあるの。」
「?」
そう、これから最高に幸せな時間が訪れる予定なんだ。
軽くシャワーを浴びてから、こないだ買ったばかりのお気に入りの服に着替える。
今日は特別にダテ眼鏡もしちゃおう。
荷物をまとめて、プレゼントもしっかり持って家を出た。
駅に向かう途中でケーキ屋さんに寄る。
俺はあまり得意じゃないけれど、あー見えて甘党な彼なら大喜びするだろう。
予約しておいたケーキを受け取って、少し口元が緩んでしまった。
ケーキを大事に抱え込んで、電車に揺られること小一時間。
適当に時間を潰してから、三井サンちに向かう。
「11時55分か…ベストだ。」
到着するやいなや、時計を確認して呟いた。
あと5分は玄関の前で待機。
やっぱり王子様は0時ぴったりに登場するモンなんだ。
そのためにゆっくり来たし、時間調整もした。
これから起こるだろうことを想像して時間をやり過ごす。
3、2、1………0
そして時計の長針と短針はピタリと重なり、0:00を告げた。
「よしっ。」
スッと立ち上がって玄関のチャイムを鳴らす。
近づいてくる足音が聞こえた。
ガチャっ
「三井サン、お誕生日おめでとう!」
「…。」
バタン
「…はい?」
ちょっと待て、これは一体何事だ。
王子様がお祝いに来たのに、一瞬でドアは閉められてしまった。
よく分かんないけど、とにかくドアを開ける。
「待ってよ、三井サン!」
その姿はもう玄関になく、奥でパチッと電気を消す音がした。
急いで部屋の中へと上がり込む。
「え、何なに、寝る気?寝る気なの?」
「…うるさい。」
薄暗い部屋の中でも、三井サンがとても不機嫌な顔をしているのが分かった。
「ちょっと待ってよ。」
「…。」
「俺せっかく祝いに来たんだよ!」
声を上げると、三井サンの鋭い視線がこっちに向けられた。
「ふざけんなよ、こっちがどれだけ待ったと思ってんだよ!テメーが夜は家にいろとか言うからずっと前から待ってたのに、連絡のひとつも寄こさねーし。変な心配とかしちまうし、俺がどんな気持ちだったか分かんねーだろ!」
ひとしきり言ってから、大きな溜息をついて。
「…帰りたければ帰れよ。」
そう小声で呟き、三井サンはそのままベッドに頭までもぐり込んだ。
「…。」
あぁ俺は何をしていたんだろう。
三井サンを喜ばせたいという気持ちは、いつの間にか『喜んだ顔が見たい』というエゴに変わってた。
そいつのせいで、一番大事なアンタの気持ちを見落としてしまってたんだ。
「ごめん、ごめんね三井サン。」
一体何時間待っていたんだろう。
どんな気持ちで待っていたんだろう。
不安、心配、淋しさ…他にもあったかな。
まだ一人暮らしを始めたばっかだもん、心細かったに決まってる。
「ホントにごめん。」
何度声を掛けても、三井サンが顔を出すことはなかった。
…−それからどれくらい経ったんだろう。
まだ朝にはなっていないみたいだ。
っく…ひっく…。
一人ソファで寝ていた俺の耳に入る音。
ふとベッドの方に目を移した。
…泣いてる?
心配になって起き上がると、それに気付いた三井サンが鼻をすすって平静を装う。
惹かれるようにベッドに近寄って。
「ごめんね?」
ぎゅうっと抱き締めると、三井サンは首を横に振った。
「チガウ。」
「?」
「もう、そのことはいーから。」
「じゃあなんで…。」
確かに泣いていたハズなのに。
「それ。」
三井サンが指差す先にあったのは、小さな箱と手紙。
彼が寝ている間にこっそり置いといたプレゼントだ。
「…見てくれたんだ。」
おう、と呟くその目はまだ少し赤かった。
「泣くほど嬉しかった?」
「バカヤロウ。」
「素直じゃないなー。」
ぐいっと顔を近づけて、目尻にキスを落とす。
「あのさ、」
「ん?」
「あんま不安にさせんな。」
乱暴なのに温かい響きにちょっとだけ驚いてしまったけれど。
「うん、ごめんね。」
「それと…、ありがと。」
照れくさそうに俯く彼をより一層強く抱き締め。
「お誕生日おめでとう、だいすき。」
“奇跡”なんて名前で呼ぶような、ありふれたことはしたくなかったのに。
悔しいけれど、その単語しか出てこない。
確かそんなことを手紙に書いた気がするんだ。
伝わってるといいな。
「ね、これちゃんと付けてね。」
手紙と一緒にあげた箱を差し出す。
「あー、ピアス?」
「これ俺とおそろいなんだよ。」
ちょいちょいと自分の耳を指差した。
「じゃあ宮城がいないときにするわ。」
「え、何それ、ヒデー!」
「一緒にいるときにしたって意味ねーじゃん。離れてるときにコレでお前と繋がるんだろ?」
やっぱりちゃんと伝わってる。
この奇跡に感謝しよう。
「三井サン、…」
「すき。」
「え?」
「横取り。」
何も問題ない
君と僕の二人なら。
お誕生日おめでとう、19歳の三井サン。
…ケーキもちゃんと食べようね。
おわり ◎
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