5月22日
大好きな人の大切な日。
一年前のこの日はまだ三井サンがバスケ部に戻ってきたばっかで、その上IH予選の真っ只中。
お祝いどころじゃなかったし、第一誕生日を知ったのもずーっとあとの話だった。
だから二人で迎える初めての誕生日。
大事にしたいんだけどサ、やっぱり今年もIH予選とだだ被りでキャプテンはまいっちゃってるワケでして。
しかもこの時期って中間テストも重なるからサイアク。
三井サンは三井サンで大学も一人暮らしもまだ慣れないみたいだし、一緒にいられるかどうかも怪しいぐらいだよ。
なんでこの時期に生まれてきたのって思うと溜息出るんだけど、それすら可愛く感じてなんか笑っちゃう。
変なの。
『 ふたりごと 』
土曜日の昼下がり、課外にて。
教室の窓からボーっと外を眺めていると、英語のセンセーがチョークで板書し始める音がした。
ふと黒板に目を移す。
<5.21 関係代名詞>
5.21…5月21日…。
ちょっと待て、5月21日?
「ウソだろ?!」
うっかり張り上げた大声は教室中に響き渡った。
みんなの視線が一気に集まる。
「宮城君どうかしましたか?What's up?」
近寄ってきたセンセーに愛想笑いをして。
「なんでもないっす、オーケーオーケー。」
いや、そりゃ動揺もするだろ。
いつの間にか5月21日になってたんだから。
世界で一番大切な人の誕生日の前日に。
宮城リョータとしたことが忘れてたなんて…。
ついこないだまではしっかり覚えていたのに。
部活のことで頭いっぱいになりすぎ。
俺サイテーだ、マジで。
『もしもし』
「あ、三井サン、今ヘーキ?」
『おー。』
「あのさ、明日のことなんだけどね…。」
『明日?あー、明日って誕生日のこと?』
「うん。」
『どした?』
「ごめん、俺…なんにも準備できてなくて、今日も課外終わったら部活だし…明日ぐらいしかまともにお祝いできない、かもしれない。」
何度も言葉に詰まりながら伝えると、携帯電話の奥から笑い声が聞こえた。
『なーに気にしてンだよ。』
三井サンが笑う時の息遣いが聞こえる。
『明日一緒にいられるんだろ?それで充分じゃん。』
「え、でも…、」
『いーからお前は部活頑張って来い。』
「…ごめんね、ありがとう。でも部活終わったらそっち行くよ。」
『いいよ、ンなの。』
「やだ、一緒に誕生日迎えたいもん。」
『だって疲れてンのに悪ィから。』
「大丈夫だから!ね!」
そこだけは譲れなくて、勢い任せでグイグイ押すと、三井サンが負けを認める溜息をついた。
『…分かった。じゃあ待ってっから。』
「うん、出来る限り早く行くね。」
『今日部活は何時まで?』
「とりあえず全体は8時までに解散させるつもりだよ。」
『リョーカイ。じゃあまた電車乗る前に連絡して。』
「うんっ。」
…とびきりの笑顔でそう答えて電話を切った俺はどこへ行ったのだろうか。
現在22:30。
未だに部室にいます。
「マっジでやばい…。」
一人居残る部室で呟いた。
明日がオフってことで練習が延びて21:00。
可愛い可愛い後輩たちの自主練に付き合って22:00。
そして日誌と来週の練習計画がまだ終わらない俺は、今なおここから動けないでいる。
このままじゃ誕生日になっちまう…。
「はぁー。」
盛大に溜息をついて机に伏せると、突然コンコンと部室のドアを叩く音がした。
「へ?あ、ドーゾ。」
こんな時間にだれだよ、と眉間に皺を寄せる。
ゆっくり開かれたそこには、会いたくてたまらなかった人がいた。
「よっ。」
「み、ついサン、なんで…。」
あまりにも驚いてしまって上手く声が出ない。
「おー懐かしいな、この部室も。」
三井サンはキョロキョロとあたりを見渡して、窓際のベンチに腰を下ろした。
「なんでここにいんの。」
「ん?暇だったから来た、それだけ。」
優しく微笑む三井サンを見て嬉しさがこみ上げる。
でもそれ以上に情けなさが溢れてしまったんだ。
「…俺カッコワル。」
「なにが?」
「こんな大事な日なのになんにもできなくて、ついさっき決めた約束ですら守れなくて。」
自分がかっこ悪すぎて、顔なんか上げてられない。
「…。」
「…しかも、アンタの姿見た瞬間よかったとか思った。自分の都合で遅れて、アンタにわざわざ来させてンのに。」
俯きながらそう呟くと、三井サンは机の前に座り込んで俺の顔を下から覗いた。
「宮城のその顔、俺だいすき。」
「え…。」
「宮城のそのかっこ悪ィ顔が俺は好きなの。」
三井サンは子どもみたいに悪戯っぽく笑う。
「なにソレ、悪趣味。」
なんだか妙にくすぐったくて、乱暴に言葉を投げた。
「まぁ確かに悪趣味には間違いないけど。お前はいつだって誰にだって余裕ぶっこいた顔してンだろ?」
「…っ。」
「こんな顔俺しか見れないもん。俺だけの特権。」
あぁ、なんでもお見通しだ。
改めて実感する。
この人を好きでよかったと。
「…うん。」
「今日だって誕生日のことより部活のことで頭がいっぱいだっただけ。キャプテンとして当然のことじゃねーの。」
「でも…」
「それでいいの、俺はそれで嬉しい。」
きっぱりと言いきるこの人を見て、自然と笑顔が零れる。
「ん、アリガト。」
「たまにはもうちょっと人に頼ってみろよ。」
「うん。」
「…俺だっているし。」
自分で言っときながら恥ずかしくなったみたいで、三井サンはガシガシと頭を触った。
「そうやって年上っぽくするとこズルイよね。」
「バーカ、年上だ。あと1時間で2個上だし。」
言われて気付く。
期間限定の年の差に。
「げ、そうじゃん。2個も違うなんてヤなんだけど、悔しい。」
「まぁまぁ、落ち着け17歳。」
得意気に先輩ぶる三井サンの腕を前触れもなく引っ張って。
「三井サン」
「うお、なんだよビックリした。」
「18歳最後の思い出作ろ。」
「思い出?」
「抱く。」
「は?ここで?」
にっこりと頷くと、三井サンは全力で拒否をした。
「やだよ俺こんなとこじゃ、絶対やだ!」
「じゃあ今から家に帰ろ!ほら早く!」
「ったくなんなんだよ、もー。」
会いたいときに会いに来てくれて。
欲しいときに欲しい言葉をくれる。
きっとこの人は、
俺の救世主に違いない。
ピリリリリ…、
0時に設定していたアラームが鳴り出す。
動きを止めて、携帯に手を伸ばした。
「お誕生日おめでと。」
「サンキュ。」
「三井サンいま幸せ?」
「…悪ィけど、幸せなんて言葉じゃ足りない。」
そんなことを簡単に言ってしまうから。
救世主説は確信を増す。
こんなスペシャルな救世主を送り込んでくれた神様に何度でも感謝するんだ。
「来年はさ、俺も大学生だし旅行しようよ。」
「じゃあ社会人になったら海外旅行だな。」
「マイホーム買ったら、みんな呼んでホームパーティーしようね。」
こんな夢をいつまでも見よう。
覚めなければいいってことにしてさ、二人だけの夢を。
お誕生日おめでとう、19歳の三井サン。
おわり ◎
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