5月22日
大好きな人の大切な日。
一年前のこの日はまだ三井サンがバスケ部に戻ってきたばっかで、その上IH予選の真っ只中。
お祝いどころじゃなかったし、第一誕生日を知ったのもずーっとあとの話だった。
だから二人で迎える初めての誕生日。
大事にしたいんだけどサ、やっぱり今年もIH予選とだだ被りでキャプテンはまいっちゃってるワケでして。
しかもこの時期って中間テストも重なるからサイアク。
三井サンは三井サンで大学も一人暮らしもまだ慣れないみたいだし、一緒にいられるかどうかも怪しいぐらいだよ。
なんでこの時期に生まれてきたのって思うと溜息出るんだけど、それすら可愛く感じてなんか笑っちゃう。
変なの。
『 ふたりごと 』
「三井サン、お誕生日は前の日から一緒にいようね!」
最上級の宮城スマイルは、冷めたような無表情で跳ね返された。
「あ、俺そういうのいいや。」
「え…っ」
「誕生日だけ一緒に過ごせればいいから。」
あまりにも自然にサラッと言われて言葉を失ってしまったのが、三井サンちで遊んでいた先週末のこと。
いや、そんなのは絶対嘘だ。
俺は信じない。
ホントは前の日から一緒にいて、二人で誕生日の瞬間を迎えたいに違いない。
クールな彼のことだから、直接言うのは照れくさかっただけだ。電話なら素直な気持ちを言ってくれるだろう。
…そう自分に言い聞かせて、三井サンの番号へと発信した。
「あ、もしもし三井サン?」
『おー。』
「あのね、今度の日曜日は誕生日デショ?」
『んー。』
「土曜の部活が19時には終わるから、そのあとそっちに行くね。」
『いや、いいわ。』
間髪を容れずに返ってきた言葉。
俺には理解ができない。
「ちょっと断る意味が分かんないんだけど。」
『前も言わなかったっけ?誕生日だけでいいって。』
「え、でも…っ」
『それに土曜の夜は大学の奴らと飲み会になったから。あ、だから日曜も遅めの集合だと有難いかも。』
「アンタねぇ…。」
『じゃ、よろしく。』
そしてプツッと切れた電話。
「どういうことだ…。」
俺の頭の中のプランが崩れていく音がした。
たまに本気であの人がどういう神経してるのか分からなくなる。
なんか俺だけ空回りしてるみたいだ。
ぐるぐる考えていても一人で悩みぬいても、時は経つ。
来たる土曜日。
19時前には部活が終わり、珍しく誰も残らずに帰って行った。
かく言う俺もその一人で、いつもより早い足取りで家を目指していた。
「どーすっかなぁ。」
明日だけでいいとは言われたけれど。
このまま家にいたって暇なだけ。
勝手に行っちゃえ。
そう決意したときにはすでに自分の足は駅へと向かっていた。
電車に乗って、これで5回目になる三井サンちへ。もう道だって覚えてる。
家にいないことは分かっていたけど、部屋の電気が消えていることをいざ目の当たりにすると心の穴がスースーした。
腕時計を見るとまだ21時過ぎぐらいで、ちょうど一番盛り上がってる頃だろうかと思いを馳せる。
お楽しみ中に悪いけど、一応来たことだけでも伝えとこう。
「もしもし、」
『おー、宮城ー。』
いつもより少し高揚した三井サンの声と一緒に、周りの騒がしい音が耳へと届いてきた。
「三井サン、あのさ、」
『え?ワリィ、ちょっと聞こえない。』
「あのね、今…−」
『三井!ちょっとこっち見ろよ!』
『なんだよお前その格好、バカじゃねーの。』
三井サンの笑い声が聞こえて、なんとも言えない気持ちになった。胸が痛いとでも言うのかな。
「…やっぱり大丈夫、邪魔してごめんね。」
そう言って三井サンの返答を待たずに電話を切った。
急に力が抜けて、部屋の前でずるずるとしゃがみ込む。
そのまま地べたに座った。
あんなに楽しそうな三井サンの声、しばらく聞いてない気がする。
三井サンの笑った顔が一番大好きなのに、俺は笑わせてあげられてるのかな。
深い溜息をついて、顔を下げた。
…そしていつの間にか意識は遠退いていってしまったワケだ。
ガチャっ バタン
気がついたときにはしきりに周りで物音がしていて、体育座りをしていたハズの体は柔らかいベッドの上にあった。
「え!?」
飛び起きてキョロキョロと辺りを見渡す。
「やーっと起きたか。」
呆れた表情でこっちを見つめるのは紛れもなく三井サンだった。
「え、何コレちょっと待って、どうなってんの。」
「お前が変な風に電話切るから、気になって帰ってみたら家の前にいるし。しかも寝てるし。起こしても起きないし、部屋の中まで運んでも起きないし、ベッドに放り投げても起きないし。」
「マジかよ…、ごめんね。」
全然気付かなかった自分に自分で驚く。
「部活きついンじゃねーの?相当疲れてンだよ。」
「いや、そんなことはな…ってか、今何時?」
「1時半だけど。」
だから?とでも言いたそうな三井サン。
「えー!!!なんで、なんで0時に起こしてくんなかったの!もう誕生日になっちゃったじゃん!」
「あー、そういえばそっか。」
「そういえばじゃないよ、もう。」
急いで自分の荷物の中からプレゼントを取り出す。
「1時間半遅れちゃったけど、お誕生日おめでとう。」
「おう、サンキュ。」
「これプレゼントね。」
渡したのは一冊のアルバム。
今までの思い出の写真を目一杯詰め込んでみた。
「スゲー、懐かしいのがいっぱい!」
三井サンは楽しそうにページをめくって、最後のページで手を止めた。
最後の写真はふざけながら二人で撮ったヤツ。
それを見たこの人は、本当に嬉しそうに笑ったんだ。
「…よかった、三井サンのその顔久々に見れた。」
その言葉に反応して顔を上げた三井サンは、ぎょっとした表情で俺を見た。
「え、お前なに泣いてンの。」
「…ん?あれ?」
知らない間に涙が出ていたみたいだ。
でもね、原因は知ってる。
「いやー、まいったな。久々に三井サンの笑顔見たら嬉しくてつい。」
「…。」
「最近アンタを笑顔にさせられてないような気がして、俺ばっかり幸せなのかなーとか考えてたから。」
苦笑いを浮かべて呟くと、三井サンは突然玄関の方へと向かった。
かと思いきやすぐに戻ってきて。
「お前ほんとバカ。」
そう言って突然こっちに向かって投げつけた。
反射的にキャッチした手のひらに収まっていたのは、なんの飾りもついていない一つの鍵。
「これって…。」
「お前だけじゃないってこと、いい加減分かれよ。」
少し拗ねたように口を尖らせるその顔は少し赤いように見えた。
もう充分だ、充分伝わったよ。
不器用なりに伝えてくれてたのに、気付かなくてごめんね。
「ありがとう三井サン、ほんと好き。」
「そういうことサラッと言うなよ、バカ。」
やっぱり俺は幸せだ。
三井サンが幸せだから俺も幸せなんだって、今やっと分かったよ。
どっちかだけが幸せなんて成立しない。
二人だから、幸せだと思えるんだね。
「これ合鍵だよね。ホントにもらっていいの?」
「また家の前で寝られても困るし。」
「よっしゃー!」
俺が本気で喜ぶと、三井サンもつられて笑った。
そんな笑顔見せないでよ。
また嬉しくて、泣いてしまいそうだから。
お誕生日おめでとう、19歳の三井サン。
おわり ◎
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