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 「じゃあ、スコアというのは、その子が好きな人に捧げたラブソングだったんだね」

  イッキの言葉に城での盗難騒ぎをトキヤは思い出していた。
 あの騒ぎが起きるまで、あの歌をスコアとして城に残した女性がいるとは、トキヤは夢にも思っていなかった。

  現代の王が感動していた一方で、賢者だけが盗んだと騒いでいた理由はどうだって良かった。
 一つだけわかっているのは、城に残した二人が罪に捉えられないことだ。

  昔、自分と同じように人に恋をして、人間になり、歌えなくなった人魚がいた。
 その人魚は恋が実らずに最期、泡となって天に昇ったという。
 似たようなメロディのスコアは、人間たちの世界にもあるだろう。
  だが、全て同じなメロディということがはたしてあり得るだろうか。

  トキヤはイッキの言葉に強く共感していた。
 ――好きな人に捧げたラブソング。

  きっとその人は、あの城に居た想い人に告白が出来なかったのだろう。
 結局叶うことはなかったが、それでもスコアが示していたのだ。
 人魚だった彼女が誰かを想う気持ちがそこにあったことを。
 
  神妙な面持ちでペンを止めているトキヤを、イッキが肩に触れて促した。
 トキヤは目を細めて頷き、かりかりと紙にペンが走る音が室内に響く。
 
 『きっとそうなのでしょうね』

  イッキが腰を引き上げてトキヤとの距離を詰めて座り直した。
 不意に近付いてきたイッキにトキヤはどきりとした。

 『どうしました?』

  咄嗟に書いた為に字の形が僅かに乱れている。
 トキヤがメモから視線を戻すと、柔和な表情をしたイッキが手首を掴み、掌を包む様に握った。
 
 「君は手も綺麗なんだなぁと思って」

  イッキはそう言って、親指付け根の膨らみをふにふにと押したり、爪を指で撫でたりする。
 イッキの手から伝わる肌の温もりに、心が安らぐのを感じ、トキヤは好きな様にさせることにした。

 ――手も、と言う事は、字も綺麗だと思ってくれているのか。
 そう思った途端、トキヤは胸がギュッと詰まる気がした。
 
  夜が来て、トキヤは足早に船長室のベッドで横になっていた。
 夕食中に、翌日早朝には港に到着するとの事で、早めに各自休むことになったのだ。
 何でも、通り掛かった船の船員との回線の遣り取りから、探し人がいる可能性を示唆する有力な情報が得られたと言う。
 
  最初トキヤは、トモチカが居なくなった以後船で休むのは久々で、ずっとトモチカに譲っていた寝室に向かった。
 だが、イッキはわざわざ訪ねて来て、一緒に休もうと手を引かれ、止む無く共の寝具で寝る事になった。

  イッキがそう誘う理由とは些細な事だった。
 宿屋のシングルベッドサイズが寝心地が良かったので、船長用のベッドが広くて落ち着かないらしい。
 だがそれは建前で実際のところ、寂しいのかもしれないとトキヤはみていた。
 イッキは時々、寝静まった後で、時折何かを呼び掛けるような寝言をしていたのだ。
 勿論、別のベッドで休んでしまうと寝心地がしっくり来ないのも一理あるだろうが。

  普段イッキに接しているときにはまるでそう感じさせないだけに、トキヤは彼の隠す孤独さに気付くと切なかった。
 昔の故郷や家族の生い立ちの話をイッキは滅多に口に出さない。
 マルローとの会話で時折耳にする事はあった。
 トモチカが帰る場所を思い出せず、悲しんでいる姿に、とても親身になっていたのが印象的で。
 トキヤは今も追及する機会を何となく逃している。

  羽ペンを静かに置いた音がして、トキヤはそっと目を閉じた。
 イッキはベッドの脇にある小さなテーブルで、毎晩日誌を書いている。
 ふっと息を吹き掛けるのが聞こえたと同時に、白んでいた瞼の裏が暗くなった。
 今日の分を書き終えて、ロウソクを消したのだろう。

  二人目の体重が加わると相変わらずベッドが軋む。
 この音に不安感が煽られる以外は、港町で停泊したベッドの寝心地とほぼ同等だった。

 「ねえ、トキヤ。起きてる?」

  ふとした呼び掛けにトキヤは返事として寝返りを打った。
 恐らく視線の先にイッキの顔がある筈なのだが、瞼を開くと、そこは闇だった。
 イッキが休む寝室は、窓がないために僅かな月明かりも入らない。
  ただ、肌が栗立つのでわかった――きっと深紅の双眸は此方を見ている。

 「ちょっとだけ、話をしてもいいかな」

  イッキはそう言ったあと、もぞもぞと毛布を波立たせた。
 毛布の端っこが引っ張られたらしく、足の先が出てしまってトキヤは背中を丸める。
 それからずいっとシーツを引き摺るような音がした。
  吐息の近さに、昼間のときのようにイッキから距離が縮められたのを察した。

 「初めて会ったときのこと」

  トキヤはそのときのことを詳しく知らなかった。
 正確には人間になる薬を使用した後、急激に意識が遠のいて、気が付いたら船に乗せられていたのだ。
 イッキは言葉を選びながらゆっくりと話をした。
 
 「俺、砂浜で倒れていたトキヤを見つけたとき、何でかわからないけれど船に連れて行ってたんだよね。
  深く考えずに拾ってその上髪とか身体とかも、軽く洗ったりした」

  訥々と続く話をトキヤは静かに聞いていた。
 目覚めたとき自分の髪から人工的な香りがしたのは、そういった理由からだったのかと内心驚いていた。
 しかも自分はそれほどのことをされていても起きなかったのだ。
 昏睡状態だったところを、イッキが厚く世話をしていてくれたことに感謝で胸がいっぱいになった。

 「事情はわからないけれど、君は服も着ていなかったし、身を寄せる場所がないのかもしれない。
  だから此処にずっと居てもいいって俺は言ったんだ。
 けれど……本を読む君と、酒場で楽しそうに歌うトモチカを見た時、同じ感じがしたんだ」
 イッキの言う“同じ感じ”という意味がわからず、トキヤは手さぐりでイッキの服裾を二度引いた。
 わからないことがある時に行う合図だった。

  イッキがそっと棚の奥から取り出してくる様に紡いだ。

 「何て言うか……今では此処に居るより、もっと相応しい場所を探してあげなきゃって」  




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