今は誰も居ない砂場に、遊んだ子供が作ったのだろう、小さな城が崩れ掛けて残っていた。
滑り台はまだ新しいようで、赤のペンキに塗られた鉄骨が日光につやめいている。
俺は土を蹴って、風力をつけた。
前後に身体が動いて、空が近くなったり遠くなったりした。
金属の擦れ合う音がキィ、キィ……と鳴っている。
「懐かしい。子供の頃、よく遊んだな」
一人ごちると、急にトキヤのことが思い浮かんできた。
今頃買い物から帰ってきているだろうか。
俺だってもう、いっぱしの大人だ。
こんな風にはしゃいで漕いでいるのを見たら、一体何て言うんだろう。
想像すると、小言を口にするトキヤの顔が思い浮かんで楽しくなった。
音也は肩を落として、すまなそうに抱き着いた腕の力を込めた。
私はその髪に鼻先を埋め、背から腰に手を遣ると、引き連れるようにして公園から出た。
この場に居る姿を、一般人に見られるのは得策ではないからだ。
殴り合いが起きて、丸2日経った頃のことだ。
俺は、移動車から降りたときに大勢の記者からマイクを向けられた。
カメラマン達のフラッシュの膨大な数と勢いに、スタッフにかばわれ、逃げるようにその場を後にした。
恥ずかしいことに、俺はそのときになって初めて、社長が言っていた、“仲間に迷惑をかけることになること”を意識した。
俺は急に世間の評価が怖くなった。
顔が見える仕事はダメだ、という事務所側からのお達しで、メディア露出は暫くラジオ番組だけとなった。
とある番組では、番組に寄せられた便りを読み上げるはずが、募集している内容よりも、あの事件に関連する質問でいっぱいなこともあった。
事務所の意向で、コラムは継続的に続いているものを、休載させて貰う旨を契約会社に伝えた。
こうしてひとつ一つの出来事が、雪崩のようにやってきてた。
ST☆RISHのメンバーは、迷惑がっている様子を見せる人は一人も居なかった。
沢山迷惑をかけているだろうに、俺の怪我への心配の連絡をくれるくらい、優しかった。
事件4日後には、とあるトーク番組が、放映された日の検索数トップになった。
ゲストとして出向いたセシルに、ドギツイ辛口で有名な俳優が「セシルくんも今大変ですね」と声を掛けていたのだ。
俺はスマホのニュース速報でそのことを知って、すぐにセシルに謝りのメールをした。
するとすぐさまセシルから電話が来た。
『オトヤ。大丈夫です、何も心配は要りません。ワタシたちはアナタの味方であり、仲間です』
その言葉に、俺は皆に支えられていることを再認識した。
それからトキヤの説得もあって、社長室に半ば駆け込むように報告をしに行った。
俺を励ましてくれるファンレターや仲間たちのためにも、落ち込んではいられないと思った。
社長室にトキヤと行った日、おっさんが険しい声で言っていた。
『今回の暴力沙汰は、一十木音也としてだけでなく、ST☆RISHのグループのスキャンダルにもなる。
もっと、一緒に頑張っている仲間を思い遣って行動しろ』
おっさんから言い渡された言葉は、慰めは一切ない、厳しいものだったけれど、おっさんなりの鼓舞激励だったと思う。
ブランコを漕ぎ疲れて、足を止めた。
空から視線を落とると、公園の敷地内で均等の間隔で植えられた木々の向こうに、ちらりと見慣れた人物の姿があった。
「トキヤ? おーい、トキヤ!」
俺は大きく声を掛けて遊具から降りた。
そのまま手を振りながら近づくと、此方に気付いたトキヤも、舗装されたアスファルトを歩んで公園へ入ってきた。
「ほとぼりが冷めるまで、外出は控えるようにという言葉を忘れたのですか?」
それは息が切れて掠れた、トキヤの第一声だった。
双眸から送られる眼差しは、突き刺さるような鋭さがあった。
よく見るとトキヤの上着の襟は乱れて、眉間には克明に皺が刻まれている。
振る袖のおぼつかなさが、安堵から力が抜けているのに気付いたら、抱き止めるように正面から飛びついていた。
トキヤの細く長い両腕に包まれる。
俺はトキヤの後頭部を撫でた。
髪は冷たいのに、触れた部位はじっとりと汗ばんでいる。
「ごめんね。ちょっとだけ、と思って……」
トキヤが両肩を掴んだ。
その力が、すごく強かったことに驚いていると、引き離された。
「気持ちはわかります。ですが、あなたはもう子供ではないのだから。言われたことは守りなさい」
トキヤの端正な顔に、心底心配した、と書いてあるのを見た気がした。
はぁ、と溜め息を吐きながら、手の力を緩められた。
次には背中を摩り撫でてくれた。
撫でる手の優しさに、俺はまた間違いを犯したのだとわかった。
「……うん。ごめんなさい」
目立つ外出は控えるように、と口酸っぱく言われていたのに、軽い気持ちで出掛けてしまっていた。
恥ずかしくて、数十秒、トキヤの顔が見れなかった。
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