【影への帰還】
ほんの少し、人並みの幸せとやらを知れた。
毎日毎日馬鹿みたいに呑気で、夢だったのだと朝が訪れる度に思った。
できればずっと続けば良いなとか、クソみたいなこと思ってた俺は、現状が全く受け入れられなかった。
今起こっていることは、どうしようもないくらい当たり前の結果で、驚くことでも何でも無かったはずなのに。
「ライルッ、ライ……ッ……!」
胸を締め付ける何かのせいで、張り詰めていた声はついに消え失せた。
人の少ない路地裏に張っていた連邦の人間達が、銃弾でライルを撃ち抜く。両脚と腹部、そして大事な右手から血が流れ、貫通していった弾がコンクリートの壁に突き刺さる。
「っくそ……!」
男に捕獲されたライルは、悔しさに歯軋りをした。
俺はというと、男二人掛りで真上に乗られ、身動きなど全く出来ないマヌケっぷりだ。コンクリートに押し付けられている頬が痛い。
「ソレスタルビーイングの羽根付きのパイロットを確保した。報告を頼む」
通信を断ってからも動きを見せない男達は、どうやら車の到着か何かを待っているらしかった。下手に俺達を動かすより、その方がよっぽど達成率が高いだろうしな。
そもそも、何で顔が割れてんだよ。
俺がいない間に何があった?
アレルヤは何も話してくれなかった。俺に何も伝えないまま、深い眠りに付きやがったクソ野郎だ。
俺は今一番近くに居る、何かを知っている可能性の高い男の名前を呼ぶ。
「ライル」
こんな格好で会話なんてしたくなかったが、しょうがなかった。
「何で俺達が連邦に知られてることを言わなかった」
俺と、アレルヤが。
誰一人としても何も伝えてくれなかった。
それは俺のプライドを守るためか?
一番妥当なのは、アレルヤが自分で言うとか言っておいて、結局言わなかった可能性だ。あいつなら十二分にありえる。
「監獄にいたなんて言ったら、お前今ここに居なかっただろ」
「…………」
「それに、そういう経歴があるって知ったら、普通なんて一生感じれなかった。違うか?」
ぱたぱたと鮮血を垂らしながら、ライルは薄らと笑って俺に問い掛ける。
俺は肯定も否定も出来なかった。
「どうせ死ぬんだ。俺は、少しでもお前を人間にできて嬉しかったね」
ライルの声が途切れる。
気絶したのか、死んだのか、コンクリートと向かい合ってる俺には判別できなかった。
ただ、それから二度とライルに会うことはなかった。
ふと俺が目覚めたとき、そこは一室に設けられた台の上で、天井に張られたガラスが光を反射していた。
ガラスに映った自分自身に手を伸ばして、何かを言おうとした。
一体誰の名前を呟こうとしたのか――それどころか、自分が何者なのかすら思い出せなかった。
頭部に巻かれた包帯ごと頭を抱え、膝に顔を埋めて息を殺す。
なぜか戦慄を覚えて、流れそうになる涙を我慢した。
end.
【影への帰還/-081117-】
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