[通常モード] [URL送信]

Mr.REM? 

【出来心】



 良い子のアレルヤが深い眠りに付いた、午前一時過ぎ。
 俺は静まり返っているトレミー内に、床を踏む音を響かせる。目的はすぐ近くにある一室。

 ロックオンに「今夜来いよ」という、何とも曖昧な誘いを受けたのは昼の出来事だった。
 片割れに向けて放たれた言葉を、きょとんとして受け取ったアレルヤは、優れた思考回路ですぐにそれを理解した。

 分かった? ハレルヤ。
 ――ああ、分かった。

 そんなやり取りをしたのも、今はどこか懐かしい。



 ロックオンの自室に入る前に、一度深呼吸をする。
 緊張? 馬鹿馬鹿しい。
 そんな可愛らしい感情は、生憎持ち合わせていない。
 じゃあ何故、と訊かれても、答えは出ないだろう。

 無用心なドアを開け、俺は「来たぜ」と最初に放つ。二十四時間家族のことばかり考えているあいつに、自分の存在を認知させる為だ。



「…………」

 いわゆる興醒め顔で、俺は見る。

 ベッドに横たわっている、くそロックオンを。



 手元に本があるところを見ると、読みながら寝てしまったのだろう。ミッションを終えたばかりで疲れている癖に、こいつは馬鹿だ。

「はっ、」

 くつくつと笑いながら、ベッドに腰掛ける。
 起こしてしまったらどうしよう――と思ったが、起きて貰わなければ困るのだ。

 俺はロックオンの肩を掴み、手加減せず揺する。
 しかし、目覚める気配は全くしない。どうやらアレルヤ並みの、深ーい深ーい眠りに付いているようだった。

 午前一時なんて、眠っていてもおかしくない時間にやって来た俺もどうかと思うが、それは時間を指定して来なかったこいつのミスだ。
 今夜、これは結構な時間帯を表す。
 ロックオンはどの辺りからを今夜とし、何時から俺を待っていたのだろうか。

(アレルヤとこいつが夕食を一緒に食ったのが八時だろ。それから機体を確認して、風呂に入って――十時頃には自由、か)

 十時も今夜に入る筈だ。
 もしそこから待っていたとすれば、三時間は待たせていたことになる。
 しかし、ロックオンがいつ眠りに付いてしまったのかなど分かるわけもなく、推測が無駄なことに気付く。俺は深い溜息で空気を揺らした。



 すう。
 しんとした部屋で、聞いている方が心地良いくらいの寝息だけが耳に入り込んだ。
 改めてじつとロックオンの顔を見る。

(……色、白、)

 どちらかと云えば、ロックオンの方が女らしいし、細いし、俺よりよっぽどネコが似合う。
 抱かれながら、何度抱きたいと思ったことか。
 しかし、一度定着してしまった立場は、なかなか変えることが出来なかった。
 これでも努力はした。
 誘われる前に自ら誘ってみたり、上に乗られるくらいなら俺が乗ってみたり。その度にロックオンが嬉しそうに笑うもんだから――その上気付けば立場は逆転している――俺は全てを委ねてしまうのだ。

 畜生と頭を掻き、心機一転も兼ねて口角を結ぶ。
 ――寝込みを襲うのは、反則だろうか。
 それでも、この出来心は消えそうにない。

 仕返しにしてはあまりにも稚拙で、もっと何か思い付かなかったのか、と笑われる気さえする。
 俺はベッドに手を付き、身を屈めてロックオンの頬にキスをした。
 天井に向いていた左肩を、俺はぐいと右手で押しベッドに倒す。これでこいつが目覚めても、視界に入るのは本ではなく、俺、だけ。

 茶の前髪を退け、閉じられた目蓋の下にある翠の瞳を想像する。すると、微かに震えた睫毛が確認出来た。
 あの瞳に見つかれば、俺の降伏は免れない。
 だからその前にと、噛み付く様にロックオンの唇を塞いだ。

 夜に来いってのは、こういうことを前提に言ってたんだろ、ロックオン。
 寝ちまったのは残念だったな。

 沸々と湧き出て来る怒りに、愛しさが雑じる。
 今こいつが目覚めなければ、恐らくこのまま主導権は俺が握るだろう。初めて、秘めていた願望が叶うのだ。あまりにもくだらない、ふっと思い立った考えで、こんなにも簡単に。

「……っ、……」

 ――いつからこんなに雄雄しさを失ってしまったのだろうか。

 俺は接触していた部分を放し、そこを指でゆっくりなぞる。そして、白い頬へ手を滑らせた。
 やっと薄ら覗いた翠を、細めた両目で見つめる。

「誘ったやつが寝てんじゃねぇよ」

 ロックオンは数秒して状況を理解したらしく、悪かった、と短く笑った。

「今、来たのか?」
「……ああ、」
「なんだ――」
 ロックオンは眉を下げて微笑する。

 俺の嘘が見抜かれた?
 今来たなんて、嘘も甚だしい。

「――夢、見過ぎてたみたいだ」

 目を大きく開かずにはいられなかった。
 もしかしたら起きていたのかもしれない。そうでもなくとも、こいつは俺が思っている以上に俺を求めている――顔が、熱い。
 少し赤くなった面を誤魔化すように、三度目のキスをした。今度は首筋に。
 ロックオンがくすぐったそうに少しの笑い声を上げる。
 俺はこの顔やこの声が、きっと誰よりも好きだ。

 だからもう少しは、抱かれていても良い気がした。



 Impulse!
 (そんなもので立場が変わるわけも無く)



【出来心/-080604-】
 

戻る




あきゅろす。
無料HPエムペ!