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in the blue...



 十月十二日。秋晴れで超快晴。本当に雲ひとつない深いブルー。
 澄み切った水のような氷のような触れたら冷たそうなブルー。
 そんな綺麗なブルーの下。
 

 俺は自殺志願者と出会った。




「どうしたの君? 今授業中だよ?」
「人のこと言えないだろお前も」
 常に開放されて昼休みなどは生徒たちで賑わう屋上も、さすがに授業中となれば誰もいない。
 俺はこんなに綺麗な空なのにクソ真面目に授業を受けるなんてばかばかしくなって、自動販売機で買ったコーラを片手に屋上へ向かった。
 まあ、つまりはサボりだ。
 だってこんなに綺麗な空なんて滅多に見られない。日差しも暖かだし小説を書くのにも読書するのにも絵を描くのにもきっと最適で完璧な日。それなのに日を浴びれない屋内で息苦しいことしてるなんてお天道様に申し訳なさ過ぎる。
 俺は清く、正しく、美しいのだ。うん。
 そうして屋上への暗い階段を上りその先の重い扉を開けると、俺の視界には期待通りの綺麗なブルーと透き通った涼しい空気と。
 完全に予想外の一人の生徒がいた。
 彼は空のブルーに包まれていて、扉を開ける音に気づいて振り返った。
 俺は彼を知らなかったけれど、黒い短髪と黒い眼。それに着ている制服でうちの生徒であることと性別を、腕章の色で一つ上の学年の奴だとはわかった。それが今の俺が知る彼の情報の全て。
 ただ彼は、結構な高さのある落下防止用のフェンスの向こうにいた。
 彼の一歩先は、深い深いまるで海のような空のブルーだ。
「どうやら面白い現場に居合わせちまったようで」
 自殺志願者なんてはじめて見た。それがとっさの感想。止めなきゃとかそういうのは起きなかった。彼は死ぬんだな、とどこか他人事のようにそれだけ。
「どうしてんなとこいるわけ?」
「わからない?」
 彼は俺を見るためにひねっていた体を戻し、空のブルーを見る。返事は背中から返ってきた。
「んー、じゃ自殺?」
「そう思うなら止めようと思わないの?」
 質問に質問が返ってくる。短気な奴だったらイライラしそうなクエスチョンマークだらけの俺たちの会話。
「んー。本気で死にたいんなら止めない」
 ハハッと彼は笑う。笑顔は見えないが彼の背中は楽しげに揺れている。
「楽しいこと言うね君」
 彼の笑みを孕んだ声。
 俺は床に胡坐をかいて座りコーラのプルタブを開けて一口飲んだ。新鮮な炭酸の刺激が口内に突き刺さる。
「で、お前死にたいわけ?」
「……さあ」
 彼はそんなところにいるくせに首を傾げた。
「僕は死にたいのかな。今日は空が綺麗だから見たいなって思ってたらこんなところに立ってた。これって無意識に死にたがってるって事かな?」
「生きなくていいのか?」
「そうだね…。なんかこうして考えてみたら生きてるのもつまんないし、小さい頃から勉強ばっかりしてきたけど少しもいいことなかったし、生に執着する理由もないなあ」
「やりたいことないのか?」
「そう言われてみるとないねえ……」
 彼は俯いてるようだった。黒い髪が少ししか見えない。
「――少し、いいか?」
「うん?」
 彼は俺に背を向けたまま、話を促した。
「俺は小説が好きなんだ。読んでるのも書いてるのもすげー楽しい。書くのがすっげー楽しいからずっと書いていたい。一生書き続けたい。だから俺は死ねない。小説を書き切るまでは死ぬのは困る。こんなにも書きたいと思うのはきっと俺は小説を書くために生まれてきたからだ。そう信じてる。小説を書くことが俺の存在意義だ。書くのをやめたら俺が俺じゃなくなる。俺にとって小説が俺の世界の全てだ。人生で一番大切なものだ。それを取り上げられたら俺はもう生きていけない。そんくらい大切なもんだ。お前には、そんな風に思うようなものはないのか?」
 彼は黙る。何か考えているような沈黙。でも気軽い――好きな食べ物は? と聞かれたときのような――気軽い沈黙。
「素晴らしいね」
 彼は笑った。俺の方を向いて笑顔を見せてくれた。
「君の世界は綺麗だろ。全部がキラキラ光って美しく見えるだろう」
「うん」
 その通りだ。彼の言う世界が、キラキラ光っている綺麗な世界が――俺の世界だ。
「うらやましいね。君みたいになりたかったよ」
「お前の世界は綺麗じゃないのか?」
 彼はまた黙る。だけど今度はその口元に笑み。
「僕は鳥に憧れてるんだ」
「―――鳥?」
 唐突な話題だった。
「昔、鳥飼ってたんだ僕。インコとかじゃなくて、なんて鳥か知らなかったんだけどとりあえず鳥を飼ってたんだ。結構可愛がってたんだけど、僕がドジって逃げられちゃって。逃げられて悲しかったけど、ずっと籠に入れられてた鳥がすごく気持ち良さそうに飛んでいって、そのさえずりが自由への謳歌みたいに聞こえた。僕はその姿に憧れたんだ。あんなふうになりたい。あんなふうに自由に空を飛ぶ鳥になりたいって」
 だから、と彼はまた空を見つめる。深いブルーを見つめる。
「僕は、飛びたいよ」
 彼は空を見つめて――両手を広げた。
「僕の世界は綺麗だよ。キラキラ光ってる素晴らしいものを見つけたからね」
 まるでそれを待っていたかのように、涼しい秋風が屋上全てに吹き抜けた。
「僕は今鳥になることが出来る。だから世界は綺麗なんだよ」
「飛ぶのか?」
「うん」
 彼のいっぱいに広げた両手は、彼にとっての翼だ。
「僕は鳥が好きだ。だから鳥になりたい。僕は鳥になるために生まれてきたんだ。だから鳥になるためなら死も厭わない。鳥になることが僕の全てだ。だから、飛ぶ」
「そうか」

 そして彼は。


 空の中へ。


 ブルーの中に彼は消えて、俺はフェンスに寄って下を見た。
 彼の血は大きく大きくまるで本物の翼のように広がって、ああ彼は鳥になったんだなと俺はそう思った。


end.


あきゅろす。
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