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有り得ない



「今日河川敷まで走って競争しねえ?」
 やっぱりタクの思考回路はいまいちわからない。有貴はメロンパンを齧りながらつくづくそう思う。
「何それうざっ、たるいじゃん」
「うわひどっ! うざいまで言うかよ!」
「ゆーき、相変わらず口悪いな。ほんとに女かよ?」
 ユイがちょっと呆れたように有貴を見る。ユイが銜えたストローの先がぐちゃぐちゃに潰れている。ストローを噛む癖は直せといつも言っているのに。
「性別なんかとっくの昔にどっかの道端に捨ててきた。ていうかお前らこそ俺のこと女だと思ってんのか?」
「あー、そりゃ無理だ。お前へたすりゃ俺よりぺしゃんこじゃん」
「おやおやどこの部位のことを言ってんのかな答えによっちゃぶっ飛ばした上にセクハラで訴えるぞ」
「たった今性別なんかどっかの道端に捨ててきたとか言ってなかったか!?」
 三人で交わされる会話はひたすらかしましい。有貴は静かな食卓を目指したいのに、このメンバーが集まるといつもやかましくなる。このクラスで一番やかましいんじゃないだろうか。
 有貴はいちごオレを啜りながら、自分の机を囲んでいる男子三人に視線をやる。
 正面に座って弁当をかきこんでいるのが、宮澤卓徒。通称タク。ぶっちゃけると天然のチビアホ。有貴にはタクの思考回路がいまいちよくわからない。先程のように、タクの唐突な発言に有貴が呆れたあと一言ののちに切り捨てる、というのはよくあるパターンだ。でもその明るい性格のせいか、このグループ以外でも友達はたくさんいる。それでもタクが一番多くつるんでいるのは有貴たちのこのグループだ。なんでこのグループなのか。謎だ。
 向かって右手に座ってまたストローをがじがじ噛んでいるのが秋本悠一朗。通称ユイ。少しおかしな通称は「ユウ」だと有貴と紛らわしくなるため、「一朗」のイを取ってきた結果だ。出席番号が一番のせいか、それとも元々の性質か、ユイはクラスの中心人物だ。そのユイがこんなおかしなグループに入っている理由も、つるみ始めてから二年目の今でも謎だ。
 そしてもう一人。会話には参加していないが、向かって左手でカロリーメイトを銜えているのが、黒崎鳶。通称トンビ。呼ぶたびに変だと思う名前だ。親は何を考えているのだろうと思う。トンビは基本的に無口で、今もただ黙って三人の会話を聞いているだけの典型的な陰気なのに、何故か体力テストは学年一位。体育の時間もよく活躍している。謎だらけのこのグループの中でも、それだけはとびきりの謎だと思う。それでも男三人の中に女が一人混じっているという、一番の謎が言うことではないのだろうが。
 有り得ない。スター性のあるチビとクラスのまとめ役と運動能力抜群の陰気、それに完全に男な女。これだけ有り得ないグループというのも、なかなかないと思う。
「つっかトンビてめーしゃべれよ」
 ガツンと強めに机の足を蹴って言ってみるが、トンビは全く微動だにしない。有貴の方を見ることすらしない。全くムカつくことだ。でもトンビはゆっくりとだが口を開いた。
「……面倒臭いし」
「だーから今日は河川敷まで走んだから、そんなこと言ってらんねーぞ!」
「タク、まだそんなこと言ってんのか」
「あたりめーだろ! 自転車で行こうが走って行こうが一緒じゃねえか」
「一緒じゃねえよ。疲れる」
 河川敷。或いはそれが、接点など何もないこの謎ばかりのグループを繋ぎとめる、たった一つのものなのかもしれない。
 有貴たちは放課後、学校から少し離れた河川敷で野球をしている。たった四人での、学校の部活などに比べればお遊びというのもおこがましいぐらいの、小さな野球。
「……別に走ってもいいけど」
「お! トンビめっずらしー!」
「ばっか、トンビ! タクの背中押すなよ!」
 ぎゃいぎゃいとうるさい三人を余所に、メロンパンの最後の一切れを口の中に放り込む。メロンパン一つのカロリーは相当なものらしくて、それを毎日食べていてもスタイルを保っているのはすごいと以前女子に言われたけれど、こいつらとつるんでいれば自然とカロリーは消費されると思う。だって何だかこうして会話を聞いているだけでも疲れるのだから。
 そんなこんなでどうやら走ることが決定しそうだ。ああ、有り得ない有り得ない。性別を放棄したと宣言している以上、ここを一人自転車で行くということは、有貴の意地に反する。これは疲れるが走ることになりそうだ。あ、今決定した。有り得ない有り得ない。
 脳内で有貴が頭を抱えた瞬間、昼休みを終えるチャイムが鳴って、かしましくしゃべっていた三人はあっという間に散っていった。ああ、さっきはあれだけうるさかったのに。それだけすぐ散れるんだったらもう少し静かにしてくれ。ああ有り得ない有り得ない。




 雲が多い夕焼け空だ。灰色の間の空は、青から赤に向かおうとしている。
「で、結局走りかあ……」
 ユイが、校門の前に立って深いため息をついた。
 なんだかんだで放課後。下校する生徒が次々と通り過ぎていく校門で、有貴たち四人は横に並んでスタートを待っていた。四人並んで立っている姿に生徒たちがくすくす笑ったり小さく何やってるんだろとか言ってくるが、四人は例外なく誰も気にしていない。
「ちなみにランニングじゃないぞ。全力疾走だからな!」
「はああ!?」「なにい!?」
 有貴とユイの声が見事に重なる。それに生徒たちのくすくす笑いも大きくなるが、本人たちはそれどころじゃない。
「てっめふざけんなよ! 河川敷まで三キロだぞ三キロ! 全力疾走する距離じゃねえだろうが!」
「ちなみにタイム測るからな! 目指せ七分台☆」
「人の話聞けよ!」
「うっせーぞユイ! 女みたいな名前しやがって!」
「うっわこっちのがひでーし! しかも今関係ないじゃん!」
 しかもお前らが勝手につけたあだ名だろーが! と喚くユイを押しのけ、有貴はタクの胸倉を掴む。
「てっめー俺をトンビみて―な体力馬鹿と一緒にすんなよ! こちとらか弱いオンナノコだぞ!」
「だからお前性別なんて捨てたって言ってんじゃねえかよ!」
「うっせーぞ女ああ!!」
「ひでえ!」
「ていうかもうスタートしちゃってんだけど」
「なにいいっ!?」
 有貴が校門の向こうを見たときにはすでに遅し。遥か彼方には全力で走るトンビの背中があった。とっさにタクの手の中のストップウォッチを見る。七秒。七秒しか経っていないのにあんなに遠くにいるトンビはきっと化け物だ。有り得ない!
「ああもうちくしょうタク! 河川敷着いたらコロス!」
 ぐだぐだしたスタートになってしまったが、とにかく有貴はトンビを追って走り出す。もちろん全力だ。そんながっしりしているわけでもないのにどんどん遠ざかっていく背中を追って。
 ユイとタクも走りだす気配が背後からした。か弱いオンナノコだが、負ける気はない。勝負事となったら本当に性別は捨てる。これは有貴自身の意地とこだわり。真剣勝負だ。
 走る走る。夕暮れ時の、雲があるせいで夕日も見れない道。中途半端に明るくも暗くもない道。だけどその向こうにはトンビの背中が見える。絶望的な差ではあるが、絶対に手は抜かない。まだまだ、追いつく。追いつける。
 あっという間に息が上がり空気の塊が喉をこするが、走る足は止めない。むしろもっと速く速く。トンビの背が近くなった気がする。追ってくる足跡も近い。だけど振り向かない。この順位を渡す気はない。狙うは一つだけ。
(俺が一番……だ!)
 女子の中では比較的成績がいい程度の有貴と体力テスト学年一位のトンビの勝負でも、七秒分の遅れがあったとしても、勝つのは、
「俺……っだ!」
「いーや! 俺だね!」
 有貴の後ろから飛び出したのは、タクだ。走ろう走ろう言っていただけあって、タクは長距離は得意だ。しかもまだ余力を残しているらしく、そこからぐんぐん加速していく。すでにマックススピードで走っている有貴には敵わない。タクの背中も離れる。畜生!
「俺も先行くぜっ!」
 続いてユイにも抜かされる。有り得ない。これでビリだ。有り得ない有り得ない!
 心の中で叫んだ、その瞬間。
 視界が、一気に開けた。
「ゴーーーーール!」
 タクの元気な声が聞こえる。目の前の階段を駆け上がる。その上の道を挟んだ向こうは、土手。その向こうが、河川敷。ゴール。
「ゴー、ル……!」
 先に着いた三人が土手に転がっている。さすがに全員が全員息を荒くしてひっくり返っていた。有貴もその中に混じって土手の草の中に倒れこむ。上気した肌に触れる草が冷たい。気持ちいい。
 しばらく、荒くなった呼吸を整える音だけが、四人の世界を支配した。ふいに、
「あああああ!」
 タクが絶叫をあげ飛びあがった。さすがの有貴も驚いて顔を上げる。
「え? 何? どうした?」
 ユイが尋ねると、タクは体は固まったままかくんと首だけをユイに向けた。ちょっと怖い。
「これじゃ夕日が見えねえじゃん! 綺麗に見えたら完璧だったのに!」
 タクは空を指差して絶望的な顔をする。確かに空は曇っていて夕日は見えない。晴れていればここからは綺麗な夕日が見えるのだが、今は微かに赤く染まった濃い灰色の雲が見えるだけだ。
「はあ? 昼間っからずっと曇りだっただろ? 見れるわけねえじゃねえか」
「うそだああああああ最高のプレゼントがあああああああ」
「プレゼント?」
「あ、そうそう。そうだった。ゆーきー」
 土手の上でぐったり横になっている有貴に、タクは四足でにじり寄ってくる。ちゃんと返してやる体力は皆無だったため、何、と二文字だけでぞんざいに返す。すると、
「たんじょーびおめでとー」
 タクの極上の笑顔から、そんな言葉が落ちてきた。
「……あ、そっか」
 そして一瞬ののちに理解する。今日は有貴の誕生日。
「あ、そういえば今日だっけ? すっかり忘れてた」
「……俺は覚えてたよ」
「ああ?」
 ユイに返したのは、意外にもまだ寝転がったままのトンビだった。
「……だからタクの提案にのったんだし。そうじゃなきゃこんな面倒臭いことしないよ」
「提案? ……あ、プレゼントってまさか……」
「そ! みんなで走って土手に寝っ転がって夕日を見る! 最高のプレゼントじゃん!」
 タクの無邪気な声に、全身の力が抜けた。ひたすら走ろう走ろうと言っていたのはそういうわけだったのかと理解すると同時に、これがプレゼント、と言い張るタクの思考回路がやっぱりよくわからない。走ることがプレゼント? なんだそれは。
「夕日が見れれば最高だったんだけどなー。でも」
 にこっと、タクは無邪気に笑顔を向ける。
「気持ちよかったろ?」
 きっとその笑顔は、世界の真理さえ見通すことができるのだろう。だからきっと、こいつは有貴の心の中もわかっている。その上でこんなことを言っているのだ。そう自分に言い聞かせて、有貴は、
「……うっせーよ気持ちいいわけねえだろよりによって誕生日にくたびれ損かよ死ねよボケえ」
「うわああああひでえ! せっかく頑張って考えたのに!」
 わああんゆーきがいじめるーあーはいはいよしよしとユイに泣きつくタクとそれをなだめるユイを横目に、有貴は思う。
 滅茶苦茶に疲れたし体は重いししかもビリだったせいで最悪。全くもって有り得ないプレゼントだ。有り得ない有り得ない。だけど……確かに、気持ちよかった。
「あ、そーだゆーき。俺プレゼント準備してないからさ、今日ファミレス行こうぜ。夕飯ぐらいは奢ってやるぞ」
「じゃあプラネットのケーキ食べ放題がいい」
「嘘!? あそこ三千円するじゃん!」
 慌てて財布の中身を確認するユイに笑いつつ、まだ重い体を起こし立ち上がった。
 夕日は全く見えない。お世辞にも綺麗とは言えない風景だ。誕生日にこんな微妙な景色を迎えるとは微妙過ぎる。微妙過ぎて有り得ない。そんな有り得ない誕生日に有り得ない仲間から有り得ないプレゼントを貰う自分ってどうなんだろう。誰よりも何よりも有り得ない。……でも、これはこれで、悪くはない。
「なあ」
 ユイとタクとトンビが、それぞれ有貴を見る。有り得ないが、悪くはない仲間だ。
「野球、やろうぜ」


 こいつらと過ごす時間は、有り得ないほど楽しいのだから。



end.



月別御題
六月「ありふれた日常」



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