アレが突然書斎に殴り込むようにやってきて、集中したいから誰も入れるなとほぼ強引に閉じこもって3日経つ。多分。
もとより正確な時間を計っているわけではないのだが確かそのくらいだったかなぁとか思うのだ。そうだ確かホワイトデーの前日にやってきたはずだから合っている筈だ。貴様はチョコレートをくれなかったからお返しは無いぞ言ったら、寝言は寝て言えと一蹴された記憶があった。

その態度があまりに可愛くなかったから結局そのまま放置だ。

その間の食事とか色々は知らない。正直今の今まで忘れていたあたり何もかも今更だ。
しかしなんだかやたらと機嫌が悪かったと今更になって思うのだが、もっともそれは必然だったということも今更ながら気付いた。

可愛い妃が城主、サタンの元に来て口を開いて、そこでようやく。

「サタン、シェゾ知らない?」
「いや?……どうした?ホワイトデーのお返しを貰いはぐったか」
「いやまぁ確かにそれもそうなんだけどね…」

困ったように笑った可愛い(サタン曰く)妃、アルルは言葉を切る。それから若干珍しげにサタンを見上げて首をかしげた。

「サタンこそ忘れたの?今日はシェゾの誕生日じゃないか」

何かとドンちゃん騒ぎ好きなサタンが見事に放置していることが珍しかったか、アルルはそう口を尖らせた。
そこまで言われてようやく、だった。サタンが色々を思い出したのは。

「……ああ、そうだったな」

呟くように答えたサタンが小さく小さく瞳を細めるのに、アルルは気付かなかった。






「アルルが来たぞ、この幸せ者」
「帰ってもらってくれ」

明かりも灯さないで書斎に篭っているシェゾの様子を3日ぶりに見に来たサタンが放った言葉は、やはり暖かみのかけらもない言葉で流された。
シェゾは落とした視線を本からあげることもせずに薄暗い部屋でただ静寂を作り出している。
何をそんなに真剣になって読むものがあるのだろうかとサタンが一歩、近づく。

「贅沢だな、アルルだぞ」

シェゾは動かない。

一瞬だけ、時間を確かめるかのように視線を窓の外に移した。書斎にこもったシェゾが時を数えるのは珍しいことだった。彼の集中力は常軌を逸しているところがあるので、一度本の世界に入ったら自分の気が済むか本が終わるかするまで時間を気にすることは無い。
つまりそれは、シェゾが本に集中していないことを示す行為。

現に、シェゾが手にしているのは特別珍しいわけでもない魔導書だった。
大体にして彼が本当に集中していたら言葉をかけて返事が返ってくることも無いし。

ならば何故、彼がここに3日も前から篭っているのか、時を確かめたことからも答えはいっそ明白だった。
彼は人を避けたまま今日と言う日が過ぎるのを待っているのだ。

「今日、」

サタンが言葉と共に距離を詰める。ピクリと、シェゾが反応を示した。
その反応に半ばの確信を抱いてサタンは言葉を選んだ、一瞬だけ。
言うか言うまいか一瞬だけ逡巡する。ここで今これを言ったら彼はどういう反応を示すだろうか。

「誕生日だったな、貴様の」

言えば、その言葉にはっきりと、顔を顰めた彼が今度こそ視線を上げてサタンを見る。
それを指摘されるのが嫌でサタンのところに逃げてきたのだ。

サタンなら自分の誕生日なんぞに興味はない、というか、放っておいてくれると思ったから。

だがアルルが来てしまった。
その結果がこれ。
ため息を押し殺したような声でシェゾが口を開く。

「貴様までそんなことを言うのか」
「アルルに、言われたのだよ、祝わないのかと」

正直私自身は貴様の誕生日などどうでもいいのだが。
そういうサタンをよそに、シェゾは本を閉じると同時に視線をもう一度下げた。

「誕生日、か、」
「祝って欲しいか?」
「別に」

誕生日だ、そうだ誕生日。自分でも正直忘れていたような行事だ。
というか、意図的に忘れていた。
サタンですらも忘れていたのは、その日が互いにとって大した意味を持たないからに他ならない。

意識したくはなかったのだ、歳をとるということ、それは否が応でも思い知らされる。
世界には時間が流れていること、人は成長し、老いるということ。

それが人間だ。それが生きるということだ。

誕生日で老いを実感することが嫌なのではない。
改めて言われることで、自分にはそれが無いことを意識させられるのが嫌なのだ。

そうだ自分には老いがない。
つまり流れるべき時間がない。
そういった時の流れは、既に無くした。

あるのは一日単位の単調な時間の繰り返しのみ。

だからこの日には意味がない。
そのシェゾの気持ちを唯一読み取ったのが、先天的に時間間隔のずれていたサタンだった。
気の遠くなるような時間を生きてきたサタンにとって時間の流れは既に大した意味は持たない。
だからサタンはシェゾの誕生日を、アルルに言われるまで意識しなかった。
日付としては、覚えては、いたのだけれど。

シェゾ自身が意識しないものだから。

「シェゾ?」

そこまで意識をめぐらせて、瞳を落としたまま沈黙を守っているシェゾにサタンが一言声をかけた。
そしてもう一歩距離を詰める。
シェゾは言われて視線をゆっくりとあげる。

「…なぁ」

暫くの沈黙のあと、広い部屋に響いたのは掠れた声だった。
サタンが薄暗い部屋でシェゾを見る。その表情は読めない。
シェゾは椅子から立ち上がり一歩サタンに近づいた。
彼の方から距離を詰めたのはずいぶんとめずらしいことだった。

シェゾは一瞬、迷ったように視線をめぐらせる。
やがてもう一度口を開いた。

「…俺は、まだ人間か?」

それは、自分に言い聞かせるような言い方だった。





「シェゾ、何を」

サタンはいっそ意外そうに、そう言ったシェゾを見下ろした。
まさかここまでシェゾが誕生日という言葉に反応を示すとは思わなかった。
もっと興味が無いかと思っていた。

これでは、まるで。

そう考えたらそもそも3日も前から人を避けている時点で気付いて然るべきだった。
意識しているからこそ避けるのだ。
今のシェゾは明らかに自分の誕生日を、畏怖していた。

「……馬鹿みたいだよな」

シェゾは自嘲気味に弱く口を開く。

そうだ、誕生日だ、今日は。
人間にとっては喜ぶべき行事である。

それでも自分には特別意味はない。
喜ぶべきことでもない。
自分には老いがないから。流れるべき時間がないから。



そう、人間なのに。
生きて、いるのに。




「こんなになっても、まだ自分が人間であることに未練があるなんて」

苦しむ必要なんて無いはずだ、意味なんてないはずだから。
なのになんでこんなに苦しいのかって。

言いながらシェゾは。
シェゾは泣きこそしなかったが、暗く落ちた影はたしかにシェゾの視界を遮った。シェゾは泣きこそしなかったが、その様子は泣いているかのようにも見えた。

その様子にサタンが小さく瞳を細める。

「…案ずるな」

サタンはただ、伸ばした手でシェゾの首に触れた。
ビクリと、身体を震わせたシェゾに小さく小さく瞳を細めて、微かに脅えた喉が確かに脈打つのに微笑んでやった。

「時間の流れに不安を抱ける貴様はちゃんと人間だよ」

そう、大丈夫、人間だ。
言えばシェゾがその青い瞳に意思を込めて、弱く息を、吐いて。

珍しく、サタンの胸に額を押し付けた。

「…誕生日なんていらないんだ」
「ああ、わかってるよ」
「ただ、俺は、」
「ああ、貴様は生きている、ちゃんと」

だから祝ってやろう。な。
お前がちゃんと生きている事実を。

「…ああ」




(過ぎ行く時間と同じだけ心臓が音を奏でればいい)


2008.03.16
Schezo's B.D.





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2008.3.16のシェゾ誕企画サイト様へ寄稿させていただきましたのを救済。

ルルサタシェアルとかにしようと思ってたのにサタシェにしかなりませんでし…t。
文章全くおめでたくないけれどシェゾへの愛はあります。

本当に素敵な企画、ありがとうございました!!




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