「アレイアード」 闇をくりぬいたかのような漆黒のドレスに身を包んだその姫は、眉1つ動かすことなく、ただじっと主人の隣に佇んで、納得がいかないと飛び掛ってきた相手に、一言そう言った。 その無慈悲な言葉が小さく紡がれたと同時にすさまじい勢いの闇が相手を包み、骨ひとつ残らず闇に消える。その後で静かに瞳を閉じたそれは、結局ほとんど口以外の場所を動かすことなくその場を沈黙させる。 一時の話に聞いていた、アルルとかいう齢16程度の人間の少女ではない。 だからといって珠に聞いたルルーという魔力すら持たない人間でも。 そもそも今までこんな存在が妃候補となっているなんて話を聞いたことは無いから、それが誰なのか誰にもわからなかった。 「悪いな、つき合わせて」 しかし親しいのは確かなようで、彼が次にかけた言葉は確かにそれに気を使う言葉。 それは何も言わなかったが、その視線には一切の油断がなかった。周りから向けられる視線を一瞬で流し、放たれた殺気にも動じない。さらには先ほど飛び掛った相手に一瞬で反応を示し消滅させたその技量。 その身には確かに下級魔族などでは到底及ばない程の闇色の魔力を内蔵し、それでいて見目も淫魔レベルに並ぶほどの容姿を湛えていた。 色素の薄い肌と、白銀の長い髪に碧い宝玉、変化に乏しい表情は人形の様だと、誰とも無く口にした。 そんな中、それの隣に立った魔王がはっきりと沈黙を破る。 「さて…これでもまだ異論が?」 言いながら回りを見渡す魔王に、異論を唱えられるものなど居なかった。 .黒の花嫁. 「感謝する」 「…こういうことならはじめから言え」 「何、似合っているぞ」 「死ぬか貴様」 堅苦しい会議を終えて、城に戻ったサタンが腕を伸ばした。 隣で不機嫌そうに顔を歪ませたまま椅子に腰を下ろしたシェゾは、その長い髪を無造作に扱ってサタンを睨む。 「…いやまぁ、悪かった」 その謝罪に鼻を鳴らして、シェゾは椅子に放られたままだった普段着慣れた黒のズボンに足を通す。そして代わりに脱ぎ捨てた漆黒のドレスを乱暴に床に放り投げた。 「礼は倍で返せよ」 言いながら後ろ髪を外せば、女装したそれから本来の格好に戻る。 何故今回シェゾが女装する羽目になったのか。 一言で言えば、魔界の権力闘争に巻き込まれたからだ。 否、巻き込まれた、は正確ではない。付き合わされたからだ。 何でも、いつまでも人間界をウロウロして遊びほうけている魔王様に、妃も決めずにぐうたらしているような奴に魔界の権力を任せていいのだろうかとかなんとかで、一部の上級魔族から軽い反乱じみた一種のリコールが行われたのだという。 サタンにとっては何が何でも買わないとならない喧嘩である。それを買わなければ魔界の秩序に大きな影響が出る。だから買うことはすぐに決めたのだがそれをどうやって収めるかで若干の問題が出た。 議題にされているのは「サタンの妃」についてらしい。妃を決めずにぐうたらしているというだけではない、その候補が「アルル」と「ルルー」であることに、魔界の何名かが異論を唱えているようなのだ。 潜在能力が高いとはいえたかが16歳の、まるで子どものような少女と、外見こそ妃にふさわしいといえる容姿を持ってはいるが、魔力の持たないこれもまたやはり唯の人間。 こんなのを妃に選ぼうなんて、サタンはどうかしていると。 これに関してはサタンも異論を唱えたいところなのだが、頭のかたい連中には何を言っても無駄だ。それよりはもっと手っ取り早く、相手が文句を言えないような状況を作ってしまった方が収めやすい。 要するに、文句のない妃を用意すればいいわけだ。 力主義の魔界の中で周りに劣らない能力の持ち主、ついでに容姿も端麗で、更にいうなら闇属性が好ましい。 魔族の好みは純粋な闇と落ち着いた空気に、明るすぎない性格だ。 だがあくまで「会議のためのでっち上げの妃」なので、あとで情報が漏れることのない様に、それなりに信頼のおける相手でないとならない。 そこで白羽の矢が立ったのがどういうわけか。 シェゾだったのだ。 考えてみれば容姿端麗で能力的にも問題は無い。属性も魔族寄りの純度の高い闇で、上流魔族には銀糸も多いから、言わなければ人間と分からない。 これほどの適任は居なかった。 そこでサタンは「礼を弾むから魔界のごたごたを収めるのを手伝ってくれ」という角度でシェゾを口説きにかかった。まさか「一日妃候補になってくれ」とは頼めないのでそこは伏せてである。逃げられないように騙し騙しで契約書も書かせた。 謝礼で釣ってOKサインを出させた後に細かい内容を説明して怒られながらも半強制的に女装の形にこぎつけたのである。 とにかくそういう経緯で、シェゾ、もといシェリーが、サタンの妃候補として今回の会議のメインの議題として出されたのである。 「魔王の妃」らしく、わざわざ黒のドレスまで調達した。 その甲斐もあってか、結果は目論見どおり、いきなり出てきたしかし魔王陛下の妃として文句のつけようがない存在に、相手側は反論の言葉を無くした。 途中どうしても納得がいかなかったらしく飛び掛ってきた相手は、可哀想に、それ以上に機嫌の悪かったシェゾが容赦なく殺しておいた。 その無慈悲さも幸いしてか、それ以上の異論はなく会議は終了したのである。 そして無事に元の城に帰ってきて今に至るのだ、が。 「…けど大丈夫なのか、こんなんで」 所詮はでっちあげだろ、とシェゾが疑問に思ったことを口にする。 今頃魔界ではあの、ぽっと出の妃が誰なのか躍起になって探っていることだろう。しかし実際はシェゾなのである、バレたらまた問題にならないのだろうか。 「なぁに、こんなんだから大丈夫なのさ」 するとサタンが楽しそうに笑いながら答えた。 結局のところあの妃の正体はシェゾなのだから、どんなに探してもシェリーなんて存在は何処にもいないのである。 裏を返せば、だからこそボロも出ない、そう踏んでのこと。 「せいぜい探しまわるがいいさ、存在しない花嫁を」 と、まるで遊びでもしているかのようにそう言ったサタンに、やっぱりコイツに魔界を任せていては危険なんじゃないだろうかとか、シェゾは一瞬だけ思った。 同時に、ひょっとして自分が引っ張り出されたのも、面白くなりそうだからとかそんな理由だったんじゃないだろうかとも。 それだったらやっぱりぶっ飛ばしておこうかとサタンを見たら、不意にその楽しげな視線がシェゾの不機嫌なそれと交わった。 やはり、自分は面白そうだから女装させられたのではないだろうかなんて思っていたら、サタンが、瞳を細めた。 シェゾは心の中で、構えた。 「しかし似合っていたな」 「……それで?」 「だから、どうしてもやばかったら本気で妃にしてしま、」 「アレイアード」 ‐‐‐‐‐‐‐‐ ← ‐‐‐‐‐‐‐‐ 黒ドレスのシェリーちゃんいいなぁというところから妄想が広がったので気がついたら出来上がっていましたという話。 しかしそろそろ本当にサタン様はシェゾを妃候補として扱ったりとかしないのだろうか。(しません) むしろどっかにシェリーが第一妃として魔族にちやほやされてるそんなアイドル扱いな話とかでもいいですから落ちてないですかね。 実際魔界とかあるのかとかそういうところはスルーです。 [管理] |