ありえない。
ありえないありえないありえないありえない。
何だコレは何だコレは。

嗚呼それとも、此れは夢?
……どれが、夢?

「あ、るる…?」

震える喉で、此処にいるはずがない彼女の名前を呼んだ。

.廃墟に会い、愛、哀.





「こんなところで何してるの、シェゾ」

言われて優しく微笑まれて眩暈がした。
彼女が一歩此方に踏み出す。その度に脳裏に知らない記憶が蘇る。

「お前…、こそ、なんで、」

こんなところに?
搾り出すようにそう言ったら彼女はきょとんと、可愛らしく首をかしげてからまた笑う。
知らないはずなのに見た記憶のある笑みだ。
眼が、逸らせない、足が、動かない。

「やだなぁ、迎えにきたんだよ、さ、帰ろう?」

彼女は何のためらいも無く此方に歩み寄る。
柔らかく腰に回された腕。彼女の髪からは甘い香りがした。
ふわりと鼻にかかる髪に手を伸ばす。
無意識に、抱きしめた。その肩に泣きたくなったのは何故か分からない。

「ね、思い出して、あの頃」

 あ の 頃 。

少女がポツリと囁けば脳裏に浮かぶ、そう、【あの頃】の記憶。
あるはずの無い、だけど脳裏にしっかりと浮かぶ記憶。彼女と自分とがまだ何も知らないで笑い合っていたあの頃。

彼女と自分がはっきりと敵同士ではなく、ただ無邪気に微笑みあっていた記憶。
いつもぼんやりしていて危なっかしい彼女の頭を撫でてやれば彼女は照れたように笑う。
自分はそれに、やはり、笑うのだ。
そんな暖かくて幸せだった【あの頃】だ。

『帰ろう?ぼく達の家に』

耳元で言われてもう一度、彼女の小さな肩を抱きしめた。
そう、帰ろう、幸せだったあの頃に、可愛い彼女と共に。
そう言われて、もう一度だけ、彼女を強く抱きしめた。

そうだ、帰らなければ、帰ろう。
帰らなければいけないんだ。
彼女と共に。

「 愛しの アルル 」

愛している、彼女を。
だから、一緒に、と。
シェゾは瞳を閉じる。そうして緩やかに微笑んで、自分の腕に顔を埋めたアルルの髪をひとつ、掬って。






そして優しく、アルルに剣を突きたてた。








「シェゾ…なん、で」
「……舐めんな」

アルルと共に笑い合った記憶。

そんな経験、シェゾには無かった。
アルルと幸せに笑いあった記憶なんてあるはずが無かった。
彼女と自分は出会った瞬間から敵同士だった、彼女は自分の獲物であって、興味があるのは魔力であって、彼女の優しい微笑みも、髪に残る甘い香りも、抱きしめれば小さくて柔らかい肩も、そのどれにも経験なんて無い。

そんな、しあわせなんて。
自分とは無縁の話。

大方このアルルは先にある魔導具の守護者か何かだろう。
そもそもシェゾはこの遺跡まで魔導具を目当てに来ていたのだ。ここに来るまでの手間を説明はしないが、来るまでに相当の苦労をしたのだ。
アルルがこんなところにいる筈はない。

危うく敵の術中に嵌るところだった。

「…よく、わかったね、幻影だって」



アルルの姿をしたそれは、腹に剣を刺したまま口から大量の紅を吐き出した。
アルルの顔のまま血の色を纏われるのには抵抗があったが、それでも先ほどまでのように柔らかく抱きしめられるよりはよほどマシだと言える。

「そんな幸せな記憶、生憎俺にはないんでね」
「幸せにはなりたくないの?」
「そんな資格、」

そこまで言って『アルル』の腹から剣を引き抜く。

幻影で訪問者を惑わせるのは守護魔導として常套の手段だ。
ありもしない幸せな記憶でも、術中に嵌れば現実に思えてくる。

夢魔の好む方法だが、シェゾはその手の類の魔導は大嫌いだった。

幸せになるなんてとうの昔に諦めたから。



「かなしい、ね」
「言ってろ」
「嘘でもボクと一緒にいてよ、シェゾ」
「いい加減にしろ、魔導具はもらうぞ」
「仕方ないね、ボクを倒したんだから」

君にはその資格があるよ。

彼女は最後にそう微笑んで砂のように消えた。
シェゾはその姿に手を伸ばすことなく静かに眼を閉じる。
消えるアルルの姿をなぞるなんてごめんだった。




(嗚呼だけど、幻でも、抱きしめたアルルの肩は、確かに暖かかったなんて)




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という夢をみました(……)
精神攻撃系って切ないですよねーとかそういう話です。シェアルって切ないですよねーとかそういう。


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