.白葡萄の君.





「看板娘?」

ラグナスが旅の途中の町の酒場、たまたま相席したオヤジに聞いた話だった。
この酒場、なんでも出来たのは最近らしい。何処かの金持ちが道楽で(何の道楽かは分からないが、金持ちの考えることなど到底理解不能だ)建てたという酒場。の割りには小綺麗でさっぱりしている。

「なんだ兄ちゃん、噂を聞いて来たんじゃねぇのか」
「生憎ここには来たばかりでね、良ければ教えて貰えないか?」

別に看板娘のことはどうでも良かった。ただ、打ち解けるにはその話題で切り出すのが手っ取り早いと思っただけだ。
ラグナスは言葉通りこの街に来たばかりで、それこそこれから酒場で情報収集をしようと思っていたのだ。そのための一貫として聞いたに過ぎないが、これも大事なコミュニケーションのひとつ。

「偶々なら運がいいな」

そう、下品な笑いをあげるオヤジに苦笑して話の先を促す。ラグナスが好む話ではなかったが、酒場で看板娘と言ったら大抵こういう雰囲気になるものだから、合わせるのが賢明だと自分に言い聞かせる。

「長身の美人でよ、人見知りが激しいっちゅうか恥ずかしがりなのかいつも伏し目がちなんだが、そこがまたイイんだよなー。」
「長身?」
「180はあるんじゃねぇか?モデルみたいで美人なのに本人はコンプレックスみたいだな」

スラッとしたいい身体してんのに露出がねえんだよ、と、もう一度卑下た笑いをする相手に合わせて笑う。まぁ、人見知りが激しかったらなおさらこういう場所で露出は出来ないだろうなとラグナスはひとりごちた。

「でだ、最近入った彼女、実は来ない日の方が多いんだ」
「へぇ?」

毎日来ているわけでなく看板娘とは、どれだけの美人かと冷静に思いながらラグナスはグラスを傾ける。だから先ほど彼は自分に運がいいと言ったのか。ラグナスはせっかくだから彼女を見てみたいという好奇心を持ちはじめた。

続きを聞けば、何でも話に寄れば、店のオーナーが来る時にしか彼女も出て来ないらしい。

「それは…オーナーの気に入りとかそういうやつか?」
「さてね、病弱って説もある、肌も妙に白いしな」
「病弱?」
「ああ、彼女なんだが、余り出勤が無い上に、カウンターには出てこない」
「どうして?」
「口がきけないんだと。だから彼女はいつも皿洗い」

なるほど。
とラグナスはそこで一息ついてつまみに手を伸ばす。

美人、恥じらい、病弱。それは一種の男の理想だ。更にはオーナーのお付きで人前に余り姿を出さないとなると、その存在は正に高値の花だろう。

人気も頷けると言うものだ。

「白い肌に、蒼い瞳、プラチナシルバーの長い髪に淡い色のドレス。酒場にあやかってか白葡萄の君って呼ばれるくらいよ」
「白葡萄の君、ね」

白ワインとはまた洒落た名前を。そう思ったラグナスの耳に、カウンターの奥からパリンと、何か固い物が割れる様な音が聞こえた。
そして同時に、店内が一瞬静寂に包まれ、直ぐにドッと沸き出す。

「何だ?」
「あの白葡萄が皿を割ったんだよ」

不意に空気の変わった店内にラグナスが疑問を投げると、向かいの男が身を乗り出しながら答えた。
皿洗いの彼女は、不器用なのかドジなのかは知らないが、よく皿を割るらしい。余りに割るものだから、オーナーが、彼女が皿を割る度にペナルティとしてカウンターにひっぱりだして説教だの客の接待だのをやらせる様になったらしい。
なるほど、皿洗いの筈の彼女が有名なのはこの余興というやつに因るものだ。

……見せ物、か。

その事実に気分がとたん悪くなったラグナスが、席を立とうかとグラスをテーブルに置いたとき、カウンター奥のドアが開いた。

「ハァーッハッハッハッハッ」

そして、馬鹿みたいな高笑いと共に出てきたのは、翡翠の髪を華麗に流し、何故か変な仮面をつけた、彼(おそらくコレがオーナーだ)。そしてその手を強く引かれて羞恥に頬を染め瞳を濡らして彼を見上げているのが。

“白葡萄酒”の君、シェリーだった。



その時になってようやく、ラグナスはこの店のオーナーが、『マスクなんとか』とかいうふざけた名前だったのを思い出した。



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全萌力を上げての皿洗いのシェリーちゃんを妄想してみた。
決して口がきけないのではなくて本人が喋らないだけです。要するにサタン様の悪戯で嫌がらせですという話。

シェリー萌えーとかぬかしてみる。
気が向いたら続き書きますとか言ってみる。



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