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はあ。私はもう何度数えたかもわからない溜息をついた。隣でジンを煽っていたサッチが、もうどうしたらいいかわからない、とでも言いたげに肩を軽く竦めると、まあ、呑めよと私にもジンを勧めてきた。私はジンが特別好きだというわけでもなく、かといって呑めないほど嫌いなわけでもなく、大人しくサッチに従った。
ああ、わかってるよ、サッチ、でも今日は、今日だけは呑まれないとやっていけないの。

「がっかりする気持ちもわかるぜ、なあ、俺にしとけよ」

「…エースのばか」

励ますつもりで来てくれたのだろう、エースがとろんとした瞳で私を映す。だめだ、こんなに惨めに突き落とされた自分が、また元通りになった姿が想像出来ない。

「…まあ、嵐が来てあっという間に持ってかれた感じだよなあ」

だめ、サッチ、もうこれ以上言わないで。

エースが持ってきたコップに入ったバランタインをぐっと呑み干すと、だんだん意識が遠くなっていくのが分かる。ああ、それでいい、このまま朝までと言わず、ずっと眠り姫みたい に眠りつづけられればいいのに。


意識が遠くなるなかで最後に瞳に映ったのは、一緒に呑んでいるクルーに話をしながら、いままで見たことがないくらいに柔らかく優しく笑うマルコの姿。

その海で生きてきたには華奢できれいな手に光る、左指の銀色の指環。

ああ、自分がつくづく嫌になる。最後にやっぱり記憶に残そうと焼き付ける自分の本心が。王子をいくら待って眠りつづけても、童話と現実は残酷なほどに違うのに。



サッチが言うように、嵐が予兆もなく通り過ぎて何が起こったのか分からないまま私の頭脳は認識を諦めた。

その日はみんなで上陸した島のとあるバーに来ていた。少しだけ高級そうで、少しだけお洒落そうだったから、私も少しだけお洒落していった。髪は胸につくくらいの緩く大振りに巻いたウェーブ。黒いスリーブのない形のよいドレス。耳にはシンプルだけど、確かにそこに存在することを主張するダイヤモンドの縦長のピアス。ナースのみんなに手伝って貰って選んで、メイクも映える暖色を選んだ。

いつもと違う自分が現れるにつれて、くすぐったくって恥ずかしかった。みんなは綺麗よ、と口々に言ってくれたけど、私はただ恥ずかしい気持ちでいっぱ いだった。いつもと違うことをからかわれたらどうしよう。

それでも綺麗だな、と褒めてもらいたい本心が勝って、ナースのみんなの褒め言葉をお守りがわりに、みんなのもとに向かった。

みんなもそれなりに用意しなければと思ったのか、いつもと違って照れくささを隠しきれないようだった。
思えばこれは、私がこの船に乗って3年が経ったお祝いに、冗談で始まった企画だったのだけども。

エースはいつもの橙色のテンガロンを外して、かわりに黒のハットを被り、照れくさそうにそれを押さえている。上着には黒いテーラードを羽織っていた。下は黒い生地のいい六分丈のズボンに黒いブーツだったけど、一色に統一したことで胸元の紅い薔薇がかえって映えている。

サッチはいつも整えている金髪のリーゼントはそのままに、濃い灰色のスーツに、白地に群青色のストライプシャツ。よく似合ってる。彼も下は七分丈より少し長くて、返ってそちらのほうがバランスがいい。


そして奥で煙草を燻らせてこちらを振り返ったのは、エースと同じように漆黒のテーラードを羽織るマルコ。胸元を大胆にあけたシャツは純白。胸元から鍛えているのが分かる。色気とはこれをいうのだろうか。下はい つもと同じ丈のくるぶしより上の黒ズボンに、いつもの黒いお洒落サンダル。
外見をこういうのは野暮なのだろうが、やっぱり格好いい。



「…綺麗だな」

欲しかった言葉を最初に口にしたのはエース。心なしか頬が染まっている気がしたけれど、それ以上に太陽のように笑うので私も自然に笑みが浮かぶ。

「おうおう、馬子にも衣装とはこの事だな」

サッチが憎まれ口を叩く。でも、これも彼なりに褒めてくれてるのが分かるから、嫌な気分はしなかった。

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