夢一夜
怖い夢を見たんだ。
『夢一夜』
真夜中、目が覚める。
すぐ隣にある規則正しい寝息を確認して、少しだけ安心する。
そうだ、今は。ひとりじゃ、ないんだ。
言い聞かせる様にかたく瞳を閉じれば、また果てのない闇が広がった。
目覚めたらひとり。
隣にいるはずの君を捜す。温もりは確かに覚えているのに、君がいない。居ないんだ。
どうしよう。伸ばした両腕は空を抱く。
涙が、零れた。
−ところで『君』は誰だっけ?
思い出したい、思い出せない。君のことさえ忘れそうな、深い闇に沈む。声を上げて、叫ぶ。
あぁ、まただ。これで何度目だろう。それにしてもひどい夢だ。
いよいよ本当に怖くなって、規則正しい音色を刻む君の心臓に、耳を押し当てた。
生きていることを確かめたかった。
伝わるリズムと体温で、一人じゃないことを知った。
「−みはし?」
「ご、ごめ…起こした?」
頭上に響く声に、しまったと思う。眠りを妨げるつもりなんか、これっぽっちもなかったのに。
あたふたとする三橋の髪を左手で梳きながら、阿部は穏やかに問う。
「どーした?」
「ごめ…あの…眠れなく、て」
「そか。怖い夢でも見たの?」
こくり。頷いた三橋の目尻に溜まりはじめた涙を親指でぬぐって、阿部は大きな欠伸を一つ。
こんな時間に起こして、本当にごめん。
だけど、
「…よかっ、た」
「ん?」
「あべくんが、いて、よかった」
「何だそりゃ」
「…んでも、ない、よ」
「まぁいいけど。眠くなるまでこうしててやるよ」
抱きしめる腕は、いつだって力強い。
冷え切った空気を拒む様に体を寄せ合って、体温を半分こにした。
「…それでもまだ寝られないんなら」
不意に、無防備な肌を撫でる指。
ぞくり、粟立つ感覚。
「いっそ、寝かせねぇよ。なぁ」
暗闇の中、鋭い眼光に体中の血が騒ぎ出す。
「…あべくっ」
「みはし」
繋いだ指、重なる唇、吐息。
腕の中、すっかり漆黒に馴れた濡れた瞳で、その姿を確かめる。
その確かなあたたかさを知ってしまったから、もう手放せない。もう、離れられない。
今年も、これからだって、ずっと一緒だよ、ねぇ。
瞳を閉じれば、また、暗闇が広がるけれど
もう、怖くはなかった。
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