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― 自分の足許には一寸の光もないと知った
濡れた双眸には混沌しか映らなかった ―






ヴァンピール。人の生を食らい、己の生を繋ぐ者。
その寿命は人間と比べれば目眩がする程に長い。
幾百幾千の歴史を跨ぐ由緒正しき血族よの、と 少年の父は何時もそう言って嗤っていた。


長い刻の中、ヴァンピールの中には人間を食べ物ではなく「そういう対象」と見てしまう者も少なからずいた。
そうして生まれたハーフヴァンピールは、純血の同族からも、人間からも厭われたと云う。

小さい頃、少年の友人の中にも幾人か、ハーフヴァンピールと呼ばれる者がいた。
然し皆ある時を境に姿を消してしまった。その時々に言い表せぬ悲しみと怒りに触れた。さよならのひとつでもくれればいいのに、と。



幾十年か歳月を重ね、少年は気付く。


( 彼らを消したのは 我が父である )



けれど、その頃にはもう幼かった頃に共に過ごした彼らとの日々もすっかりと風化していた。
父に確かな嫌悪感を抱きはしたが、不思議と哀しくはなかった。
哀しくなれないことが 哀しかった。







― 何かを食らって呼吸をする
これは仕方のない事なのだ  仕方のない事なのだ、と思う ―






ヴァンピール達に皇帝と慕われる父の子で在りながらも、少年は上ふたりの兄ほど出来が良くなかった。
少年にとって幼少時代は劣等感でしかなかった其れも、「ある儀式」の存在を知ってからというもの残念だ、というより寧ろ嬉しいものに変わった。


( この体に流れる血のお蔭で、一生気侭に過ごしてゆける。陰口など元より気にならぬ性格で、本当に得をした )


少年は人間に直接噛みついて血を食らうのをあまり良しとしなかった。自身の美徳にそぐわぬと、父より与えられた配下を使っては彼らに用意させた。
貴族の中には彼のような者も割にいるようだが、其れこそ上下関係のきっちりとしたヴァンピール、下民に位置する者は自ら人間を「狩り」に出かける他なかったらしい。
上手に食らうことが出来ず、長い筈のその命を絶やす者もいた。





しかし、
ある日少年の世界は一転する。




暗転、で或る。



― 嗚呼、このような地位など求めていなかった。
影よどうか、どうか僕を飲み込まないで   おねがい ―







一皇帝の治世は千年まで。これが古くからの仕来りである。
少年の父にも廃皇の日が近付いていた。



『皇帝の座は、血と先祖が定める者』



まず、血。
現皇帝には少年を含めて三人の息子がいた。
次の皇帝はこの中より選定される。



次いで、先祖の啓示。
これは「ある儀式」を必要とする。




彼らの住まう城の最上階にある開かずの間。其れが、千年に一度だけ 錠もなく開くのだ。
真っ暗な部屋の中央の台座に在るアンティークのような古びた箱。
此れが、皇帝を選ぶ。





箱の前に三人が並ぶ。
父がゆうくりとその箱に手をかけて 開かれたその箱の中身を少年は見た。


( なんと、おぞましい )





それは「影」だった。
箱の中で有する現物を持たぬのに、ただ己だけで蠢く「影」。



顔も 手足も 声もない。実体らしき実体が「影」には無かった。
けれど確かに
少年は確かに「それ」と 目が合った気がしたのだ。



箱から伸びた影は迷わず少年に向かい、そして彼の左胸を突き刺し 通り過ぎた。



皮膚が溶けてしまうのではないかと思う程の熱く苦い痛み。

少年の左胸から肩にかけて、蔓を辿る黒薔薇の烙印が残った。




新皇帝の誕生 で ある。







― どうしてかな、元々闇に生きていた筈なのに
どうしてだろう 左胸の痛み 闇 に 蝕まれている気がして 為らぬ ―






少年の父は、彼が皇位に着く時期に合わせて城を「ある街」に移した。
人間嫌いの筈の父が何故このような場所に居を移したのか、訳が解らぬ。我に弱者の血を根絶やしにしろとでも云うか。



しかし
眼下は安穏とした温い闇が蔓延り城を覆っていたが それでも遠く、少年の部屋の窓から見る同じ色をした空と海は、美しい。




その時少年は少しだけ 本当に少しだけ、父に感謝したのだった。









― 此れから千年、僕は此処に在り続ける。
此れから千年先も、あの青は変わらず窓の向こうに居てくれるだろうか ―

















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