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― 人の世ほど儚く
命短きものはないのかも知れぬ ―





遥か彼方の日、世界には『神』がいた。



神はその手で国を作り、町を描き、人を抱く。


聖都市「アルカディア」、此処もまた神によって創造された世界。

街には緑が溢れ、太陽の光はまるでこの都市の為にのみ存在するような暖かさだった。
夜になれば丸い月が昇り、時折降る恵みの雨は大地を叩いた。
空からは神に見守られ、地では天の声を聴く聖女によって守られる。
人々は互いを慈しみ合い、幾多の出会いを重ね、創世より長くその血を繋げてゆく。


アルカディア
神に愛されるべくして誕生した都市


の、筈だった。





世界の軋む音に ただ一人神の言葉を知る聖女ですら、気が付けなかった。





― いつから消えてしまったの
我を、彼らを、見捨ててしまわれたというの 主よ ―






創られた世界に皹が入るのは、それほど時間のかかる物ではない。


まず、隣国との戦争が起こった。
聖女は軍を率いて応戦し領土を奪われることは無かったが、其れでも多くの命が奪われた。
戦争等無縁の民で、この地を守れたことの方が奇跡だったのかも知れぬ。

次に、不作が続いた。
自然の恵みを糧に生きてきた人々は生活に困り、窃盗等小さな犯罪が起きるようになった。

人々の生活がままならなくなってゆく。その頃「闇市」と呼ばれる道理を失った市場が誕生した。
人々の心は荒んでゆく。職を持たぬ浮浪者が増え、大きな過ちを犯す者も増えた。



戦争で大切なものを奪われた人は、普通の日常を失った人は、其れに煽られた人は
口々に聖女を罵った。



「神の声を聴くはずのあなたが」

「わたしたちに光の道を示すはずのあなたが」

「神がお怒りになられたのは、あなたの手が血に染まった所為」

「神のいなくなった今、あなたの聖女の、聖女たる所以は?」




― 世界が変わってゆく 民が変わってゆく
主よ あなたの愛していたこの世を、それでも我は未だ愛している ―






神が消えた理由は、誰にも解らない。
民の言うように、仕方なくとはいえ招いた何時かの戦争がその怒りに触れてしまったのかも知れぬ。
永劫の命とされたその魂が、もしかしたら力尽きてしまったのかも知れぬ。



ただ、ただ、聖女は祈りを捧げた。
自分の声を、心を、神に伝える為に。





― 主よ、お許し下さい。我はもう貴方の帰りを待つ事は出来ぬ。
貴方がいないこの瞬間も、時は巡る。民は笑い、怒り、泣いている。
唯々、祈りを捧げているだけでは守れぬ物もあるのかも知れない。
刻を見誤るな  立ち上がるなら   今だ ―





一日、二日、三日、と聖女の祈りの儀式は続く。
しかし一向に神は帰らぬ。



( あの娘は聖女ではない、紛い物だ、何か力があるとすれば其れは邪に違いない、魔女だ、あの女は魔女なのだ )



人々の不満は増し、比例して聖女への不信感も増してゆく。
その頃、神がいなくなった後でも美しく花開き、まるでこの世界を見守る為に存在するような丘に


異変が起こった。






まるで焼け野が原のように緑は消えうせた。
次に禍々しいくすんだ色をした木々が、数日も経たずして深い森を作り上げた。



そしてその森の奥底には

聖女の住まう宮殿と同じ造型をしていながらも その色は漆黒


「遥夜城」


人の形をしながらも人ならぬ者「ヴァンピール」の到来であった。
彼らは人の血を好み、街の隅ではまるでミイラのように、中身が空に成る程までに枯れ果てた死体が転がった。





民は恐怖に慄き、今は無き神に助けを乞うた。
聖女が祈りを止めたのは 丁度、その頃である。





聖女は柔らかなその手に、剣を取った。
主の無き今、尊きこの世界を守る為の武器を。

何時かのように、彼女は兵を募った。





『眠れる羊よ、今獅子と成れ。
愛する者を、大切な者を、守る術が欲しい者は我の元へ来い。
金が欲しい者でも、職が必要な者でも構いはせぬ。食うに困らぬ物を、住むに困らぬ土地を、働きに応じて立派な名誉を与えようぞ。

ただひとつ、命が惜しい者だけは来るな。
そうして誓え。命を尽くしてこの世に蔓延る闇と戦うと。…願わくばまたその姿で、我が配下へ戻ってくると。』






― 我は孤独の身だと そう思っていた。
けれど今は皆を信じるしかないのかも知れぬ。

御前達を守る為 我はたおやかに傷つこう ―










あきゅろす。
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