それは喜ぶべきことなんだ。 それは微笑むべきことなんだ。 .時を架ける. 「馬鹿にしてんだろ」 「してないよ」 じとり、視線を投げてきたシェゾの蒼い水晶を何とか受け流してアルルは首を振った。 彼女はもう大分慣れたから影響はないが、彼という人は(自覚はなくとも)視線だけで他人の思考と動きを奪うような夢魔紛いのことを素でしてのけられる人物だ。 それだけ綺麗な目の前のその人にアルルはしばし感心して視線を逸らす。 いまでこそ彼は変態扱いで、それこそ敬老の日に祝ってしまうようなそんな冗談を投げているような相手だが、時が時、世が世ならそれこそその視線は人に恐れられているものだった筈なのだ。 その美貌は他人に羨まれてやまないものの筈なのだ。 そう考えると彼はとことん運がない人である。 持って産まれたものは確かなものの筈なのに、人生を偉い勢いで踏み外しそれでもなお道が反れて既に形容し難い位置を歩いている。 大体変態扱いの闇の魔導師なんてなりたくてもなれるものではない。 なりたくなぞないが。 とは言え。 アルルは隣で未だ不満気に眉をしかめる彼を見上げて小さく吐息と共に微笑みを落とした。 シェゾがそれに反応したように視線を落としてくるから、アルルはもう一度視線を合わせた。 「なら言わせてもらうがアルル」 「ん?」 「敬う気が少しでもあるなら当然願いくらい聞いてくれるんだよな?」 敬老の日に祝われることに抵抗を見せた彼がそう結論を出してこちらを睨んでくる。アルルはなるほど、思ったけれど慌てず騒がず微笑んだ。 「……何?」 大体の予想はついたが一応聞いてやる。 すると彼の形の良い唇が見慣れた形に動いた。 「おまえがほ」 「断りますこの変態」 9割以上想像通りに開いた口の言葉を最後まで言わせず、途中でサラリと切り返してアルルはスキップでもするかのように走り出した。 「てめ、やっぱり馬鹿にしてんじゃねぇか!」 「してないよー」 背後から投げられた言葉に振り返って舌を出して、笑った。からり晴れた空に響く笑い声。 あまりに笑っているものだから、途中でシェゾが身体の向きを変えそうになった。 あわててアルルが、シェゾがその場から消えない様にと繕う。 「ごめんごめん、でも、本当に馬鹿にはしてないよ」 「…そのにやけきった顔で言うな」 「だって、嬉しいんだよ、ボクは」 君が生きていてくれて。 ぽつりと、不意にアルルの言った言葉の重さに時間が止まった。 シェゾがゆっくりと視線を落としてくる。 アルルは小さく、小さく笑った。 そして静かに右手をシェゾに向かって伸ばす。 時が時、世が世ならそれこそ彼は闇の魔導師として恐怖の対象だったはずで、アルルとこんな会話を繰り広げることなんてなかったはずで。 さらに彼が道を踏み外さなかったなら。 「ありがとう、生きていてくれて」 ふたりは出会ってすらいなかったのだから。 「ボクたちが出逢えるこの時代まで」 (時を跨いで生きる貴方に、祝福あれ!!) −−−−−−−− .BACK. −−−−−−−− 敬老の日に180歳さまもお祝いしましょうと思い立った日の産物。 [管理] |