貴方のためのクロッカス、ひとつ手折ってあげましょう。 貴方のためのこの命、ひとつ咲かせて見せましょう。 .貴方のための. 「おめでとうございます、サタン様」 白い薔薇の花が咲き誇るような満面の笑顔を浮かべたルルーがそう言ってこちらに一礼してきた。 言っていることはそう、確かに此方を祝福する言葉であり、彼女の態度もいつもとなんら変わりない、自分を讃えるそれなのだが、なのだがしかし。 「……本当に、めでたいか?ルルー」 「ええ、それはもちろん」 眉間に手をあてたサタンが喉から絞るようにそう言ったら、ルルーは鈴を鳴らしたように相槌を打つ。 彼女に悪気は無いのだろう、だがしかし。 「…そうか」 サタンは嘆息と共に視線を遠くに向けた。 今日は敬老の日だと、先ほどアルルから祝いの言葉をもらったばかりなのだが、しかして、それはすなわちサタンを『老人』とみなしているということになる。 確かに実年齢で言えば自分は人間の寿命のはるか先を生きてはいるのだが、いくらなんでもその扱いはどうかと思う。 アルルは冗談のつもりだったのかもしれないが、ルルーまでこれとはどういうことだ。 そんなサタンの頭痛の原因はいざ知らず、ルルーは何故か大層嬉しそうにこちらに微笑んでいる。 悪意が無いので邪険にも出来ず、(例えばこれがあの変態魔導師の言葉だったら問答無用でサタンクロスなのだが)誘われるままにお茶の席についていたりするのだ、が。 出された紅茶に口をつけたら、向かいでカチャンと小さく鳴った。見ればルルーがその綺麗な長い指で優雅にカップをソーサーに置いている。 「してルルー、今日は何の日で、めでたいか知っているのか?」 試しに視線と共に言葉を流してみたら、ルルーは頬を染めてきょとんとした表情を浮かべた。それからゆるり微笑んで、言葉を選んだか少しだけ間をあけると、確かにこう呟いた。 「…己より年長者を敬う日でしょう?」 そしてカップから紅茶を一口。 ……………微妙にずれている。 間違ってこそいないものの微妙にずれたその解釈にサタンは視線を紅茶に落とした。 結局彼女は理解しているのかいないのか。 「いい機会です」 すると彼女は胸を張って、悪戯っぽく瞳を細めた。 「たまにはアルルだってあの変態だってサタン様を敬うべきですもの」 こういう日があってしかるべきですと確かに呟いた彼女はやはり、今日がなんの日かは理解していそうだった。 ただ使用法が少し違うだけだ。 要するに誰かを称える日があって、それにサタンが該当するなら乗っかってしまおうと、そういうことなのだろう。 彼女はすまいを正し、珍しく歳相応の可愛らしい仕草で首をかしげてみせた。 「わたくしはサタン様に比べたら露ほどの時しか生きていませんけれど」 「……ルルー」 「それでもわたくしの人生の半数以上の時を、貴方を想うことに使っておりますもの」 そうして笑った彼女があんまりに綺麗だったから、今日という日に祝われるのも悪くはないかと思えた。 (世界中の人よ、彼を畏れ敬いなさい) ‐‐‐‐‐‐‐‐ .BACK. ‐‐‐‐‐‐‐‐ 敬老の日でサタン様をお祝いしようと思い立ったときにかきあげたサタルル小説であります。 [管理] |