(君に届いて欲しい願いはただひとつで)



「   」

緩く笑って紙に書いた言葉を反芻する少女が願ったことは些細なことだった、些細すぎた。だからだけど同時に、なんて途方もない願いなんだ、とも、思った。これだからこの子は。

「そう言う君はどうしたの」

言われて顔を空に。星の河がきらきらと此方を見下ろしている。変わることのないのは星空すら同じだ。

「そんなのサタン様の妃に決まってるじゃない」
「あはは、そっか」
「当然よ」

…………嘘を、ついた。

本当は紙にはそんなこと書いていない。確かに自分の願いなんていつだってその唯ひとつで、忘れたことなんてない。
それでもこれは紙に書いて空に流すような物ではないのだ。そんなことで叶う願いならとっくに。

ぱち。
やや離れた場所で煙をあげる、沢山の願いを背負った笹が音をたてた。幼い学生達が各々、自分の夢を空に託すことは素敵なことだとは思う。一種の願掛けだ。

ただルルーは、望みを紙に書いて神に懸けたくは無かったのだ。願いを書いた紙が目の前で焼かれ消えていく様を見たくはなかったのだ。

結局ルルーは自分の書いた願いを忘れた。何を書いただろうか。
無難に、無病息災とかだった気がする。

アルルもこの行事の本質を分かっているのだろうか。彼女の夢は一人前の魔導師になることの筈だったが、先程聞いたそれは異なる内容だった。

彼女のそれは些細なことだった。だけど同時に、途方もないことのように思えた。

「……届くのかな、神様に」
「さぁね」
「叶うといいね」
「……叶えるのよ」
「……………うん」

空に昇る煙を見上げながら、少女たちは呟いた。





『この幸せが、ずっと続きますように』




ぱちん。

笹が、独特の音を立てた。
煙になって燃え上がるのは願いの木。

「面白い風習だとおもわんか?」
「知らん」

夜の闇の中、少し離れた丘の上で、その様子を遠巻きに見ていた魔王は、同じように近くに座っている闇の魔導師を見下ろして囁いた。
問われた本人は興味のなさそうな口調で、じっと空に上る煙を見つめている。

「夢が無いな、嘆かわしい」

魔王様は大仰な仕草でそう言ってのけると、額に当てた手の間から、闇の魔導師を見下ろして、くつりと、口の端を吊り上げた。

何も知らない子供のような、全てを悟った大人のような、笑い。悪戯心に溢れる、それでいて退屈そうなそんななんとも言えない表情を浮かべる魔王に、闇の魔導師は一瞬だけ、視線を捕られた。

彼が時たま浮かべるこの微笑に一体どんな意味があるのかなんて知らない。知りたくも無い。
ただ、底が知れないと、思い知らされるだけだ。

「シェゾ」

そうして口の端を吊り上げた魔王は、ポツリと彼の名を呼んで。

「試しに私が願いをひとつ、なんでも叶えてやると言ったら?」

冗談まじりにそう、甘い声で囁かれる。
シェゾはじっとその魔王の瞳を覗き込んだ。
深紅と蒼碧が交じり合う一瞬、燃える笹が風に揺られた。

「…はっ、冗談」
「ではなく、だ」
「……残念だが、俺が欲しいのはアルルなんだが」

からかうようにそういって深紅を見上げた。
いつものやりとりだ。シェゾが言った言葉に返ってくるのはいつもの魔王様の文句。
いつもなら。

「それが、お前の願いなら」

ぞわり。

しかし、帰ってきた返答に、言い様の無い感覚がシェゾの背中を這い上がった。
いつもなら、ここで彼は『我が妃はやらん』とか何とか言ってこの話はそのまま流れる、筈だ。

そう、それがいつものことで当たり前のことで当然のことで必然で完全で絶対で運命だ。
そう、そんな何気ないやり取りこそ、が。

「サタ、ン」

魔王、サタンは表情を消して、ゆっくりと。
乾いた喉を振るわせたシェゾから、自分達より少し離れた場所で笹を見つめる少女達に、視線を、

「サタン!」

心なしか語気の強くなったシェゾの呼びかけにもう一度深紅が振り返る。
シェゾは思わず伸ばしかけた手で地面を掻く。無意識に握り締めたそれは、かすかに震えていた。

それに気づかない振りをして、シェゾはサタンの眼を睨むように見つめると、小さく、息を、吸った。

「生憎、他力本願は嫌いなんでね」

そして挑戦的にそう言えば、サタンは、いつものように、小さく鼻を鳴らして、今度は人を小馬鹿にしたように微笑んだ。

「努力嫌いが何を言う」

ぱちん。
もうほとんど空に願いを運んだ笹が音を立てるのと同時に、いつの間にか張り詰めていた空気が、弾ける様に弛緩した。





そしていつものように、離れた場所に居た二人の少女が此方に手を振って歩いてくる。笑顔を振りまくアルルも、サタンの姿に顔を赤らめるルルーも、何も変わらないそんないつもの様子。
しかしそれを眩しそうに、瞳を細めて見送ったシェゾを見下ろして。

サタンは静かに瞳を閉じた。




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メモログ救済計画今更七夕編。
日記のルルアルに後半部分をプラス。
そうしたらサタシェと見せかけて根底はシェアルとみせかけてやっぱりサタシェじゃねとかいうわけのわからないものになりましたとさ。

サタン様はみんなに幸せになって欲しい博愛主義者だといいと思います。



あきゅろす。
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