.それでも.
(少女が少女を止めたとき、運命は一番残酷な結末を期待すると知っていたけれど) 「……ごめんね、ごめんなさい」 少女が泣きながら自分に謝ってくるのを、どこか冷静に見つめていた。わかっていたのだ。何時からかは知らないが、だがぼんやりと、彼女の意識が彼に向いてゆくこと。そして自分の意識もまた、少女から離れていくこと。 最初こそ本気だった筈だ。そうだと信じたい。だが何時からかこの思いは恋愛から親愛に変わっていたのだ。 結局、最後まで偽りを信じ続けたのは自分だ。 少女を愛していると言い聞かせて、全てに嘘をついてきた。 (そう、それこそ自分を慕っている彼女には随分悪いことをしたと) 思いながら翡翠の髪を流した魔王はそっと少女の頭を撫でた。少女はビクリと肩を震わせる。 「……最後に、もう一度聞こう」 優しく、静かにそう囁いたら、栗色の髪をした少女はゆっくり顔をあげた。まだかすかに嗚咽が漏れていたが瞳はしっかりとこちらを見上げてくる。 (いい眼だ) 魔王は眼を、細めた。 強くなった。少女は。運命に抗えるだけの強さを。 「これを取れば、お前の平穏も、世界の均衡も、全て保証されるが。………受け取らないというのだな?」 「うん」 それは約束。そして契約。 魔王である自分からの最初で最後の形ある約束。確かめるように呟いたら彼女はコックリと頷いた。 「ボクはそれを受け取れない。それに、渡されるべきはボクじゃない。それは、」 「もうひとつ」 少女の言いかけた言葉を遮って魔王は問いかける。少女の言いたいことはわかっていた。もはやここまできて自分の心と向き合えない程若くも未熟でもない、自分は。 しかし今はそれよりもこれを伝えなければならない、彼女の覚悟を確かめるためにも。 「お前が…奴を選ぶなら…、」 その時彼女がきゅ、と、きつく唇をかんだ。握り締めた手が震えている。それでも、瞳はじっと魔王の紅玉を見詰めていた。 「それは決して平穏ではなく、光と闇が向き合った先に訪れるは終焉、それこそ、死、かもしれない、それでも…」 少女の瞳が、揺れた。 外されて俯いた睫毛に陰が落ちる。ふる、と、震える瞳から流れる透明がとめどなく。 「……それでも」 やがて震える声で少女は答えた。 「それでもボクはこの指が繋がることを知っているし、彼の手が暖かいことを知っているし、想いが運命に負けないことを信じてる」 「そのために…何が傷付いても?」 「それでも」 そこで少女はもう一度顔を上げた。濡れた琥珀が魔王を射抜く。その瞳はもはや【少女】のものではなかった。 魔王は静かに瞳を閉じる。 「そうか」 そう言ってふわりと陰を落として笑う魔王を、彼女はもう一度はっきり見上げた。 「…ごめん、ありがとう。サタンがボクを愛してくれていたこと、忘れないよ」 「…出来れば応えて貰いたかったよ、可愛いアルル」 「駄目だよ、君の本当の1番はボクじゃない」 「……それでも、だ」 サタンは知っていた。アルルが少女を止めたとき運命が動き出すこと。その運命が決して平穏なそれではないということ。 知っていたからなんとかしてやりたかった。運命が動き出さないように。 けれど。 (動き出すのもまた運命か) 本当の愛情に嘘をつくことが出来ないことも、また、知っていた。結局自分の心が最後に選んだのは少女ではなく、翡翠の瞳に強い意思を湛えた自分を慕ってくれていた女性であり、少女が最後に選んだのは。 「それでも、……ボクはシェゾを愛してる」 サタンの手の中で、受け取られることの無かった琥珀の指輪が音もなく崩れた。 たとえ全てに嘘をついてでも、どれだけ強引な形でも少女を娶っていたなら因果律は動き出さなかったとサタンは知っていた。 だけど、運命を背負うことになる魔導の少女にも、世界を敵に回すだろう闇の後継者にも、自分が愛した格闘家の彼女にも誰にも、自分は幸せになって欲しくて。 そう、彼女らを愛していたからこそせめて、自分の心にまっすぐに生きて欲しかったから。 だからアルルがシェゾを愛することを止めることは出来なくて、ルルーが自分を愛することを否定も出来なくて。 (結局愚かなのは、私か、やはり) 運命にも抗えず心にも嘘をついてきた魔王は、せめて。 彼女らに幸せが訪れてくれるようにと、祈った。 (神様なんて居なくても) (それでも) (どうか、大切なものだけ無くさないよう) ‐‐‐‐‐‐‐‐ BACK ‐‐‐‐‐‐‐‐ (2007.8.29) シェアルサタルルのフラグが立つことが真魔導の因果律フラグと連繋していてなんちゃら。 要するにシェアルサタルルの形態になってからが本章突入だと信じてるとかいうはなし。それまでは前座に過ぎなくて。 アルルが人を本気で愛したときに運命は動き出すとか。シェアル敵対はどうやら公式な様なのでだったらいいなぁ!!……みたいな。 [管理] |