街を歩けば棒にあたる、ではないけれど。

レムレスは歩いては何かしらに出くわしていた。
例えばそれが頬を赤くした少女だったり、例えばそれが背景に花をちらした女性だったり、例えばそれが瞳を輝かせた少年だったり例えばそれが大人だったり例えばそれが子供だったり。

そうしていつのまにか両手には自分では何もしていないのにお菓子でいっぱいだったり。
見かねたおばちゃんが大きな紙袋を用意してくれたり。

とりあえず、すごかったのだ。

「ふぅ…重いな」

とりあえず広場に着いたレムレスは、近くのベンチに腰を下ろす。
そして紙袋の中のお菓子、プレゼントの山を見て小さく笑った。






.マシュマロアロー.


「何してんだ、こんなとこで」
「あれ、こんにちは」

しばらくその場でぼんやりしていたら、聞きなれた声が降ってきたのでレムレスは顔を上げる。
太陽を背にした彼は、逆光の中でも分かる透けるような銀の髪。
話しかけてはきたものの、大して興味のなさそうに此方を見下ろしているそれは、闇の魔導師。

「いや、実はね、荷物が重くて」

答えたら彼、シェゾは興味のなさそうな視線を一度紙袋に投げると、ふぅんと呟く。
それから呆れたように此方に視線を戻すと、前に立ったまま腰に手を当てて言った。

「何でったってそんなに買い込んだんだ」
「いや、買ったんじゃなくて貰ったんだよ」
「……もらった?」

そこで彼は初めて表情を動かす。
訝しげに細められた目が無遠慮に見てくるのを、レムレスはどこか珍しそうに見送る。

「何で?」

ストンと。
シェゾの素朴なその疑問の一言が、しかしレムレスの胸の中に印象深く落ちていった。




何を隠そう今日はレムレスの誕生日である。

魔導師として名が売れているうえ、雑誌などで既にプロフィールが紹介されている身である。
道を歩けば棒にあたる、ではないけれど、街を歩けばとにかく誰かしらのプレゼント攻撃にあっていた。

名前と顔が有名なだけあって、自分の知らない人からも応援の言葉と共にプレゼントを渡される。
それは嬉しいことであり、光栄なことなのだが、正直此処までとは思っていなかった。
それほどまでに【レムレス】は人々の憧れであり、有名であったのだ。

だから余計に印象的だった。その事実を知らないようなシェゾの態度が。





「誕生日なんだ、今日」
「………ああ」

疑問に答えると、納得がいったように一度頷いてから視線をそらしたシェゾの視線を、何故だか追いかけてしまう自分がいた。そして、興味の対象がどこかに移った彼が自分の前から姿を消す前に言葉を続けようとしている自分もいた。

「知らなかったんだ?」

正直、意外だった、自分の誕生日を知らないものがいるということが。
自惚れではないが、自分は人の羨望の対象である。
現に道を歩けば憧れにも似た視線を投げられるし、今日みたいな日は知らない人までもプレゼントを渡してくる。

なのに、知人でこの事実を知らないものがいるなんて。

もっとも、彼は異世界の人だから、自分の活躍とか知名度とかも知らないワケだから大しておかしくもないかもしれない。
そう思うと、なんだか少し新鮮だった。
そう考えれば彼がこちらに向けてくる視線が、他の人のそれと少し違うことも納得がいく。

するとシェゾはもう一度レムレスに視線を向けると、ぽつりと。

「…別に興味ないからな」

無感動に呟いたシェゾが端的に答えた。
そのときに吹いた風がレムレスの三角帽を浚っていったけれど、それを押さえることは出来なかった。

彼の瞳を見ていたから。







羨望とも嫉妬とも違う、無感動な視線がレムレスを射抜く。それは甘いようであり、冷たいようであり。

それは彼が向けられたことの無い視線。
それが静かに飛んだ帽子を追う。

(ああ、そうか)

ひらり。
それた視線にレムレスは元々開くことの少ない目を細める。何か違和感があったのだ、彼の視線には。

そう、彼の視線には壁が無い。
自分に憧れる要素が無いから、視線に壁が無い。
だから他の人と違って遠慮が無く。
だから他の人と違ってすぐにそれる。

(だから)

ぼんやりとシェゾを見送ったレムレスの目の前で、彼がわずかに動いた。
宙を高く舞った帽子が地面につく前に、シェゾが自然な動作で右手を伸ばす。空を裂くような音と共にいつの間にか握られていた彼の剣が横に伸ばされている。
そしてその切っ先の平にふわりと、綺麗に深緑がひっかかった。

剣で帽子を引っ掛けるとはなかなか乱暴な動作だとは思うが、それ以上に無駄に器用なその動作に一瞬目を奪われる。

「…ほらよ」

そしてそのままその切っ先をレムレスに向ける。
レムレスはその先で揺れている帽子を受け取ると、被りなおして彼に微笑んだ。

「…ありがとう」
「……取れそうだったからな」

彼が帽子を取ったことはおそらく気まぐれなのだろう、そう言って視線をそらした彼に笑った。
そしてレムレスは思いついたように貰ったプレゼントの中から小さなマシュマロをひとつ取り出し、シェゾに差し出す。

「…何だ?」
「お礼」
「……お前がもらったんだろ」
「いいんだよ、受け取った時点でもう僕のものだから」
「…そういう問題か?」

ふわり、柔らかに微笑むレムレスに、シェゾは呆れたような途惑うような視線を送る。
その視線に嬉しそうに笑ったレムレスは、受け取られないそれを自分の口に入れた。
甘い味が口に広がる。

「シェゾ」
「あ?」
「ありがとう」



そしてシェゾの頬を撫で、そのまま彼の口にマシュマロを移した。




(君の羨望でも嫉妬でもないその瞳が僕を射抜くことが)
(君のそれが対等な視線だから)



(一番嬉しかったんだ)


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Happy Birthday Lemres!!
2007.08.25

レムレスハピバフリーの小説でした。



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