視界に入るのは当然だった。 「今日だけだからな!!」 もう何度目か、同じ言葉を言った彼(アルルさんと同郷の人らしい、綺麗な見た目の割りに短気な人だ)は、なんでも貧しい人らしく、よく行き倒れているところを王子に見付けられては『3食昼寝付き』の条件に釣られて王子に振り回されていた。 それはもはやいわば短期のシモベのバイトのようなものだった。 .茨の冠. 私は王子の供であって僕ではない。 基本王子を守る立場であって、王子の話し相手になったり、令に従って奔走させられることはなく、最近はよく彼が構われているのを見掛ける。だからといって立場が違うから話したこともないのだけど。 「苦しゅうない」 そう言って笑った王子が視界に彼を捉えるのを一歩下がって見送った。必然、王子から目を離さない私が彼の姿を見止める。 楽しそうにからからと笑う王子が走って寄った彼の銀糸に手を伸ばし、流れ揺れる髪を引き下げ吐息が触れるような距離で何事かを耳元で囁いたら、彼は顔を少し歪めて、から。その形の整った唇をから滑らかに言葉を紡ぐ。 「後ろのお供に頼めばいいだろうが」 「貴様が良いのだ、シモベ……シェゾよ」 ずき。 不意に胸が痛んだのは、王子が私でなく彼の名を呼んだから、だと言い聞かせた。 (決して彼の名を呼べる王子を羨んだから、では) 「大変ですね」 何気なく言った言葉だったが、彼には皮肉に聞こえただろうか、綺麗な眉を顰めて此方を睨んできた。 そんなつもりはないのに、皮肉なものだ。 そんな言葉遊びをしている自分がなぜだか妙に悲しくて、失礼しましたとそれだけ言って、元の定位置、王子の後ろに戻った。 それから私に何事か告げてきた王子に2、3、受け答え。 そうだ、自分は王子だけ見ていればいい。 王子のために生きること、それが、自分の生きる意味なのだから。 短期のシモベなど、所詮王子の隣にいるにはふさわしくない存在で、すぐに縁は切れていく。 すぐに記憶の彼方から消えてしまう。 海の底、泡となって消えた人魚の姫のように。 だから、自分と彼との関係はいつまでも平行線のままなのだ。それを残念に思うつもりも、寂しく思うつもりも毛頭ない、気のせいだ、そんなの。 所詮はじめから彼と自分とは大して仲が良くなるような関係ではないのだから、彼が自分達の前に姿を現さなくなって、記憶から消えたとしても人魚姫のような悲劇は待ち構えていないのだ。 所詮。 ……いや、これだけ懐いている王子は、寂しがるかもしれないな。 そう思ったらまた、胸の痛みに視界が揺らいだので、少しだけ瞳を閉じた。 太陽が西の海に沈む頃のことだった。 1日限定の王子のシモベである彼は、この夜が明けたらまたふらりとどこかに去っていく。 彼は所詮短期のシモベで、アルルさんと同郷である異世界の人だ。いつかは自分の世界に帰るのだろう。そしてきっと、彼の記憶から自分達は消える。 恐らく、此方の記憶から彼が消えるのより早く、自分達の記憶が彼の中からなくなるだろう。 それはなんとなく予想はついた。 彼の記憶から自分達がいなくなったら王子は悲しむだろうか、悲しむだろうな、なんて思ったら、自分のすべき行動は決まっていた。 そうだこれは王子のためだ、それでいい。 「シェゾさん」 夜半に訪れた彼の部屋で、ボツリと、自分でも驚くくらい低い声が出たと思う。 彼は寝床が定まらない人だから、王子と共にいるときは、王子の現在の住処の一部屋を貸している。 「…人の部屋にくるときはノックするもんじゃねぇのか、お供さんよ」 彼は少しだけ驚いたような視線を向けてから、すぐに睨むように此方を見、ベッドに腰掛けてそう皮肉を言ってきた。 お供だ、そう、自分は王子のお供だ。 そして王子は王子なのだろう。 彼の中に自分達はその程度でしか存在し得ない。 便利な王子と、そのお付き、その程度でしか。 それを知ったら王子は悲しむだろう。そう思ったらシェゾの腕を取っていた。 そう、明日の朝には自分達の元を離れていく彼に、自分達の存在を鮮明に記憶させるために。 「何だよ」 「…王子のためです」 彼の耳元で囁いた声は震えていた。 自分でもなんて白々しい言葉だと思った。王子のために、王子のために。 しかし自分の存在意義が王子であることは確かだったし、王子のためと言えば確かにそうでもあった。 自分にそんな感情があるのではないだろうかという思いは黙殺した。 自分達の記憶を彼に明確に残すために、私は。 噛み付くようにその唇に喰らいついた。 (わたしのあいするおうじのために) −−−−−−−− .BACK. −−−−−−−− 日記ログ救済計画の筈でした。 ちょっと付け足そうとしたらなんかドン黒いドロドロな話が出来上がっていました。 オトモ好きさんごめんなさい。私も好きです。 記憶を焼き付けるためにとんでも行動を起こすお供さんの話。 お供王子も王子シェゾもお供シェゾも好きなのですよーという話。ていうか危うく裏行き寸前。 …すみませんでした。 [管理] |