「あ…。」 「おい、タカヤお前、手ぇ止めてんじゃねぇよ!時間ないっつーのにお前いちいちうるせぇーよ」 「だって元希さん、これ…」 「んだよ?…お前、自分が明日引っ越しってことわかってんのか?お前が手伝って欲しいっつーからこの俺がわざわざ来てやってんのに、さっきから何度も手ぇ止めやがって…ったく何を見ろって?」 「覚えて…ないですよね、やっぱり?」 「だからナニを?」 「だからコレ…」 なんだよ…ったく、そういって榛名はめんどくせーという素振りを隠そうともせずに隆也がコレと言ったものに視線を投げた。 「……あ。」 「思い出しました?」 隆也がちょっと心配そうな表情を浮かべて榛名の様子を伺う。 「…へー、お前まだそんなもん持ってたのかよ?まじ信じラレネー奴。」 榛名の目つきが小馬鹿にしたような様子から”ソレ”を目にしたとたんスッと優しい色に変わった。 だが隆也の視線は手元にそそがれており、まったく気付く様子もない。 「これ、オレがはじめて元希さんの球が捕れたとき使ってたグローブなんですけどね…でももう古くていろいろボロボロで汚ねーし、別にいつまでも持ってるもんじゃねーし…」 と言って《処分》と書かれた段ボールに向かってソレを放り投げた。 「あっ。こらタカヤてめぇ、そのグローブまさか捨てるつもりじゃねーだろうな!」 「は?…何言ってんですか?こんな使えもしないもの捨てるに決まってるでしょ。」 すると榛名はマジかよ…と小さく呟き、続けて 「よこせ。」 と言った。 「え?でもこんな古くて汚くて使えないものオレにも元希さんにも 《これっぽっち》も必要ないでしょ?」 「…ったく可愛くねーヤツだな。いちいちうるせぇよ。俺が寄越せってんだから、さっさとよこせよ。」 「はいはい、わかりましたよ。」 隆也はいかにも渋々といった様子で立ち上がり、段ボールの中から思い出の品を取り出し 「はい、どうぞ。」 何の使い道もない古くて汚いものですが──そんな嫌味な一言まで敢えて付け加えたうえで榛名に手渡した。 「うわー。なにこれ?何、この小せぇグローブ!お前、こんなサイズだったのかよ?まじお宝発見って感じだよなぁ…!」 榛名の口から思いがけない台詞が飛び出したものだから、隆也はそんな榛名を目を白黒させながら見てしまう。 「そんなに気に入ったんなら、それ元希さんにあげましょうか?」 視線をグローブにうつすと榛名は 「いや…やっぱいいわ。」と素っ気ない返事をかえす。 「これ、お前が持っとけよ。ほら俺らにガキが出来た時にちょうどいいサイズかもじゃん?」 「ガッ…、ガキ?????」 そのままガガガガ…と言いながら隆也はどんなリアクションもとれずにその場で固まった。 思いもよらないことを平気で言うのが榛名だから、いまさらな気もするのだがそれでもここまで突拍子もない台詞を言われたものだから、流石の隆也の思考も停止するというものだった。 「な?」 榛名は心底嬉しそうにそう言って隆也の手にそれを持たせる。 「ほれ、なに固まってんだよ、お前?」 「あんま時間ねえんだから、いつまでも止まってんじゃねーよ」 グイと隆也の顔をグローブからこちらに向かせて、榛名は両手で隆也の頬を挟みそのままいきなり、ちゅ、と触れるだけのキスをした。 「え…?」 「あ、動いた。」 「ほら、いつまでもボケてねーで、続きやっぞ。」 隆也の瞳が信じられない…といった色を浮かべて榛名を見つめている。 榛名はしかし、どこ吹く風…といった調子でフンフンと鼻歌まで歌いながらせっせと作業に戻っていた。 「…ちょ、ちょっと元希さん…!い、いまオレに、何か…なんかしませんでした…?」 「ナニかって?」 自分の勘違いでなければ、唇に榛名の唇が一瞬触れたように思えた隆也だったが榛名の態度を見ていると、まったくそんな事をしそうにもない雰囲気なので『たぶん気のせい』だと思うことにした。 そうでもしないと早すぎる心臓のドキドキが止まりそうになかったのだ──。 それでも少し考えて──。 「好き…」 隆也の突然のつぶやきに榛名の動きが瞬間止まる。 「やっぱ好き…なんだよな。だから…ずっと思いきれなかったんだ。」 手にしたものを大事そうに見つめながら隆也は言った。 「へぇー…」 榛名はそこまで聞いて、今度は不敵そうに笑みまで浮かべながら次に隆也の口から出される言葉を期待するような仕草でそろりと隆也ににじりよった。 「このグローブのメーカーが。」 「は?」 「だから、このメーカーが作ったグローブが一番好きだなって思って。」 「はぁ!?」 「形といい、色といい、ミットにボールが入る音も…多分、全部。」 榛名の顔があーあといった嘆きの表情に変わる。 「…んだよ、──ったく…タカヤのくせに思わせぶりな事言いやがって…」 聞こえるか聞こえないか程度の音でぼそりと呟く。 「だから仕方ないけど、やっぱり捨てずに持っとこうかなって。」 「へぇへぇ、そいつは良かったな…。」 ──そうやって素直に笑ってろっつーの…。 「まぁ…そう、ですね。」 隆也の表情がちょっと明るいものに変わる。 榛名が小さく洩らした呟きは隆也の耳にはたして届いていたのか、いないのか。 榛名からの突然のキスを隆也はどう受け止めたのか。 だがなんとなく、別にそんなことはたいしたことではない──と互いに考えているような空気がその場に流れていた。 「じゃぁ、元希さん。続き、よろしくお願いします。」 「ちっ──しゃーねぇなぁ…」 素直にそう言った隆也の態度に榛名は何を思ったのか 「やっぱお前、そうやってっとカワイーしな。」 「え?」 そういって榛名は隆也を真正面から見つめたかと思うと、隆也のポカンと開いたままの唇に、今度こそまったく無視出来ないような口付けをしたのだった。 END (2009/3/6UP) [管理] |