Ep.2
剛)「埜波〜、そろそろ会計するから、早くお菓子選べよ〜」
埜)「えー、『しゅっぱむーちょ』か『かれぇむーちょ』かまだ決めかねてるんだけどー」
剛)「酸っぱいか辛いかの違いだろーが。早くしろよー、レジ混むだろー?」
埜)「んー…やっぱ今日の気分的には『しゅっぱ』かなー…。(ふと気付き)ぉ…。」
【僕はそれでも歩いていく。 『水鉄砲。』】
剛)「やっと決まったか…遅せぇよー」
埜)「ん。」
剛)「ってなんだよこれ。…水鉄砲?」
埜)「いいだろ?それ89円だし。買って〜」
剛)「どこのガキだよ。つか、何個買うんですか。(ツッコミ)」
埜)「3つ。」
剛)「……(呆れ)…はぁ(溜め息)。いいよ、それぐらいなら」
埜)「どーもー」
剛(一体、何に使うんだか…)
***
埜)「ただいまー」
剛)「うぅ…手が…痺れた…やっぱまとめ買いはキツイかな…」
埜)「そーだよー。今度からはちょこちょこ買いだしに行けよー」
剛)「お前が、もう1袋持ってくれれば尚、ありがたいんだけどな…(イライラ)」
埜)「えー、せっかく良い運動になると思って3袋持たせてやってんのに…。」
剛)「普通、2:2だろうが!なんで3:1なんだよ!運動なんかお前がいる所為で家事が2倍になったんだから充分だろうがッ!」
埜)「はいはい、そんなにカリカリしないー。さて…水鉄砲A〜」
剛)「お前、それ何に使うわけ?」
埜)「んー…内緒ー…よし。…じゃ、いってきます。」
剛)「って、お前。今から何処行くの?」
埜)「ちょっと芳浦さん家に行ってくる」
剛)「あぁ…裕桧ちゃんと遊ぶのか?」
埜)「うん。」
剛)(なら良いか…)
「いってらっしゃい。」
埜)「いってきますー」
***
裕)「ぁ。…とーん!ピンポン鳴ってるよー!」
夕)「悪りぃー!とーん今、手ぇ離せないから、裕桧が出てくれー!」
裕)「仕方ねーなー、裕桧が出るねー!」
夕)「たのむー!」
裕)「はいはーい、どちらさまですかー?…あ!お兄ちゃん!!」
埜)「どうも。裕桧ちゃん、あーそびーましょー。」
――彼女と遊ぶ時は、僕は必ずヘッドホンを外す…。
音楽に逃げなくても、穏やかな時が流れるからだ…。
裕)「本当!?(目がキラキラ)いーいーよー!(にこにこ)」
埜)「じゃあさ、ちょっと台所貸してくれる?」
裕)「んー…多分大丈夫だから、いーいーよー!」
埜)「ありがと。」
裕)「ねーねー何するの?(ワクワク)」
埜)「これを使って、ちょっとね…」
裕)「あー!みずでっぽうだー!」
埜)「当たりー。…あ。冷蔵庫借りるね。」
裕)「うん!」
***
夕)「…あれ?なんか静かだな…。」
「裕桧ー!いるのかー?…あれ?いない?」
裕)「手を上げろ!!!」
夕)「はぁッ!?」
裕)「動くんじゃないぞ!動いたらバーンだ!」
夕)「あー…なんだ?警察ごっこか?」
埜)「ごっこなんて言われちゃリアリティーなくなるじゃないですか。芳浦さん、ちゃんと演じてください。」
夕)「黒幕はお前か…埜波…(呆れ)」
埜)「裕桧ちゃん。その銃を君のお父さんの口に向かって撃ちな。」
裕)「ぐっばい、ぼーい(ニヤリ)」
夕)「え…なんだその水鉄砲に入っている白い液体は…っぐヴぉほォっ!!!!」
埜)「おー裕桧ちゃんナイス。見事に口の中に入ったね。」
裕)「えへへ〜!裕桧、すごい?」
埜)「うん、すごいすごい」
夕)「おいお前…これ…牛乳か…?」
埜)「はい。そうですけど。」
夕)「水鉄砲に牛乳入れるなよ!つか絶対それウチの牛乳使っただろ!」
埜)「裕桧ちゃんの許可はもらいました。」
夕)「ゆーうーひー?」
裕)「ぅ…だって…だって…お兄ちゃんが…遊ぶ…ぅっ…楽しいの…(涙目)」
埜)「あー裕桧ちゃん泣かせたーわるいんだー」
夕)「お前な…」
埜)「よーし裕桧ちゃん、俺が敵を討ってやろう。」
夕)「って、ちょと待て!まさかお前も持っているのか!?」
埜)「びんごー(ニヤリ)」
夕)「待て待て!(焦り)二刀流はナシだろっ…ブコフォッ!」
埜)「裕桧ちゃん、逃げるよ。」
裕)「ぅ…うん!」
夕)「…このッ…お前等ーッ!」
裕)「あ。鬼ごっこだー!わーいっ!」
***
埜)――彼女の小さな手を引いて逃げた場所は、家から少し離れた場所にある小さな公園だった。
夕方になると公園で遊んでいる子どもたちがいっせいに家路へと向かう中、僕と彼女は一面芝生の、大きな木の下に転がり込んだ。
裕)「あー…(口を大きく開けて)」
埜)「はい。オレンジジュース…。美味しい?」
裕)「うん!美味しいー!」
埜)「俺さー、一度で良いから水鉄砲に水じゃなくて、飲み物入れてみたかったんだー…」
裕)「お兄ちゃんすごいよ!裕桧、お風呂でしか水鉄砲使ったこと無いもん!」
埜)「昔さ…俺がやろうとしたら、親に怒られたんだよ…」
裕)「どーして?」
埜)「『それMADE IN CHINAでしょ!危ないから止めなさい!(裏声)』…ってさ。」
裕)「め…めど…ちぃ…?」
埜)「こうさ…やりたいことやらないまま、なんとなく時が過ぎるのって後ですごく後悔すると思うんだ…」
裕)「お兄ちゃん…?」
埜)「例えそれが周りから見れば馬鹿な事でもさ、それでも…周りからの反応ばかり気にして身動き取れなくなるってのは嫌だったんだよ…」
――少しの沈黙が流れる。
僕の言葉に彼女は困ったような顔をして、うんうんと考え込んでいた。
そして、つたなくもゆっくりと言葉を紡ぎだした。
裕)「…ん〜…っと、あのね、裕桧は、お兄ちゃんと遊んでて楽しいよ?(おそるおそる)」
埜)――真っ直ぐな言葉に思わず頬が緩む。
「ありがとう…。裕桧ちゃんのおかげなんだ。裕桧ちゃんと一緒じゃなきゃ、こんなこと出来ないよ(わずかに笑う)」
裕)「ん?…んー…。(理解出来ていない風に)」
埜)「ごめんね。驚かせちゃったかな…?(苦笑)」
裕)「んーん。…なんだかお兄ちゃん…すごく悲しそう…」
埜)「…!」
裕)「いい子、いい子…(なでなで)裕桧、お兄ちゃんのこと大好きだよ…?」
埜)「…っ…。ありがとう…(にこ)」
裕)「うん!どーいたしまして!」
埜)「じゃあ、遊ぼうか」
裕)「うん!」
埜)――それから僕たちは、夕日が沈む頃まで遊び続けた。
ジュースが空になると、今度は公園の水道から水を入れ、また遊ぶ。
全身びしょ濡れで、でも夏の暑さで涼しい。
僕は微笑み、彼女は笑う。
***
剛)「埜波ー!」
埜)「あ…剛…。」
剛)「こんなところまで裕桧ちゃんと来たのか?まったく…もう夕方だぞ!」
埜)「いやー、剛くんが運動不足かと思って…」
――また、冗談を言ってみる。
剛)「さっき散々、運動した俺にまだ言うか。(ツッコミ)」
埜)――ポカリ。と殴られた。
「痛いよー」
――嘘。けっこう手加減していた。
剛)「当たり前だ。芳浦さんにまた迷惑かけたんだろ…」
埜)――溜め息混じりに彼は言うけれど、本気で怒っているわけではなかった。
夕)「裕桧ー!」
裕)「ぁ…とーんだ…」
夕)「ってお前びしょ濡れじゃんか!一体何してたんだ?(呆れ)」
裕)「あれ…?とーん、怒らないの…?」
夕)「そりゃ怒ってるよ。馬鹿。」
埜)――裕桧ちゃんもまた、ボカリと殴られていた。
裕)「痛い"…(涙目)」
埜)――僕よりも痛そうだった。
夕)「何か言う事は?」
埜)――少し冷たく言われ、だんだんと彼女の目から大粒の涙がボロボロと溢れ出した。
裕)「ぅ"…ごめんなさーいっ!(泣)」
夕)「よしよし、よく言ったな…。」
裕)「ぅ"っ…うぅっ…(泣)」
埜)――泣きじゃくる彼女の背中を軽くさすり、芳浦さんはびしょ濡れの彼女を背負った。
小さな手が、大きな背中をしっかりと掴む。
夕)「楽しかったか…?(優しい口調で)」
裕)「ぅ・・・っ、うん"っ…」
夕)「そうか…。じゃあ良かったな。アイツにお礼言え?」
裕)「ぉ"っ…おに"い"じゃっ…あり"がどっ・・・(鼻を啜りつつ)」
埜)「裕桧ちゃん、ごめんね…」
――少しだけ、罪悪感が募った。
もう一度、心の中でごめんなさいと謝った。
夕)「お前等も早く帰れよ。」
剛)「はい、どうもご迷惑お掛けしました。」
夕)「お前も大変だな…(軽く笑う)じゃあな」
そうして、親子は薄暗い中家路へと向かった。
剛)「埜波、ほら帰るぞ。」
埜)「剛…なんで怒んないの…?」
剛)「怒ってるよ。でも、お前はちゃんと反省してるだろ…?」
埜)「……うん…。」
剛)「なら、大丈夫だ。ほら、帰ろう」
埜)――そう差し出された彼の手を、僕はそっと握る。
家路へと向かいだした僕らを、ちらちらと光り始めた星たちと、優しく温かい月が照らした。
埜)「剛…」
剛)「なんだよ…」
埜)「明日、またあの子と遊んで良い…?」
剛)「泣かせるような事するなよ。あと、芳浦さんの許可はちゃんと貰え。」
埜)「うん…」
剛)「後、たまには俺に頼っても良いんだからな…あんまり思い詰めんなよ。」
埜)「…うん…」
――濡れたシャツから、少しだけオレンジの甘い香りがした
Ep.2 fin.