Ep.1
朝)――なんとなく生きてきて、成り行きで社会へ出た。
一歩一歩を着実に、トントン拍子なくらい、なんの躊躇いも無く、進んできた。
一歩を踏み出す事は簡単すぎて、僕はその一歩の大きさに気付く事はない。
過去も、今も。もしかしたら、未来も…。
そして僕は、また何も知らないまま、一歩を踏み出す。
『僕はそれでも歩いていく。』
一人暮らしを始める今日、僕は挨拶回りの為に粗品を片手にチャイムを押した。
朝)「あのー…すみませーん…」
裕)「はーい!」
朝)――大きな足音と共に出てきたのは、パジャマ姿の小さい女の子。
彼女は目を大きく開け、僕の顔をまじまじと見つめている。
裕)「ど…どちらさま…ですか…?」
朝)――少し、緊張しているように見えた。
朝)「隣に引っ越してきた朝野と申します。あの…お父さんかお母さんいるかな?」
裕)「とーんならいるよ…?」
朝)「とーん…?」
(「とーん」ってなんだろう…犬の名前かな…犬を連れてこられても困るんだけど…。)
夕)「どした〜裕桧」
裕)「あ。とーん!」
朝)「え。お兄さんのことたっだんですか」
夕)「はい?」
朝)――部屋の置くから現れたのは、大学生かそこらの青年。
ボサボサの髪に、黒縁のメガネをかけていた。どこかだるそうで、でもしっかりと芯は通っているような…そんな人に見えた。
朝)「あ…すみません(汗)隣に引っ越してきた朝野と申します。あの、これ良かったらどうぞ。」
夕)「どもども…。って、わざわざ君が持ってきてくれたの?お父さんかお母さんは?引越しの整理でもしてるの?」
朝)「えと…あの…俺、一人です。一人暮らしなんで、父も母もいません。」
夕)「うっそ!マジで!?だって、一軒家だぞ!?」
朝)「はい…両親からのプレゼントで…」
夕)「プ!?……君、金持ちのボンボン?」
朝)「ち、違いますよっ!(汗)」
夕)「いや…一軒家プレゼントって時点で十分金持ちだから。(ツッコミ)」
裕)「とーん、このお兄ちゃんだぁれ?」
夕)「あ。おぉ、裕桧。お隣さんだってさ。お隣に住むお兄ちゃんだよ。」
裕)「ふぇ〜…お名前は?」
朝)「え…」
夕)「あ。それ、俺も知りたい。なんていうの?」
朝)「悠一…朝野悠一と言います。」
裕)「あ…あしゃ…?」
朝)「あぁ、ゆういちで良いですよ。ゆーうーいーち。言えますか?」
裕)「ゆういち!(即答)」
朝)「うおっ、名前は言えるのか…」
夕)「そうか〜…となると、歓迎会的なものでもやらなくちゃいけないなー…」
朝)「えっ、良いですよそんなのっ(汗)俺まだ挨拶回りもしていなくて…」
夕)「あーあー良いよそんなの。あいつ等あんましそーゆうの気にしないと思うし。」
裕)「とーん、なにするの?」
夕)「おう裕桧、久々の肉だぞ(ニヤリ)」
裕)「え!?本当!?(目がキラキラ)」
朝)「あ…あの〜…?(おいてけぼり。)」
裕)「はいッ!とーん、メガホン!!」
夕)「おーサンキュー♪…じゃあいくぞー…(※)『えーここら辺一帯の暇な奴らに告ぐー!新しく引っ越してきた朝野さんの歓迎会をするから、なんか適当に用意しろー。』」
(※)実際にメガホン等(雑誌を丸めた物とかで構いません)を使ってお願いします。
朝)「・・・・・・・・(呆然)」
夕)「ん?どうした?もう少し待ってろよーもうすぐしたら来ると思うから。」
朝)「あの…今から何が始まるんですか…?」
裕)「とーん!裕桧、着替えてきたほうが良ーい?」
夕)「おぉ!ついでにその寝ぐせも直してこい。」
裕)「分かった!」
朝)「あ…行っちゃった…。」
夕)「俺も着替えてくっかなー。あー、みんな集まるまで、そこのベンチにでも座っててくれる?」
朝)「あ…はい…。」
夕)「んじゃ、」
朝)――何がなんだか分からぬまま、僕はお隣さんの庭のベンチに座っていた。
(そういえば、名前聞いてなかったな…妹さんの方は確か…「ゆうひ」、とか言ってたっけ…)
――気付けばなんとなく話す事が出来ていた…不思議と打ち解けていて、なんだか妙な感じだ。
剛)「お。新人ってお前?」
朝)「ひわぁっ!」
埜)「剛…めちゃくちゃびびられてるよ…」
剛)「いきなり声かけたからだろ。俺が恐いわけじゃねーよ(ムスッ)」
朝)――僕の前に現れたのは、自分とそう変わらない、でも少し大人独特の落ち着きがある2人の青年だった。
学校の先輩…という雰囲気が近い。
朝)「す、すみませんボーっとしてて!(焦)」
埜)「あぁ…良いよ良いよ。」
剛)「なぜ俺の台詞を言う。(ずばっとツッコミ)」
埜)「何言ってんの〜チキンな剛の代わりにわざわざ言ってあげたんじゃないか」
剛)「余計なお世話だ。(ツッコミ)」
朝)「あ…ぅ…その…あのー…?」
剛)「あ、ごめんごめん。そんなビクつかなくて良いから。」
埜)「俺等、最初のインパクト強すぎなんだよ。」
剛)「だれがそのインパクトを強めてるんだよ(若干イライラ)」
埜)「さぁ〜?」
朝)「あっあのっ…引っ越してきました朝野悠一と言いますっ!これ、粗品ですっ」
剛)「あ。どうも。悠一…ね。そう呼んでも良い?」
朝)「はいっ、大丈夫です!(焦)」
剛)「俺の事は剛で構わないから。名字呼びとかなんか固っ苦しいし。」
朝)「あ…ありがとう!剛(にこり)」
埜)「ちょっとー…抜け駆けはなしだよー。俺の名前は…」
剛)「埜波さんです。(ズバッと)」
埜)「えっ、なにその余所余所しい呼び方。」
朝)「埜波さん…ですか?」
埜)「あー…うん。名字だけど。」
剛)「良いんだよ。大体にして、コイツはここの住人じゃないんだよ。」
朝)「え。そうなんですか?(ビックリ)」
埜)「ここの住人だよー。剛と同居中ですv(棒読み)」
剛)「違うから。勝手に転がり込んできたんだろ。(イライラ)」
埜)「だってー、家賃払えなくなったんだもーん。」
剛)「こんな奴だから、構わなくても良いぞ。つか関わらない方が良い。」
埜)「あっ、剛くんひどーい。(棒読み)」
朝)「あははは…(乾き笑い)」
高)「そうねー、剛くんの意見、ちょっと共感〜」
埜)「あ…高瀬さん。」
朝)――ナチュラルに会話にとけ込んで来たのは、カジュアルな服に身を包んだ、綺麗な女の人だった。
お姉さん…と思わず呼びたくなるような、そんな雰囲気をかもし出している。
高)「どうも。とりあえず肉持ってきたけど…」
剛)「俺らは野菜と飲み物買ってきたんで。食材は揃ってますね。」
埜)「芳浦さん、そこにバーベキュー用の網、置いてあるし。」
高)「え…もしかして焼肉系だった?ごめん〜(汗)しゃぶしゃぶ用の肉買ってきちゃった〜(汗)」
埜)「焼けば一緒じゃないの?」
剛)「かなり酷い事になるよ。」
埜)「うそん。」
朝)「あの、はじめましてっ、引っ越してきました朝野と申します。」
高)「あら、もしかして貴方が朝野くん?やだ可愛いvこんな可愛い子だなんて聞いてないわよ?」
朝)「これ、大したものじゃないですがどうぞっ」
高)「あ、ありがとう(にこ)私は高瀬あき。家はこの子らほどではないけど、近くに住んでるわ。青い屋根を見かけたら、それがあたしの家だと思ってv」
朝)「はい、分かりました(にこ)あの…ありがとうございます、俺のためにわざわざこんなことまでしてもらって…」
高)「いいのよ〜、私の時もしてもらったし、ここでは恒例行事みたいなものよ」
埜)「俺の時はしてもらってないよ〜。」
剛)「お前は論外だろ。(ツッコミ)」
高)「ほらーあんたたち、漫才はいいから!とりあえず準備して!」
剛)「え、本当にその網で焼くんですか?」
高)「仕方ないでしょう?これしかないんだし。」
夕)「よ〜!お。今日は集まり良いじゃん。早かったな」
裕)「お肉だお肉だー!」
高)「芳浦さん。あの、鍋あります?すみません私、しゃぶしゃぶ用のお肉買ってきちゃって…」
夕)「えっ!?そうかー…うーん、なんとかならない?うち鍋壊れちゃってさ、この間捨てたばっかなんだよね〜」
高)「うわー(汗)こりゃもう網で焼くしかないなー」
剛)「肉が薄すぎますって(汗)網に張り付いちゃいますよ」
夕)「じゃあフライパンは?出来そうじゃない?」
高)「至難の業ね…この中で器用な人いる?」
全)「………。」
裕)「お肉〜お肉〜とーん見て見て!このお肉、すぐに茶色になるよ!」
剛)「Σ!?いつの間に火が!!!」
埜)「あ。俺がつけた…」
裕)「裕桧がお肉置いたんだよー!すごいでしょー!」
高)「裕桧ちゃん…(トホホ)そうね…すごいわ…」
剛)「埜波ーっ!なにやってんだてめーっ!」
朝)「あ、お肉が…」
夕)「裕桧!肉が焦げる!無駄なく食い尽くせ!」
裕)「らじゃ!」
埜)「裕桧ちゃん、危ないから俺が取ってあげるよ…」
裕)「うん!ありがとう!」
高)「もうここまで来たら後戻りは出来ないわ…みんな!死ぬ気で食いなさいッ!」
夕)「久々の肉だー!薄かろうが焦げようが、肉には変わりねー!」
剛)「なんなんだ、あんた達のテンションは!!!!(汗/ツッコミ)ほら、悠一がメインなんだから悠一に肉をやれよ!」
朝)「あ…俺は別に野菜で構いませんよ?みなさんお肉好きみたいですし…」
剛)「お前…、そんなんじゃいつかぶっ倒れるぞ…」
朝)「へ?」
剛)「あ…いや、なんでもない…。気にすんな(にこ)」
朝)「はぁ…。(?)」
夕)「あ"。おい、これ網に張り付いてんぞ!」
高)「それはもう助からないわ…救出するだけ無駄よ…(真面目に)」
裕)「ん〜っ…取れないです隊長!」
埜)「裕桧ちゃん、無理して取っちゃダメだよ…ほら、こっちの肉をあげるから…」
裕)「わぁーっ!ありがとう!」
朝)――なんだか、変な気分だった。
これでも、ご近所付き合いとかに不安を持って出てきたのに、その不安はことごとく崩れていった。
みんなの、笑顔や、バカっぽい言動。
懐かしく…どこか、温かい。
何かは分からないが、僕の胸をじわじわと満たしていくような何かがここにはあった。
夕)「ほれ、お前も一枚ぐらい食べろ。」
朝)「え…良いんですか?お肉…」
夕)「あぁ、そこまで俺も食うのに困ってるわけじゃねーよ。」
朝)「あ…ありがとうございます…。」
朝)――食べた肉の味は、やっぱり焦げっぽかった。苦い…。
でも、それでも「おいしいですね」と言ってしまうのは、味の苦さを超える何かがあったからだと思う。
――しかし、この時の僕はまだ気付いていなかった。
真っ白い紙に「表」と「裏」があるように、僕を取り巻く全てにも「表」と「裏」があることを…。
そして、裏を返した時、その白紙のはずの紙に色が塗られていることも…。
Ep.1 fin.