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幼すぎるというのは無垢で純粋で、それでいて罪なものだと思う。年をひとつ取る毎に人は知恵が付き、駆け引きに長けるなんていうけれどその代わりに幼い時に持っていただろう純粋かつ無垢な勢いは失われてしまうと思う。

ほんの、一言で良かったのに。

今でもこんな事を思ってしまう。こんな事、思ってももうどうしようもないのに。

『ブンちゃん!』

こう呼んでいたのは私が小さい時。お隣の丸井さんの同じ年の男の子。丸井君じゃなくてブンちゃんと呼ぶのはごく自然な事だった。勿論彼も私の事を名字で余所余所しく呼びはしない。当然のごとく彼だって私を名前で呼んでいた。

幼いゆえの、自然な行為。

でも、これがまた年を食うと意識して言えなくなる。いらない知恵が回るって泣ける。
気付けばどうしてか距離は開いていった。…実際距離が開いたなんてのは分からないんだけど、男女を意識しちゃうと…心に距離が出来る…よねうん。しかも女子の方が早熟だから私ひとりだけ妙に意識してしまう。
手を伸ばせば触れられる距離なのにその手に触れるのが妙に怖くなって。そのあったかい体温やテニスをし出したから豆でなんだかごつくなったようなブンちゃんの手に触れられなくなった。妙にどきどきするんだもん。
これが思春期かー、なんて思いはしたけど、多分違ってる。あぁ、幼い頃に戻りたいなんて思った。
思春期なんかじゃないんだもん、これは。

これは、私がブンちゃんを好きになってしまった事による変化。

触れた手が妙に熱を持ち、指先が震える。
何気なく私に、私の心に触れてくるブンちゃんに耳まで赤くなり爆発しちゃいそうな感覚まで感じてしまった。

好き、大好き。

たったこれだけ、これだけの言葉なの、に。
言えない、言える訳がない。
でも、私は全然気付いていなかった。この時間が、永遠じゃないって事に。
触れた指先は自然と交わらなくなる。もう、私の名前を呼ばなくなる。
馬鹿だねって今なら言える。時間は過ぎていくものなのよ、私って。
いつの間にかブンちゃんとはすれ違い、隣りだった距離は隣りにいるのに関わらず遠くなっていった。そんなかんだで気付けば私は一人暮らしを始めたものだからお隣りさんでもなくなってた。

「ブンちゃん…」

お母さんからブンちゃんの就職先を聞き、完全に幼なじみだったの関係になった私達はもう繋ぐものがない。ブンちゃんは先に進んでもう追い付けない。
私は…

告げれば良かった、本当に。
告げられなかった恋心はただ胸にくすぶっているだけ。燃え尽きる事はまだない。緩やかに、ただ薄く煙を出しているだけ。
言えれば良いのに。そんな事思っても遅い、かも。
元々ブンちゃんは可愛い顔をしてたけど、中学になりテニス部が全国区になったら急激にもてるようになった。そりゃあそうだと思うけどね。
だから私が…距離を作ったんだよ、ね結局、は。だからすれ違う。私が意図的にしてたんだから。

でも、許されるなら…もう一度だけ。

「オイ」

…あぁ、この声ブンちゃんの声に似てる。
許されるならもう一度会って、やり直して、大人になっても変わらなくブンちゃんと呼べる仲に…

「オイってば!」

たまに街でブンちゃんに似ている男の人を目で追ってしまう事はあった。声が似ている人を無意識に気にしてしまった事もあった。
今こうして沢山スーツに包まれたサラリーマンが歩く夜の街。人なんて溢れる程いるのに似た人を目が、耳がこうして捉え…

「やっぱりそうじゃん。なぁ、俺覚えてる?隣りに住んでたブン太」

…嘘だろオイ。
この広くて人が溢れる街中でこんな事あるのか。
どうやら私を呼び止めていたらしい声の主は少しばかり強引に私の腕を取って止め、私の視界に入ってにっと笑われる。
冗談かよ、これ?
でも今、私は幻じゃなくて…本当の、本当の、本当の…

本当のブンちゃんを、捉えて、いた。

信じられない。我が目を疑った本気で。いや疑うだろ何年も会っていない上に今こうして頭に思い描いていた人物がいるんだから。
しかし、驚いた。私が彼の姿を最後に見たのは高校の時。目の前の彼は当然成長しており、可愛いと思っていたのは実に男っぽくなっていた。かっちりという訳ではなく、慣れたようにお洒落にスーツを着こなして目の前にいる彼は、完全に大人の男。記憶が塗り替えられたと同時に不覚にも見惚れてしまった。中学生の頃よりも更に魅力的。なんなのこの人。

「え、ブンちゃん…?」

ぽかんとしていたが、慌てて口を動かす。しかし口が紡ぐのは何とも阿呆らしい言葉。いや、本当に動揺しているんだ私。
そんな私を尻目にブンちゃんは久し振りに相応しい質問達を実に楽しそうに口にした。でも私の頭はそこら辺は見事に素通り中。うんとかそうとか返しはするが、もう一度会えると思っていなかっただけに混乱もしていた。
そんなブンちゃんとなんとかやり取りをすればふと、ブンちゃんが真顔で私を見てきた。

「なぁ、付き合ってる奴、いる?」
「え?」

一瞬この人は何を聞いてきたのかと驚いてしまった。嘘だろオイ。何このベタな展開。だって凄いベタ。久し振りに会ってこの会話って…ねぇ?

「いないよ。ブンちゃんは?」

そんな動揺を悟られないように笑顔…は出来たかなと思う。ここで返ってくるのはドラマだったら俺もいない、とかでこれから恋愛始まっちゃう系にでもなるんだろうけど実際そんな事なんてない。
ない、と思いたいのに…

「今はいないな。大分前に別れた」

ヤバい。良い年してドラマみたいな展開に喜んでいる私。なんだろこの…気持ち。
でもやっぱり思ってしまう。夢だって良い。ほんの僅か、奇跡みたいなものを起こしてくれと思ってしまう私はやっぱり。

「そうなんだ」

無難に返してみるものの、やっぱり私は動揺と期待が胸にあるのが否定出来なかった。
何かが、動きそうに、なる。
そしてそれはきっと彼も、一緒だと思う。
何かを言おうと思って言いあぐねるブンちゃん、また勇気のない私。
彼と、恋がしたい。だけど黙っていたら前と一緒。

「ねぇブンちゃん、この後暇?もし良ければちょっと飲みに行かない?」
「!…そうだな。久し振りに色々聞きてぇしな!」

良い店知ってる、と笑顔で案内するブンちゃんの後ろ姿を追い掛けながら、今度はきちんとこれに決着を付けようと思った。
神様がくれたドラマのような奇跡のきっかけは、無駄にはしないんだから。


小さな奇跡をもう一度
(これはただの偶然なんかで、終わらせない)


久し振りにブンちゃんを書いてみたいなーな気持ちで書いてみたブンちゃん。幼なじみっていう友達のようで実はそうでもないこの曖昧そうな関係は嫌いじゃないです。
いつも参加させて下さりありがとうございます!いつも楽しいです。

2012.6.10.Sun
kirika@No more
落としもの様提出済み。

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