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POWER FAILURE


視界が奪われる。だけど、目の前にいる人が誰かなんて聞く必要などない。
すぐ近くで感じる相手の吐息、熱、声。視界が遮られていたって五感全てが覚えている。


室内に響くのはキーを叩く音と、時折鳴る電話、そしてその時に発せられる相手の声。
気を取られるものもないこの空間、仕事は滞りなく進み、残りあと少しで今朝から始めていた山のようにあった書類の整理も終わる所だった。

「少し、休憩するか」
耳に届くのは同じ部屋で報告書や会議に必要なファイルを読んでいたセフィロスのもの。
「セフィロスはもう終わったんじゃないの?」
時刻はもう定時を過ぎている。外はもう暗闇に覆われてしまっている。
セフィロスの仕事は既に終わっているはず。しかし、まだ帰る気配はないようだった。
「ああ、お前が終わるのを待っていようと思ってな」
作業中の手を止めて、簡易キッチンでコーヒーを煎れて、デスクに座っていたセフィロスへ手渡す。
「明日、忙しいんでしょ?だったら先、帰ってもいいのに…」
早朝から会議の予定があったはずだ。仕事が終わったのなら自分を待たずとも先に帰宅をして休めばいいものを当の本人はさして気にも止めていない様子。
「あとどれくらいで終わる」
手渡されたコーヒーを二人で啜り、クラウドは先程までやっていた内容を思い浮べる。
「あと少し、明日でもいいんだけどキリのいいとこまでやろうと思うから…あと一時間くらい?」
コト、とテーブルにカップを置いて長時間のデスクワークで強張った背を「ンー」と唸りながら伸ばす。
簡単な雑務でも塵も積もればと言うのだろう、手間は掛からないが量は多い、少しずつ消化していくうちに量は減り、残すところあと僅か、出来るところまでは終わらせようと定時を過ぎてもなおパソコン画面から目を離さないで作業を続けていた。
「そうか、ならば待っていよう」
一度言いだしたら曲げないセフィロスに反論を諦めて頷いて早く帰るべく椅子に腰掛け続きに取り掛かろうとした時だった。

フッと視界が奪われる。真っ暗な世界に音はなく、一瞬何が起きたのか分からない状態になる。
「え、何?」
「停電のようだな…」
手探りで窓へと近寄り外を伺う。遠くではチラホラと明かりが灯ってはいるが会社付近の電気は全て消えているようだ。
「いつ復旧するんだろ…」
せっかくあと少しで終わるという所だったのにとんだ災難だ。しかし、それはまだ始まりにしか過ぎないとクラウドはまだ気付かない。
「どうした」
ふと、セフィロスの声が耳に届く。クラウドに掛けられた言葉ではなく、どうやら誰かと電話をしているらしい。
「…そうか、分かった」
話し方からして相手はザックスだろうか。そんな予想をしながらクラウドは見えない暗闇の先、セフィロスがいると思われる方向へと視線を向けていた。
「電話、ザックスから?」
「ああ、辺りで電力の配線が切れたらしい。老朽化していたものを未だにに使っていたらしいな」
「じゃあ、時間かかるのか…」
ふぅ、と溜息を吐いて誰かも分からない配線を変えなかった相手に悪態を吐く。
そして、気付きたくなかった事実に顔を青ざめた。
「もしかして…」
いくらか慣れた視界、クラウドが使っていたパソコンへと近寄り叫びだしたくなる。
「嘘だろ…もしかして………消えた?」
今朝から続けていた仕事、何時間もかけて打ち込んだ内容がこの一瞬にして全て消えてしまった。
パソコンに噛り付き、今は何も映し出さない画面を茫然と見ることしか出来ない。
「クラウド、何かあったのか?」
クラウドの様子の変化に気付いたセフィロスが問い掛けるも反応のないクラウド。近寄ってもう一度声を掛けてやっとセフィロスの方へと顔を向けた。
「データ、今の停電で全部消えた」
この数時間の苦労が水の泡となったショックは大きいようでクラウドの声はかなり小さい。
「さっきの休憩でバックアップは取らなかったのか?」
「すぐ作業しようと思って何もしなかった…今朝から昼までのはあるけどその後のは……」
その言葉すら頼りなく、姿がはっきりと見えずとも落ち込み振りが分かった。
「クラウド」
「ん?…ンっ」
クラウドの顔を持ち上げて触れるだけの口付けを落とす。一瞬身構えたクラウドも慣れた感触に身を任せる。
「…何考えてるんだよっ、ここ、どこだと……」
「そのわりにはされるがままだったな」
暗闇でもセフィロスが笑っているのがよく分かる。それに気付いてクラウドは顔を赤く染め、この暗さで分からないのだろうが気恥ずかしさに顔を背ける。
「だってっ」
仕方がない、耳に響く声は心地よく、抱き留められた体温は自分の中へと浸透し、触れた唇はここが仕事場だとか、緊急で誰かが入ってくるかすら関係なくさせるほど濃密にそれでいて甘美なもの。
「仕方ないじゃないか…」
セフィロスの長期遠征、クラウドの演習。
互いに忙しい時間が重なり今日の執務で顔を合わせたのが久し振りだったのだ。触れられて振り払うことなどクラウドには到底出来ないことだった。
「ずっと、寂しかったんだ」
いつ帰ってくるかも分からなかった今回の任務、電話も出来ない状況で声すら聞けない毎日。
きゅ、とセフィロスの服を掴み心なしかその声は涙混じり。
「悪かったな」
「セフィロスは悪くない。仕事だし、俺が勝手に寂しがっただけだから」
「クラウド」
滅多に聞けないクラウドの本音。しかもその仕草は甘えが混じっている為、セフィロスはクラウドを強く抱き締めた。
「明日は休め、これは上官命令だ」
「……職権乱用だよ?」
「構わないさ、お前の本音を聞いて自分を抑える程人間が出来ていないからな」
「……っ」
再び向けられた視線の先、抗うことの出来ない瞳が慣れた目にはっきりと映し出される。
近寄る唇を受ける為、セフィロスの首に自ら腕を回して目を閉じる。
「んっ…これ以上はダメだからね」
「くくっ、帰ってからが楽しみだな」


時刻は定時を過ぎて人は殆どいない状態。
セフィロスが勤務する執務室から楽しげな声が聞こえるのを知る者は誰もいない。

電力の復旧はもう暫らくかかりそうだ。消えたデータは頭の片隅に追いやって、今は久々に熱を交わせるこの時を楽しんでしまおう。


END


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