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狡い人


始めは憧れ。
それが優しげな笑みを浮かべたあんたに近付かれて、いつの間にか落とされていた。
心も身体も何もかもあげて、代わりに与えられたのは幸せ。でもそれは一時のもので、気が付けば何もかも失っていた。記憶も自我も自由も、そしてあんたも失ってしまった。

命がけで自由を取り戻してくれたのはザックスだった。それからあんたの姿をしたジェノバを追って崩壊しかけた自我も取り戻して、あんたの顔をした化け物にとどめを与えて幕引きをした。
人間にも神様にも仲間に入れてもらえなかった、哀しい人。

あんたの滅多に見せない笑顔も優しく頬を撫でてくれた大きな手も、もう見る事も触れる事も叶わない。
喪われたものはもう二度と還らない事は分かりすぎるくらいに分かっていた。





思い出に、ふと感じるあんたの残滓にいつも怯えていた。

また、会えるのだろうか。
もう、会わずに済むのだろうか。
憎んで愛して、拒絶して欲しがって。相反する感情がせめぎ合っては、このまま狂ってしまうんじゃないかと不安だった。






「クラウド」
ああ酷い。
どうしてあの優しい目をして自分を呼ぶのか。
還ってきたあんたを見て立ち尽くす事しかできない。抱き締められてびくつく身体。
「夢…なのか……?」
「どうだろうな」
困ったように笑うその声。喉の奥で笑うような独特な笑い方もぬくもりも変わらない。身長もあれから随分伸びたのにまだ簡単に腕の中に収まってしまうのかと、頭のどこかでぼんやりと思う。
瞼をそっと撫でられて促されるまま瞳を閉じた。
再び近付く吐息に応えるために顎を上げて待ってしまう。
「クラウド」
「な…に……」
そんな顔をするなと小さく笑われてしまう。
「オレの事はもう忘れていい。……幸せになれ」
その言葉に驚いて目を開けた。見上げた先には穏やかな翡翠の瞳。
「それだけ伝えたかった。さよならだ」
「あ……」
柔らかな光に包まれて笑うあんた。
少しずつ光の粒になって消えていく身体を引き留めようと腕を伸ばす。けれど何も掴む事は叶わずに指先は空を切った。
「待って……」

どうしよう、どうしたらいい?
頭が真っ白になる。消えてしまう、またいなくなってしまう。
さっきまで感じていたぬくもりが消える。確かだったその姿が透き通って輪郭を失っていく。
笑って頬を優しく撫でるように触れる指先。それに触れられた感触はなかった。涙を拭うようにされて自分が泣いているのだと気付く。泣くな、そう動く唇。声ももう届かない。
「待てよ……!」
お願いだから。
忘れてくれ、最後に唇はそう動いた。

勢いを強め視界を圧倒する光。たまらず目を閉じても光で白に染まる視界。触れられないのだと分かっていても手を伸ばした。
「………っ」
視界は白一色。見る事は叶わなかったけれど、また困ったように笑ったのが分かった。







「嘘、つき……」
光から取り戻した視界にはもう誰もいなかった。
いつもそうだ、一人で何でも決めて弱みを見せないように格好つけて、そうやって勝手にいなくなる。
忘れて欲しくないくせに。オレだけがおまえを幸せにしていいんだと言ったくせに。

「嘘つき」
人の事を散々振り回して自分は好き勝手して。
「あんたは…いつも勝手だ」
忘れられるはずなんてないのに。

いつだってそうだ。あんたは狡い。



声は届かないまま、最後の最後に囁かれた言葉が蘇る。
「……いなくなるなら愛してるだなんて言うな」
忘れる事なんてできるはずない。

「セフィロス……」
あれからずっと口にせずに封印していた名前。

最低だ。
あんたは狡い。


─終─


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あきゅろす。
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