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悪酔い


あまりにも熱い視線に、全てを見透かされている気分になる。

まるで視姦だ。

クラウドは現状に深いため息をはいた。



様子がおかしいと気付いたのは、セフィロスが飲み始めて少し経ってからだった。
いつものように、こちらの都合など構わずに押し掛けて来たセフィロス。
すでにどこかでたらふく入れてきたらしい相手はかなり酒の匂いがしていたが、俺と飲むと言って居座り続けた。

俺以外、誰もいない。

たまには付き合うか。奴とこうして飲むのは数年振りだしな。
そう考え、俺は先日レオンから貰った秘蔵のそれを開けた。
…辛口の日本酒を。
セフィロスはそれを見て、ほう、と感想をもらす。
「随分珍しいものを持っているな」
「こっちじゃ手に入らないからな。もらい物だ」
本当は一人で飲む気だったから、グラスは一つしか冷やしていなかった。仕方なく、小皿の上にそれを置き、セフィロスの前に差し出した。そのまま、並々と注ぐ。自分は熱燗で頂くことにした。
セフィロスはグラスを手に、滑らかで透明な色をしたそれをしばらくめでている。

おとなしいセフィロスは珍しい。

そう思いながらクラウドは、自分用の酒の準備の為に台所へ向かった。
戻ってきて、グラスがすでに空になっているのに気付き、頭を抱える。
「…貴重だって知ってるなら、味わって飲めよ」
「その気になればいくらでも取り寄せればいい」
さらりとそんな事を仰る英雄様が、実は金持ちだったと思い出したクラウドは、面白くないとむっと眉をよせた。
「なら、とっとと自分の家に帰って飲めよ」
折角の時間を邪魔され、しかも貴重なそれをけなされて不機嫌なクラウドをセフィロスはじっと見つめた。
「分からないか?」
「何がだ」
「お前といたかった」
手のおちょこをぽろりと落としてしまった。
陶器のそれは床に四散し、温められた液体が特有の匂いを放ちながら染みをつくる。
「…お前、本当にセフィロスか?」
いつもの俺様ぶりはなりを潜め、目の前にはセイに近い真っすぐに感情をぶつけてくる翡翠がいる。
実はセイの後に作られたクローンかなんかじゃないだろうか。
しかし、俺の考えを見透かしたセフィロスは自嘲気味に笑った。
「そう簡単に俺が作られてはたまったものではないな」
それはそうだが。

おとなしすぎやしないか?

あまりの静けさに、クラウドは不気味さを覚えた。しかし先程から鼻につく酒の甘い匂いに、慌てて欠けらを拾い集め始める。
雑巾もいるな。
そう判断してクラウドは再び台所へ駈けていった。
…それを後悔したのは戻ってきてから。
テーブルに置いていたはずの熱燗セットがない。
それはいつのまにかセフィロスの前に置かれていた。当然、中身は無い。
「お、俺のっ…」
実はかなり楽しみにしていただけに、ショックは大きい。しかもセフィロスは足りないとばかりに一升瓶を片手に手酌を始めていた。
「お前は!」
急いでその手から奪い取るが、瓶はかなり軽かった。
恐々と中身を確認すれば、すでに三分の一しか残っていない。
「…ひどい」
あまりの悔しさに唇を噛み締め、視界が潤む。こんなことで泣くなんておかしいと思われるかもしれないけど、本当に楽しみだったんだ。
上目遣いにセフィロスを睨むと奴はにやりと笑った。
「何だ、抱いて欲しいのか」
「そんなわけないだろ!」
そこでクラウドは一つの異変に気付く。
普段なら言葉と行動が一緒のセフィロスが動かないまま。
しかも先程からの言動は、おかしなものばかり。
それを総合して出した結論。

「あんた、まさか酔ってるのか?」

「俺が?酔ってなどいない」
大抵の酔っ払いはそういいます。
顔色が変わらないから気付かなかったが、よくよく見れば目がかなり座っている。
そこでクラウドは、自分を見つめる熱い視線と目があってしまった。
普段はバカにしたような、見下す色しか見せない瞳が熱を帯びている。
堪らずクラウドはセフィロスから顔を背けた。
「クラウド」
やめてくれ、そんな声で俺を呼ばないでくれ。

体を重ねる時に、俺を求める声で。

「…俺は寝る。お前も帰れよ」
セフィロスに背を向ける姿で片付けを始める。
背後からの視線は、動く気配がない。体のラインに沿って注がれるそれに、思わず体がびくりと反応した。
触れられたわけではない。でも、確かにあいつを感じる。
「セフィ…」
帰れ、もう一度促そうと振り返ったクラウドは、セフィロスの視線に捕らえられた。

見たことがないほどに真剣な表情をして、グラスに残っていた液体を一気に呷った。視線は、クラウドを逃す事はない。
唇に僅かに残ったそれを、赤い舌が舐めとる。まるで舌なめずりするようなセフィロスの行動に、クラウドは自分にされた行為と照らし合わせてしまう。
「…っ」
体は、簡単に熱を持った。
鼻に付くこぼした酒の香りが更にそれを駆り立てる。
気付かれるわけにはいかない。
クラウドは慌てて台所へ瓶を持って非難した。
どくどくと耳を打つ鼓動が煩い。セイが来てからこんな欲求は無かったのに。
蛇口を捻り、勢い良く水を出して手にそれを掬い取った。熱をもち赤くなる頬をなんとか冷やそうと顔を洗う。
冷たい水がやけに心地よい。ようやくそれが納まったと一息付いた時だった。
背後からのびる影。はっと顔を強ばらせて振り返るが、クラウドの体はしっかりとその腕に包まれていた。

しまった、まだ帰ってなかったんだ…!

後悔しても既に遅い。
近付けられればより、その熱を帯びた瞳がやけに綺麗に見えた。
「クラウド…」
言葉を紡ぐ唇の動きが、自分の唇へ熱と若干の酒気を帯びて届き、クラウドは腕から逃れようと必死に藻掻く。当然、セフィロスが離すわけは無いのだが。
しかし、セフィロスは無理に口付ける訳でもなく。ただ、クラウドを見つめていた。
「セフィ…ろ…」
沈黙に耐え切れず名を呼んだクラウドは信じられないものを見た。

苦しげに眉を寄せ、今にも泣きだしそうなセフィロスを。

それは酔ったために潤む瞳が泣いているように見えただけなのかもしれなかった。しかし、クラウドの心を揺さ振るには十分すぎる力を含んでいた。
動けずに驚きで目を見開いているクラウドに、震える唇が擦れた声を言葉へと変えた。



「お前は、…俺のことが嫌いなのか?」



頭が真っ白になった。
何を言いだすんだ、こいつは。
今度は茫然となり動けなくなったクラウドの両肩をがしりと掴み、セフィロスはクラウドに詰め寄った。
「こんなにもお前だけを見ていると言うのに、お前はあんなガキばかり傍に置いて俺を放置して。お前にとって俺はその程度の存在なのかっ」
ああ、頼むからそこでぼろぼろ泣かないで欲しい。
むしろ、余りの変わり様にやはりセフィロスではないのかもしれないとまで考えた。
そこでクラウドは嫌な事実に気付く。


さっきまでの笑っていた状態が笑い上戸と仮定する。
そして今が泣き上戸。
後残っているのは…。

さあっと血の気が引く音が聞こえそうなほど青ざめて、クラウドは何が何でも腕の中から逃れようと暴れだした。
そのクラウドの態度が気に食わなかったらしい。
セフィロスはぴたりと泣き止み、片眉を釣り上げてクラウドを床へ放った。
「っ…!」
床に仰向けに倒され、その上に馬乗り状態でセフィロスが覆いかぶさるように押さえ付けられる。

もう、逃げられない。

クラウドは落胆の色を顕に大きなため息を吐いた。
「何が気に食わないんだ」

ああ、始まってしまった。

クラウドの予想が正しければ…。
「お前はいつもそうだ。セイといいザックスといい。お前に気がある奴と普段からあんなに楽しげに過ごして。それが世間からどう見られているか、理解しているのか?自分に不利になると逃げるばかり。大体…」
予想を違えず、自分の上で延々と語りだしたセフィロスに、クラウドの目が泳ぐ。
何でよりによって、説教癖が最後なんだ…。
しかも、床に押し倒されて馬乗り状態での説教なんて、あまりにも情けない。
深く深くため息をついたクラウドは、自分の上で未だ語り続けるセフィロスに腕を絡めた。
「あんたにしては、しゃべりすぎだ」
あんたは、いつだってこっちがびっくりする事をあの嫌味ったらしい顔で言ってればいいんだ。
そんな事は絶対に、口に出したりはしないけど。
「いい加減に、黙れ」
今日だけだと、いつもより赤みの増した唇に自分のそれを重ねた。
口の中に広がる、熱と酒の味。悪酔いしたかの様に頭がくらくらする。
クラウドの行動に、セフィロスは驚きに翡翠を見開いたが、すぐに安心したような穏やかな顔でクラウドの熱を煽り始めた。
「はぁ…、んっ…。セフィ…」
久しぶりの行為。酔いも回ったのか、高ぶるのは早かった。
「クラウド」
あ、やばいな…。
名を呼ぶ声に体は目に見えて反応した。
普段は絶対に聞けないこの声がクラウドは好きだった。
セイが家に来るまで、何度かセフィロスに抱かれたのはこの声が聞きたかったからかもしれない。
体の全てが、セフィロスから与えられる快楽を逃すまいと神経をそればかりに集中させる。
答えるように与えられたそれに、クラウドの意識は白に飲まれた。


「で、結局どれだけ飲んだんだ?」
わざと少し声を荒上げてやれば、セフィロスは額を押さえて悔しげにクラウドを睨んだ。
「…樽で二つ、後は知らん」
「た…、飲めるほうがおかしい」
頭が痛いのはこちらも同じだ。セフィロスは見事に生まれて初めての二日酔い。
俺は無理な体勢で、しかも床でやっていたせいで体のあちこちが痛む。
しかし、どうしてもやらねばならないことがあった。
こればかりは心を鬼に。
目の前の相手に情けなど無用だとクラウドは自分に言い聞かせた。



「とっとと帰れっ」



有無を言わさず、重い体を掴んでずるずると引きずった。
「俺は、初めてで辛い思いをしているんだがな」
ぬけぬけと言う元気があればもう平気だろう。
クラウドの方が頭痛の度合いが重傷に変わっていく。
悩みの種は何を考えているのか、自分を見てくくく、と喉の奥で噛み殺した笑いを浮かべている。
二日酔いというわりに普段通りの彼に、クラウドの怒りは頂点に達した。

「セイが帰って来る前に帰れ!」

その言葉に、セフィロスは自分を引きずるクラウドの腕を掴み、そのまま自分の方へ勢い良く引いた。
「な…」
バランスを失った体は、セフィロスの企み通りに胸に納まる。
「セイ、セイ…。お前の中はあいつばかりだな」
瞳を閉じて唇の端だけ釣り上げて笑うセフィロスに、クラウドは背筋に冷たいものを感じた。
顔を反らしたいが、セフィロスのあいていた左腕ががっちりと顎を掴んでいて出来ない。
「…お前の中を、俺で満たしてやろう」
二日酔いはどこへやら。絶好調なセフィロスから逃れようとクラウドは暴れるが、捕まれた腰はびくりともしない。
そのまま、昨夜の続きへともつれ込むかに思われ、クラウドはきつく目を瞑った。

しかし、何も起こらない。

「ち…」
間近でセフィロスの舌打ちが聞こえる。自分を捕らえていた腕から力が抜けていくのを感じ取り、クラウドはセフィロスの腕から逃れた。

「…全く。油断も隙もないな」

セフィロスでも自分でもない、第三者の声がした。しかも、明らかに怒っている声が。
クラウドは堅く閉じていた目蓋をゆっくりと開く。
玄関からのドアの前に、愛刀を構えたセイと頭を抱えるザックスが立っていた。
僅かに笑ってはいるが、セイの肩は怒りに震えている。
「邪魔をするな」
セフィロスが正宗を自分の手へ呼ぶ。二人は完全に対戦する気だ。…こんな狭い部屋で。
それだけは勘弁とクラウドはたまらず叫んだ。

「いい加減にしろ!」

クラウドの怒号に二日酔いの頭は耐え切れず、セフィロスは頭を押さえた。セイも驚きで目をぱちくりさせている。
この状況でありながら、ああ、愛らしいことだなんて考える俺も相当疲れているのか。

「仕方ないな、…また来る。楽しみにしていろ」
そんな捨て台詞を残してセフィロスはふらふらと帰っていった。

残されたクラウドは大きなため息を吐き、セフィロスがいた理由を聞いたザックスは腹を抱えてソファに蹲る。
セイだけは何かを考えていたらしく、セフィロスの出ていった扉をじっと見つめていた。

斯くして、英雄とまで呼ばれた男の恥じるべき悪酔いはこうして終わったのであった。






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