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五万打記念



青が、よく目にしていたそれとは違う褪せた色へと空が変わる時期。俺は配置換えを通達された。
「まったく、何でお前みたいなのが…」
投げ付けるように放られた一枚の紙切れ。そこには、大層な文章がずらりと並んでいた。しかし、意味があるのは下の一文だけ。
それを目にしたクラウドの口角が僅かに上がったのだが、一瞬のことで上官は気付かなかった。所詮、その程度の相手なのだ。
感情を表に出すこともなく、クラウドは鉄仮面を被ったように無表情のまま上官の部屋を後にした。
出てすぐに、上官だった男が部屋の中で怒鳴り散らし八つ当りする声が聞こえたが、そんなものはクラウドにはどうでもよかった。
ただ、彼が本当に自分との約束を守ってくれたことが嬉しかった。



「失礼します」
通い慣れた扉を開けば、あの人は忙しそうに書類にペンを走らせていた。構わずに部屋に入り、扉を閉めた。
「この部屋に来て迄その顔はするな」
こちらなど一度も見ていないくせに、セフィロスはクラウドの表情を知っていた。不思議には思うが、クラウドは不機嫌になって眉をよせた。
「もとからこんな顔です」
声も低くなり、明らかに機嫌が悪いと分かるはず。なのに、彼はこちらを見てはくれない。クラウドは怒りを飲み込んで、自分専用と言っても嘘ではない椅子にがたんと腰掛けた。勢い良く腰掛けたせいか、ぎしりと椅子が悲鳴を上げる。

「…椅子が傷むぞ?」
ようやく顔を上げたセフィロスが言った台詞に、クラウドは更に不機嫌になった。
「いいけどな」
ぶすっと膨れっ面になったクラウドに、セフィロスは苦笑しながら手をのばした。
「おいで、クラウド」
だが、クラウドは従わない。
「は?いい歳した男がそんな誘いにのるわけないだろ?」
「おやおや」
横を向いて拗ねてしまった子供相手に、セフィロスは笑いを堪えるのに必死だった。わざと検討はずれなことを言ってやれば、彼はころころと表情を変えていく。それが、楽しくて堪らない。
逆にクラウドはどんどん機嫌を悪くしていくばかり。
無意識にポケットへ手を突っ込むと、中で何かがくしゃりと潰れる音がした。あの紙だ。
これを貰って嬉しくなってここに来てしまったが、考えてみればわざわざ礼を言う必要もない。むしろ、自分が彼に会いたかったようではないか。
そう考えて、クラウドは急に恥ずかしくなった。顔が熱い。きっと今の自分は耳まで真っ赤になっているはずだ。 顔を朱に染める様を見られたくなくて、くるりと椅子の背に顎を乗せるように座りなおした。そこで、どんな傷を負っても痛みに耐えられる英雄様も笑いには耐えられなかったらしい。くくく、と喉の奥で噛み殺した笑いの声を、自分のことに敏感な耳は拾った。
「帰る」
振り返らずに立ち上がった。そのまま寮まで帰ってしまおうとドアへ向かうと、再びあの笑いが聞こえた。
「配置換えはそんなに嬉しかったのか?」
ぴたり、と足が止まった。振り返り反論したいが、今それをしたら彼の思う壺だ。
「俺は約束を守った。お前は?」
「あんなの…っ」
約束なんて呼べないじゃないか。そう言い掛けて振り返ってしまった自分にはた、と気付く。案の定、セフィロスはにやりと人の悪い笑みを浮かべていた。
「約束を守ってもらおうか」
いつのまに傍まで来ていたのか。振り返った体はそのまま、倒れこむようにセフィロスの腕の中へと収められてしまった。
「は、はなっ」
顔を真っ赤にして抵抗するが、さすがは英雄様。逃がす隙を与えてはくれない。
形の良い唇を耳へ寄せて甘噛みしてやれば、抵抗していた体がびくりと跳ねた。
「喜んでは貰えなかったのか?遅いプレゼントは」
吐息がかかるようにわざとゆっくりつげてやる。敏感な肌はかすかなそれすら余す事無く拾い集め、びくびくと肩が揺れた。

「…」
クラウドは、俯いたまま何も答えてはくれない。いじめすぎたかとその顔を覗き見ようとしたセフィロスの目が、驚きに見開かれた。
温かなものが触れた感触は、すぐに離れていってしまった。
再び俯かれる顔。今度は耳どころか、首まで赤く染まっていた。

「嬉しいに決まってるだろ…。馬鹿英雄」

セフィロスの顔は、クラウド以外の人間がさせることが出来ない優しい色で満ちている。それをちらりと視界の端で捕らえて、クラウドは心の中で呟いた。



ああ、この顔には適わない。



『誕生日、だったのか?』
たまたま重なった休み。それは自分を祝うためだったのではと期待していた自分が情けない。
『あ、気にしないで』
忙しい人だから一緒にいるだけで嬉しいなんて、絶対教えてはやらない。でも、彼が自分のことを知らなかったことに、少なからずショックを受けている。気付かれないようにクラウドは海を見る振りをして顔を背けた。
だが、珍しい事にセフィロスは動揺していた。
『…誕生日にはプレゼントが必要、だったな』
まるで確認するように呟かれた言葉に、クラウドは疑問を持って振り返った。
『えーと、…セフィロス?』
おずおずと尋ねるが、セフィロスは真剣に何かを考え込んでしまった。まさかとは思ったが、クラウドの心配は当たってしまったらしい。
『頼むから、今からホテルに無理言ったり、ゴールドソーサー借り切ろうとかは止めてくれる?』
『…何故分かった?』
分かりますとも。
クラウドは深く深くため息をついた。ただ人なら戯言と笑い飛ばすところだが、目の前の人物は実現させてしまうから恐い。
『だが、何か贈りたい』
その言葉に偽りはないだろうが、急に欲しいものを言えと言われても浮かぶわけがない。適当に誤魔化すかと思ったが、それが許される状況でないこともよく分かる。そこでクラウドは一つ思い立ち、波ぎわを歩きながらセフィロスへ告げた。

『一緒にいる時間、増えたら嬉しいかな』
あんたの補佐官とかいいかもね、なんて冗談だと笑った。いくらこの人でも、そんな我儘が通用するはずがないと分かっているからこそのおねだり。だが、相手はクラウドの考えを遥かに越えていた。
『分かった。…そうしたら、お前を好きにさせて貰う』
『…俺へのプレゼントだったんじゃないの?』
『それでは詰まらないだろう?特にお前は』
そう、口の端を吊り上げて笑うセフィロスにつられて、クラウドも小悪魔のような笑顔で返した。


他愛の無いやりとりと流しても良かったはずなのに、英雄とまで呼ばれた男は律儀に約束を守ってくれた。
自分を喜ばせるために。
それが、嬉しくなくてどうなる?
素直にそう言ってやろうとクラウドが口を開くより早く、セフィロスは心底嬉しそうに言った。

「これでいつでもお前を見ていられるな」

…前言撤回。
こいつは自分が楽しみたかっただけだ。
クラウドは、セフィロスの腕の中で深い深いため息を吐いたのだった。



END

06.08.23.
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