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sleeping beauty


「セフィロス、いないの?」
玄関をくぐり部屋の中に入っても主の気配がない。今日は帰りが早いと聞いていたのに。
基本的にセフィロスは寡黙だし、英雄と呼ばれるだけあって常に気配を悟られない術を身につけているのだとは思うけれど。この空間には人が生活する上で必ず発生する独特の感じがあまりに希薄すぎる。
予定が変わったらのなら連絡くらいはしてもバチは当たらないのに、と心中文句を吐く。
もしかして他の部屋にいるのかもしれないと思い付き、いつものように遠慮なく上がり込んで広いリビングへと向かった。
「セフィロ……あ」
一応目だけ向けて通り過ぎようとしたそこで、黒い革張りのソファから零れた長い銀髪がちらりと見えた。
背もたれがこちらを向いていたため、顔は見えなかったが肘掛けから少しはみ出した足で横になっていることがわかった。ソファからはみ出すなんて嫌味な足だ、などと思いつつそちらへ足音を立てないよう近づく。
(いるなら返事くらいしろよな)
背もたれ越しに覗き込むと、何か一言言ってやろうと開いた口から出る筈だった声が喉の奥へと引っ込んだ。なんとも珍しいものを見てしまったために。
なんて、静かに眠るのだろう。
こんな風に空気を震わせもせず穏やかに寝入っていたら、部屋に入ったくらいでは自分は気付けないだろうと思う。
昼間からソファで昼寝をする英雄などそうは見られない。どこでも寝れるとは言っていたが、もともと睡眠時間の短い彼の無防備に眠る姿など、あまり見た覚えがなかった。
夜寝る時は同じベッドだがいつも先に意識を飛ばすのはこちらだし、朝は朝で目が覚めた時にはすでに起きていて寝顔を観賞されているのがパターンだ。瞼を上げた瞬間に向こうと目が合うなんてことはしょっちゅうで。これはいい機会とばかりにソファの背もたれに肘をついて、めったに見れない貴重な寝顔を堪能する。
目を閉じていなくても十分美人で通るのだが、普段は敵とみなせば誰彼構わずプレッシャーをかけ、口が悪く態度もデカい性悪上司。尊大に踏ん反り返って嫌味を言われても、図星で言い返せず苦し紛れに悪態をつこうものなら色んな意味で手痛いお返しを頂いてしまう。
ザックスが絡むともっと酷い。大人気なく室内で正宗を振り回し大きな仕事机をその上に乗っていたコンピューターごと真っ二つにしたこともある。
そんな手に負えない相手が読みかけの本を放り出して安らかに眠る姿は、決して英雄なんかには見えない。差し詰め眠り姫といったところだろうか。
「…ホントは結構ガキなんだよな?」
ポツリと呟いて長い銀髪に手を伸ばす。
「誰がガキだと?」
「うわっ、寝てたんじゃないのか!?」
突然発せられた言葉に驚き手を引こうとしたが、眠っていたとは思えない程の俊敏さで伸ばした手を捕らえられ握り込まれる。
「お前が来てすぐ目が覚めた」
「……狸寝入りかよ」
まんまと騙されてしまった。思いがけず良いものを見れて得をした気分だったというのに。
「そんな顔をするな、なかなか面白かった」
「おもしろくない!人をオモチャにしてっ」
からかわれたのがくやしくて思わず唇を噛んで睨み付ける。が、効果がないのが余計に癇に触る。
「いつものことだろう」
「んなっ、このタヌキオヤジ…!」
「………ほう?」
思ったことをつい口にすると、おもしろがるような表情から目がすっと細まるその変化に嫌な予感を覚える。まずい。
「わっ…ちょ、何!?」
「狸親父呼ばわりとは良い度胸だ」
「ごっ、ごめんなさい下ろしてっ」
「遅い」
身を起こしたセフィロスに掴まれたままの手を引かれ担ぎ上げられて運ばれる先は言うまでもなく寝室。
「自分は散々おれで遊ぶくせにッ」
「遊ばれているのはわかっていたのか」
「…っもうやだ!セフィロスのバカ!」
「きついお仕置きが必要だな」
「…………ッ!!」
もうこれ以上の抵抗は無駄だろう。そもそも抵抗したところで逃げられる相手ではない。とんでもない眠り姫だ。
くやしいやらなにやらで思わず涙目になりながらも明日の早朝訓練欠席の言い訳を考える。


教訓、寝たふり狼には要注意。





END


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あきゅろす。
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