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(10年後ザン+九(+家+スク)・死ネタ・流血)


 森は、森(しん)としていた。
 緑が時折風に揺れたが、葉が擦れ合う音すら立たない。此処を住家とする生き物がいる筈であるのに、鳥の囀(さえず)り一つしない。その気配すら、しない。非常に、不自然であった。
 更にまだ、不自然な点がある。
 森は、薄暗かった。日は中点を少し過ぎていたが、それでもまだ高い位置で輝いている。確かに森には、それを遮る木々も多い。しかし、彼等はただ鬱蒼と覆い繁るのではなく、光が差し込み下草まで照らすよう、節度を持ちつつ枝を天に延ばしていた。ならば何故、森が薄暗くなるというのか。
 不自然に静かで、薄暗い森。それは、多くの生命と温かな光で満ち溢れる普段の豊かな森の姿からは、想像も着かない物だった。
 頑なに静寂を守ろうとする森は、何処か不気味ですらあった。

 そのいびつな森には、二人の人間がいた。片方は、優し気な顔が印象的な、白髪の老人。もう片方は、仏頂面をした黒髪の男。
 互いに寄り添っているのに、彼等は無言のままであった。それもまた、森と同じ様に不自然な事であった。彼等が森に影響されたのか、はたまた森が彼等に影響されたのか――。
 彼等は何をするでもなく、ただ黙って寄り添い合っている。
 ゆるりと温い風が吹き、老人の柔らかい髪を揺らした。それが目に掛かったが、老人が気にするそぶりは見られない。
 ――外で二人切りになるなど、何時ぶりであろう。
 老人の頭を占めていたのは、そういう事であった。
 実際、老人と男が二人切りになる事は、家の内ですら滅多にない事であった。彼等の周囲には何時も護衛という名目で誰かしらが付き添っていたのだから、仕方がないと言えただろう。しかし今、その護衛の姿はない。
 老人は、非常に不思議な心持ちでいた。男と今こうして二人切りになれた事に対して、奇跡すら感じていた。
 老人が護衛を振り切りこの森に足を踏み入れ、男の顔を見たいと思った瞬間、その彼が此処に来たのだ。
 老人と男は、此処で待ち合わせていた訳ではない。加えて、老人は行き先を誰にも告げなかったので、老人が此処にいる事を知る者も誰もいない。
 男にも流れるボンゴレの血がそうさせたのかもしれないが――これが奇跡でなくて何であろう。それとも、親子の絆と呼べる物が、彼等の間にもあったのだろうか。
 老人と男は血の繋がりこそないものの、戸籍上では親子だった。男の母親はまだ幼かった男を老人に預けた直後、死んでしまったから、たった二人の家族だ。
 それなのに、親子らしい事を彼等は殆どしていない。老人と男が親子水入らずで会話を交わした事すら、片手で足りる程度しかなかった。
 不自然な親子なのだ。息子は実子ではなかったし、何より父親はイタリア最大のマフィアのドンであった。
 それが、二人で過ごす時間をことごとく奪った。ただでさえ時間がない上に、外出すれば必ず複数の護衛が付いた。
 しかし――ただ一度、老人が護衛を振り切り、男を連れ出した事があった。その時の事を思い出し、老人は男に渡す物がある事に思い至った。
 それ自体は手の平に収まってしまう程、小さな箱であった。だが、それはきっと男にとって大切な物になる筈だと、老人は確信していた。


「――ザンザス、君に、渡す物があるんだよ」

「いらねえ。それより今は――」

「受け取ってくれないか?――きっと気に入る」


 老人は、男の腕の中で微笑んだ。その口端から、つうと赤い物が零れる。老人が懐から取り出した赤い箱。それを見詰める男の赤い目の中に、更に赤が写り込む。
 老人の腹は、真っ赤だった。下草を汚し、男の足元を濡らす程、真っ赤だった。





続く





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