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いつからこんなに自分に甘くなって、それでいて異常なくらい他人に厳しくなってしまったんだろう。自分にも人にも公平に厳しくしないといけない、そんなことはわかっているけど、なかなか上手く回転してくれない頭に腹を立てて、ついついものに当たる。


「っ、くそっ!」


ガコンという大きな音を立てて部室の安物めいたロッカーが少しだけ形を変えた。そこまで強く蹴ったつもりはなかったのにと、また頭がガンガン、後悔が渦を巻く。へこんでしまったロッカーにもたれかかりながら、力の抜けきった体は重力に従ってずるずるとずり落ちて、冷たい部室の床の温度が肌を刺す。力の抜けた体と、変に力の入った腕が、アンバランスで、強く握り締められた手が床にガンガンと何度も打ちつけられる。小指が痛む。そのたびに強く噛み締めた唇から、鉄の味がして、また床を強く打ちつける。

もうこんなことを何度繰り返したら気がすむんだろう。どうしたらうまく、やっていけるんだろうと、不安ばかりが自分を支配して、俺はそのままうずくまる。
情けない話だ。俺は、情けない奴だと、自分に言い聞かせて、いつもいつも自分と、もういなくなってしまった、幸村部長とか、真田副部長とか、柳先輩とか、柳生先輩とか、もういないのに、今の自分に置き換えて、比べて、全然、届いてなくて、悔しくて、けどどうしたらいいかわからなくて、部員に当たって。毎日毎日、ツラい。ツラいことばっかじゃなかったから、そんなツラさの中に、いろいろ楽しいこととか、ワクワクしてくるようなこととかがあったから、目標とかあったから、俺は今までずっと先輩達の後追っかけて、俺が一番になるとか言って、やってきたのに。もう、一緒なバカやってくれる丸井先輩も、いちいちちょっかいばっかかけてきて鬱陶しかった仁王先輩も、なんだかんだ面倒なことを押し付けられたジャッカル先輩も、みんなみんな、もういなくて。もう頼れるのは自分しかいないのに、自分が嫌いだ。こんな非力な自分が、イヤになる。


「切原、また泣いてんの」


泣いてねえよ。泣きたくても泣けねえよ。いつもいつも、いつもいつも、俺がこうやってイライラして、自分に当たって、ものに当たってると、絶対来る。どこから見てんのかわかんねえけど、絶対来るんだよ、コイツは。

「泣いてねえ」
「嘘、あ―あまたロッカーへこまして」
「、るせえよ」
「みんな待ってるよ」


誰が待ってんだ、こんなわけわかんねえことしかできないようなヤツ、俺なら絶対待たねえのに。どうやって、やってただろう。幸村部員は、真田副部長は、こんな風に、俺みたいに悩んだりしたこととかあったんだろうか。全然わからない。わかれない、結局、俺はあの人達の下で、一番近くであの人達を見てたハズなのに、何を見てきたんだろう。


「…わかんねえよ」
「なにが」
「全部、全部だよ…」
「私もわかんないな、切原が何でそんな悩んでんのか」


俺の腕を強く引っ張っていつも俺を起こそうとする、こいつの執着心はどこから来るんだろう。今日もまた俺の腕を掴んで引っ張り上げる。仕方ないからいつもは力なく立ち上がって、部室を出るけど、今日は違う。本当に、もうイヤになった。辞めたい。なんか、全部、もう、疲れた。
掴まれた腕を乱暴に払うと、びっくりした顔で俺を見た。そのままほおっておいてほしかった。


「しっかりしなよ、らしくないよ」
「らしくないなんてよくゆうぜ、…んだよ、らしさって…」
「切原、あんた頑張ってるよ」
「気休め言うなよ」 「気休めって取るか取らないかはあんたの自由だけどさ、あんたはね、任されたんだよ」
「、そんなん望んでねぇ」
「…しっかりしなよ」
「もうムリだってぇの」


へへって、声が出た。笑い声のつもりだったのに、誰の声だかわかんねえくらい、自分の声かもわかんねぇくらい弱い声に驚いた。俺、最近ちゃんと笑ってなかった。どうやって笑ったらいいか、わかんねえや。丸井先輩、仁王先輩、一緒にバカ、もっかいやりましょうよ。ジャッカル先輩が丸井先輩を練習に誘ってんのに丸井先輩は無視して俺らとずっとバカやって、柳生先輩が仁王先輩を怒りに来てさ、柳先輩が横で俺ら見ながらずっとノート取ってんの。んで、そろそろ真田副部長が来る頃って時に仁王先輩は柳生先輩連れて練習に行っちゃってさ、結局叩かれんのは俺と、丸井先輩。ジャッカル先輩は呆れた顔して見てんの。懐かしいなあ、まだ全然経ってないのに、ずっとずっと昔みたいだな。俺、あの頃すっげえ何でも頑張れた。なんでだろ。俺、なんで頑張れたんだろう。

パシンと高い音がして、俺の左の頬が少しだけ痛んだ。びっくりして前を向き直ったら、目にいっぱい涙を溜めながら俺を見てるヤツがいた。何で泣いてんだろうって思う前に、俺が泣かしちまったんだと思った。


「比べられるもんじゃないんだから!」


そう言った瞬間に目に溜まった涙が頬を伝ってボロボロとこぼれた。コイツじゃなくて、俺の目から、涙がボロボロボロボロ、止まらなくなった。いろんな思いが巡って、もう水道管が破裂しちまったみてぇに涙がボロボロこぼれた。コイツも一緒にボロボロ涙をこぼした。俺の目の前で泣くコイツを、俺はたまらなくなって抱きしめた。ぎゅっと抱き締めたら、殺してた声が漏れてきて、わんわん泣き叫んだ。強く強く抱き締めたら、強く強く掴まった。俺より細い腕が、体が、肩が震えてて、いつもの元気な姿とは違う、女の姿をしたコイツを抱き締めていた。


幸村部長には幸村部長のやり方があって、それは幸村部長でしかできないやり方だったから、あの年の立海ができたんだ。真田副部長がいて、横に柳先輩がいて、そんで俺もいて、みんなで一つんなってやっていけたんだ。俺は俺のやり方をこれから見つけることをしないといけなかったのに、みんなに当たってばっかで、こいつにまで心配かけて、辞めたいとかばっか考えて、何やってたんだろうと思った。コイツが泣いてんのかっていつも聞いてきたのは、泣きたいんでしょうの裏返しだったんだ、そう思ったら、俺は壊れたみたいに涙を流した。一生分くらい泣いたから、もう俺は泣けない。本当に、泣けない。失ってしまって、手に入らなくなったわけじゃない、いなくなってしまったものの大事さとかをずっと抱えて、それに浸ってるだけじゃだめだったのに、何やってたんだろう、俺。もっと頑張ってやんないといけないことがあるだろう、俺。

まだ俺の腕の中で泣いてるお前を見ながら、最後に俺も少しだけ泣いて、また強く抱き締めた。



淡い思い出
(お前がいるからもう泣けない)



2008/03/22 (C)mika. 






 


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