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雨の匂いがした。鼻をするりと抜けてほのかに香る少しツンとした匂いだ。もうすぐ雨が降るのだろう。今日の天気予報での降水確率は午前午後共に20%で、傘は大して必要ではない空気だったのに、何故だか折りたたみ式の傘でもなく、キチンとした大きめの傘を晴れた日の朝に片手に持って登校した。何かしら自分は勘が鋭いと思うときが多々ある。今日もそうだ。もしかしたらっていう曖昧な疑問符が頭の中を浸食していくあの妙なうじうじとした感覚がどうも好きじゃないらしい。自分でやりたい、自分で決めたい。これが自分のスタイルだと思っている。よく仁王とかにマイペースだとか自己中だとかごちゃごちゃと言われたりするけど、俺はマイペースに生きてるってことにしてる。だってなんかマイペースと自己中っておんなじような言葉だけど、マイペースの方が可愛らしいし、自己中ってなんかイヤな感じの匂いがするから。だから、俺はマイペースなんだ。

みんなが雨の中で濡れて帰っていく様子を頭の中で想像してみた。もちろん俺は自分の肩幅より一回りも大きい傘を堂々とさして帰っているわけだから、このなんとも言えない優越感というのは、いいものだ。 思わず少しだけ顔がほころぶ。にやけを誤魔化す為に軽く咳払いをして、顔を整える。雨の匂いが強くなってきて、冬の空は暗くなるのがただでさえ早いというのに、やっぱり雨雲のせいなのだろう、いつもより早く暗くなってきている気がする。自分しか感じることのない優越感に浸りながら帰るのもいいが、傘を使っていても多少濡れてしまうものだから、降っていないなら降り出す前に帰る方が賢い。自分の教室から出て昇降口に向かう途中、窓に目をやると少し降り出したようだ。「あ―降ってきた」誰に言うわけでもなく発せられた声は長い廊下に少しだけ響き、すぐに消えた。目には走って帰る立海生徒がちらほらと見えた。あ、ジャッカルも走ってやんの。ハゲんぞ、と呟いてからハゲるとこがもうないことに気付いて少し笑った。どうせ降り出したなら急いでも仕方ないだろうと余裕を持った足取りで昇降口に向かった。

自分の下履きに手をかけたときに、ふと1組のカップルが目に入ってきた。どうやら女の方が折りたたみ式の傘を都合よくかなんか知らないけど持ち合わせていたようだ。男もまんざらでもないみたいな顔つきで女の出した折りたたみ式の傘を広げて持った。 彼女が欲しいとか全く思わないわけではないけど、彼女がいるっていうだけでなにかしらカッコいいみたいな形だけみたいなものにしてしまうなら、自分は彼女は当分いらないと思っていた。少し前にいろいろとあったからだ。まあ、いろいろ。
そんなカップルをちらちらと見ていて少しだけ虚しい気持ちになってしまった。早く帰ろうと下履きを掴んでおろして上履きと履き替える。上履きを自分に与えられた靴箱に直しているときに、左手に持っているつもりだった自分の傘がないことに気がついた。


『めんどくせえ、』


教室に忘れてきたようだ。また教室まで戻ることをする。今やってきたことの巻き戻しだ。こゆとき赤也とかなら、リセットボタンとか押して始めからやり直したいとか言うんだろうななんて考えていた。ぐずぐずしているうちに思いのほか雨は強くなってきていて、少しだけ急いで上履きを履いて教室に戻った。階段にも廊下にも面白いくらいに人気はなくって、少しといわずもう随分と暗くなってしまった校舎は1人で歩くには不気味すぎた。





教室につくといつもと違った匂いが鼻をついた。甘い匂いだ。クッキーを焼いたあとのような、甘ったるい匂い。ただ自分は甘い匂いが嫌いではなく、むしろ好きな方だから、どことなく、少しだけ落ち着ける気がした。この匂いは何なんだろうと思ったけれど、それよりも早くこの雨が更に激しくなる前に、傘を持ち出して帰ることが優先と考えて、自分の傘を見つけて手を伸ばした。掴んだ傘はやけに冷たく感じてぎゅっと握った。教室を出る前に少し深呼吸をして甘い匂いをいっぱいいっぱい飲み込んだ。やっぱりどこか落ち着いた気がした。嫌いな匂いなんかじゃない、凄く心地良い好きな匂い。好きな匂いだ、これは。


また教室から昇降口までを歩く。面倒くさい動作のはずがなんだか足取りが軽く感じられた。ただ、やはりさっきに比べてまた少し暗さが増している気がした。足取りは軽いが小走りが混じる。

階段を降りたときに前から足音が聞こえた。走ってくる。走ってくる。前からきた奴は俺をすぐに通り過ぎていった。早かった。流れたみたいだった。後ろを向いても誰もいなくて、ただ走っていく足音だけがだんだんと遠くなっていくだけだった。誰なのかもわからなかった。早かった。 ただ、髪がさらりとした長い髪だった。うちのクラスにも、何人かいるくらいの長さだとしかわからなかった。それから、どこかしら悲しそうだった気もした。兎に角、何もかもが早かったのだ。今まで動いていた足も止まっていた。ただ不思議と怖いという感情は沸かなかった。逆に、妙に心地良かったのだ。深呼吸を1つしたてからまた足を進めて階段を降りた。



ふとした匂いが鼻をついた。クッキーを焼いたあとのような、甘ったるい匂いだった。

雨の匂いはもう自分にはわからなかった。


残り香
(誰かが残した足跡)



2008/02/20 (C)mika. 






 


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