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♯無音と光





晴れた夏の日には蝉が元気よく鳴いていた。耳が痛くなるほどのその鳴き声と、かんかんに照らす日光で頭がぼうっとする。頭髪がじりじりと熱い。ていうか暑い。
小野妹子はアホのように暑い中、家から職場まで歩いていた。まだ午前だというのに気温は高い。太子の作ったジャージはダサいけど、袖が無い分涼しいには涼しかった。変な日焼けあとになるだろうなとは、思うけれど。
どうしてこの時代にはクーラーも扇風機もないんだ、と夏の暑さを恨みながら妹子はひたすら歩いた。じわじわだかみんみんだか鳴く蝉がうるさい。
ふと、少し離れたところに池があるのを見つけた。水面が静かに澄んだ水色で、強い光をきらきらと反射して白く光っている。涼しそうだな、と、妹子は思った。そしてついでに、他のものも見つけた。

「……あ」

聖徳太子とフィッシュ竹中。距離があるので会話の内容までは聞き取れないが、2人そろって池に脚を突っ込みながら水辺に腰かけて談笑していた。なんで太子は仕事しないでこんなところで遊んでるんだとか、竹中さん頭乾かないのかなとか、そういうことよりもまず先に、妹子はそれを羨ましいと思った。
きっと涼しいだろうな。水は冷たいだろうな。裸足で浸かったら気持ちいいだろうな。太子が脚入れたら水が臭くなりそうだなとも思ったが、妹子は足をとめてその光景を黙って見ていた。
水面はキラキラしていた。あなたもこちらへおいでよ、足を浸してごらん、と妹子を誘うように。
それでも妹子は池へ向かおうとはしなかった。ただじっと見つめるだけだった。最後の理性が仕事と訴えかけ、ついでに「あの場に混じったらまた面倒なことになる」とも予想できたからだ。
どれくらいそうしていたかは分からない。依然太陽はギラギラと世界を熱し、妹子も汗を滴らせていた。
太子が水から脚をあげた。この距離でも、ばしゃりという透明な音が妹子には聞こえたように思えた。太子は立ち上がって、いまだ座っているフィッシュ竹中に何か話しかけている。そこで妹子は我にかえった。なんでこんなにぼーっとしてたんだ僕は、と。こっちに太子が来るかもしれない。見つかったらまた面倒に……。
そこまで妹子は考えた。けれどそこで思考は終わった。太子が、バランスを崩して池の中に倒れ込んだから。

「あ」

それが妹子にはスローモーションのように見えた。太子はぐらりとバランスを崩して、それはもう綺麗に池に落ちた。どぼんという重い水音が鈍って遠くで聞こえた。太子を受け入れ、跳ねた水しぶきが輝く。水面は暴れ、一時波紋をたてた。そうしてしばらくすると静かに凪いだ。
太子は、そのまま浮かんでこなかった。

「ま、まじかよ……」

どうしよう死んだのかな、と妹子は少しだけ思った。次にフィッシュ竹中が立ち上がり、太子を追って池に飛び込んだ。また一度、水面は揺れる。
妹子は少しだけほっとした。竹中さんなら大丈夫だろう。太子を助けに行ったんだ。あの人後頭部魚だし、泳ぎも得意だろう。無事だろう。
しかし、またもや水面は静かになったきりだ。2人は浮かんでこない。
これはまずい、と妹子は思った。助けに行かなきゃ、いい歳して溺れるな……。
そう思いながら池へ走り寄ろうとした。

「あ……」

その瞬間に、水面はもう一度揺らいで2人を吐き出した。全身ずぶ濡れで溺れたようだけど、2人とも息はある。顔もちゃんと水面から出ている。ぷかぷかと、なんだか死にそうな顔つきで浮いている。
妹子は腕を下ろした。
やっぱ助けに行って、2人を岸に引き上げようかな。でもそうしたらまた変に絡まれるかもな。
世界が照りつける日光で眩しい。容赦無い熱が体を突き刺す。涼しげな水辺にはアホが2人。
妹子はようやくそこから視線をはずし、大人しく職場へ向かうことにした。
何も見てないことにした。







(20120802)


あきゅろす。
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