♯浸食 「……太子、なんですかそれ」 「絵の具だ」 「見りゃ分かります」 今日も太子は仕事をサボっているとかで、探すのに駆り出された僕は珍しく彼を発見するのに手間取った。 ブランコは静かだし、竹中さんは見てないと言うし、法隆ぢはもぬけの殻だった。 あてもなくふらふら歩いていたら、いつだったか太子が蛾を追いかけたという花畑に辿り着いた。太子はそこに寝ころんでいる。ほかにはスケッチブック、手には筆。パレットと筆洗バケツまである。 「お花が綺麗だからな、描こうと思って」 「はあ……、絵なんて描けるんですか?」 「あったりまえだ!私は聖徳太子だぞ!」 何を根拠に言ってるのやら、上機嫌な太子は筆に赤い絵の具をつけた。 それを白い紙の、真ん中らへんにおとす。花が一輪咲いた。 「どっから持ってきたんですかこれ」 「竹中さんがくれた」 「…………」 ぽつぽつと白い紙の上に花が咲き始めた。赤赤赤と、白い面積は狭くなっていく。 ふと太子が手をとめた。 それまでずっと太子の手を見ていた僕は、とまった手に太子の顔を見る。太子もじっと僕の顔を見ていた。 「な、なんですか……」 太子は無言のままだった。 怖い。黒目が怖い。 ふいに太子はまた紙に視線を戻すと、今度は今まで描いた点を塗りつぶすように線を引き始めた。 意味はさっぱり分からない。 「太子?」 「ん?」 「何を……」 しているんですかと言外にたずねた。太子は筆を止めてまたもやこちらを見上げる。 「せっかく赤にしたなら、妹子描いてやろうかと思って」 そう言って太子はまた筆を走らせた。 赤に浸食されていく白に、そういえば自分はこの人を仕事に戻さなければと思い出した。 (20090806) [グループ][ナビ] [HPリング] [管理] |