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♯ながいおわかれ





「わたしはーひとりじゃさみしいー。マーフィー君がいればふたりー」

オッサンが変な抑揚をつけて調子っ外れな歌を歌っている。
駄目爺が。そんな変な歌を作ってる暇があるなら俳句をよめ。

「わたしとマーフィー君でー寂しくないけどまだたりないー」

本物のアホだ。あまりのアホさに腹が痛くなってきて、着物を少しばかり掴んで耐える。

「そらくん」

歌がやんで、急に名前を呼ばれる。それとも僕の名前も歌詞の一部だろうか。そんな変な歌に自分の名前が入っているなんて虫酸が走る。
一拍おいて、歌の続きではなく僕を呼んでいるのだと分かったので、何ですかと芭蕉さんの方に振り向いた。
芭蕉さんは正座していて、(手にはあの小汚いぬいぐるみを持って、だ)こちらをじっと見ていた。いつものアホ面だったが、それは曽良君見て見てと下手な俳句を見せるときのような顔ではなかった。
どちらかと言えば、俳聖の。

「曽良君」
「何ですか」

芭蕉さんは傍らにぬいぐるみを置くと自らの膝をぽんぽんと叩いた。
どういうことだこれは。このオッサンは僕にどうしてほしいんだ?

「……重石を乗せてほしいんですか」
「違うよ!何でそんな処刑みたいなことされなきゃなんないんだよ!」

じゃあどうしろと言うのだ。
訳が分からずじっと芭蕉さんの顔を見る。すると芭蕉さんはもう一度自分の膝を叩き、僕を呼んだ。仕方なしと芭蕉さんの側に寄る。加齢臭が。

「何なんですか」
「頭」
「は?」
「膝枕をしてあげよう」

本気でしばいたろうか。
僕を何だと思っている。
芭蕉さんから見たら息子の年齢かもしれないが、僕は立派な大人だ。何故膝枕を、しかも芭蕉さんにされなければならないのか。

「嫌ですけど」
「そう言わずに。私の一生のお願い」

こんなことのために一生のお願いを使うなんて馬鹿げてる。だがしかし、芭蕉さんの顔がどこか寂しそうでもあったので、僕はため息をついて大人しく芭蕉さんの膝に頭をのせた。
膝枕とは本来、女の人が男の人にやるもので、何が悲しくて僕はオッサンの膝に頭を乗せているのか。楽しくも何ともなければ、メリットもひとつもない。
頭上から芭蕉さんの声が降ってくる。抑揚からしてどうやら子守歌だ。
なめてるのか。完全に僕をおちょくってはいないか。
ぽんぽんと頭を撫でられる。時折髪をすいて、依然子守歌はやまない。子供扱いもいいとこだ。芭蕉さんからしたら年齢的に僕は息子のようなものかもしれないが、急に父性本能に目覚められても困る。
子守歌はやまない。
なんだか本当に眠くなってきた。ああ父親とはこういうものだろうか。

「ねーんねーん、ころーりよ、おこーろーりよー」
「…………」
「そーらは、よいーこだ、ねんねしーな」

勝手に人の名前を歌詞に入れるなと心の中で呟いた。
ああ腹が痛い。
着物を掴む手に力が入って、白く筋張った。

「そらくん、そらくん、そーらくん」
「…………」

静かで心地よい時間の中、何故だかやたら腹が痛かった。



(僕はその中で痛みを和らげるよう、丸くなろうとした)
(もしかしたらそれは父親のような心地よさに、胎内を思い出したからだろうか)








時系列的にナイフとフォークのちょっと前
(20090308)


あきゅろす。
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